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修道女フィデルマの洞察


4488218148修道女フィデルマの洞察 (修道女フィデルマ短編集) (創元推理文庫)
ピーター・トレメイン 甲斐 萬里江
東京創元社 2010-06-20

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 長編のミステリーとは違い、短編のそれは、謎解きが前面にでており、いわばミステリーの核となる部分での真っ向勝負といってもいいわけです。短いなかに過不足なく状況が描かれていなければならず、かといって読者にもすぐにそれと知れるほど安易な描き方であってはいけない。長編のように、これからどう展開するのだろうというドキドキするような余白がないだけに、作者の力量が大きく問われるのが、短編ミステリーかもしれない。

 その意味において、フィデルマシリーズの短編は、みごとというしかない。

 冒頭の「毒殺への誘い」では、フィデルマ自身を含む、招かれたすべての人物に殺人の動機があるという状況で、彼女の調べと推理が始まる。フィデルマシリーズのはじまりとなった、続く「まどろみの中の殺人」は、当時の時代背景が色濃く反映された舞台での物語り。そして、競馬場での事件、小さな島での事件、所属する修道院での事件の 5 つが収められている。

 どれも変化に富んでいて、舞台となっている七世紀のアイルランド、その宗教観をふんだんに織り込んだ舞台背景のなかで事件を解決に導くのが、法廷弁護士であり、裁判官の資格ももち、最高位に次ぐ第二位の地位を与えられたフィデルマ。彼女の行動ひとつが、関係者に尋ねることばのそれぞれが、実に時代の雰囲気を十分に漂わせつつ、事件の事実を的確にあぶりだしていく様は、なんとも心地よい。

 邦訳の前作である「蛇、もっとも禍し」は、長編であったこともあって、フィデルマの卓越した分析と推理の披瀝はもっとも最後で堪能できたのだけれど、今回は、いってみれば全編これフィデルマを堪能できるといってもよいくらい。女性であるということからくる偏見、若く美しいということからくる誘惑といった魅力もまた、作品に色を添える。

被り物からこぼれ出た言うことをきかない一房の赤毛

 この一文が何度となく現れるたびに、フィデルマの本当はちょっとやんちゃな一面を思わせるようでうれしくなる。

 どの謎解きも実に見事であるし、アイルランドの歴史や宗教にかかわるさまざまな情報は、多くの人にとってはなじみのないものではあるけれど、むしろそれは実に新鮮に思える体験でもあって、ミステリーを読むというよりも、ひとつの歴史絵巻を読んでいるようにも感じるくらい。

 さらに、単純に解決するだけではないというところがみられるのが、この短編集においては特徴的なことかもしれない。「晩禱の毒人参(ヘムロック)」では、どうもすっきりしない解決なのではないかと思っているところへ、もう一押しする展開がなかなかに重いものを持っている。

とは言え、法とは、人間の間で結ばれた契約にすぎないのだ。あまりにも厳しい法の掟は、より大いなる不法となりかねない。法は、公平無私を貫くために、盲目であるべきだ。しかし、理想的な社会なら、法には、不運なる者と邪悪なる者とを見分けるに必要なだけの時間、自分の目を覆っている目隠しをはずすことが許されてもいいのではないのか。

(P.275)

 この部分だけをもってしては、意味するところはわかり難いけれども、それを言ってしまうことは、謎解きに触れるようなものなので、実際に読んでもらうしかない。ただ、これは、おそらく現代社会におきるさまざまな事件の裁判などにおいても、時として考えられなくてはならないものを、含んでいるのではなかろうかと、少し考えさせられた。

 フィデルマシリーズの魅力は、それそのものがまずもって魅力あふれるケルト世界を舞台にしていることに加え、フィデルマというキャラクターの造形の魅力、そして展開される物語の奥深さ、さらにはその絶妙な語り口にあるのではないかと。その意味でいえば、翻訳のすばらしさもまた絶賛されるべき。時代にうまくはまった、そして修道院といったやや特殊な環境にも洗練された、引き込まれる魅力にあふれた訳文が、シリーズの面白さをいっそう増していることは間違いない。

 長編・短編を問わず、今、もっとも注目されてよい作品のひとつが、このフィデルマシリーズなのではないかな。

4488218113修道女フィデルマの叡智 修道女フィデルマ短編集 (創元推理文庫)
ピーター・トレメイン 甲斐 萬里江
東京創元社 2009-06-20

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修道女フィデルマの洞察
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とても「いってみよーかどー」とは・・・

もうご利用いただけてますか? イトーヨーカドーのネットスーパー

もうご利用いただけてますか?

イトーヨーカドーの
ネットスーパー

 ヨーカドーさんはなにを言いたいのだろう。ご理解いただけてますか?

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2.1GHzの壁の崩壊

 検索によるアクセスから見ていることで、あらたなことを知るということもよくあって、たまたま NDIS の件での検索結果ページを見ると、どうも解決できているような節もあったので、少し調べてみたら、本当に解決できた。もっとも、はじめに調べてみたときにも、なにやらパッチのあたった NDIS.VDX に換えることで、解決するらしいという記述を見てはいたのだった。ただ、Windows98 でどうしてもネットワークが使えないと困るという状況にはなかったのと、VirtualPC で使うだけであれば、ファイルのやりとりくらいなら困らないということで、ネットワークは使わないという方向で放置していたのだった。

 ただ、2ch の当該スレッドを見ると、どうやらこの問題解決(2.1GHz の壁)のためではないらしいものの、ファイルが MS から提供されているというので、一応試してみることに。

 [ 最新型のパソをWin95で動かすスレ ]
 [ NDIS 中間ドライバを使用した場合に Windows 98 SE で発生する問題 ]

 ファイルを落とすと自己解凍形式のアーカイブになっているので実行してみるが、「このバージョン用のファイルではないので駄目」といわれて展開できない。Windows98SE 用。ということで、Vector あたりを探して、SFX も展開してくれるソフトを落としてくる。Lhaplus を使ってみた。

 展開したファイルの中から NDIS.VDX だけをコピーして、Windows98 の C:\windows\system にペースト。念のために、もともとの NDIS.VDX ファイルをリネームしておくとか、別の場所にコピーを残しておくとかしておけば、安心かも。あとは、再起動。98SE 用ではあるけれど、98 でなら使えるようだ(必ずしもすべての場合においてかどうかはわからないので、もちろん自己責任でどうぞ)。95 では駄目らしいという話も先のスレッドにはでていたようす。

 一応 IE で接続できることを確認してみた。といって、基本的にはネットワークにつなぐ必要もないので、使わない設定にする予定。

「壁は、壁であるがゆえに、いつかは崩壊するものだ」という言葉のように(いや、今作ったのだけれど)、見事に崩壊してしまったのだった。という記録。

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ゲリラの次はテロとか?

 昨年には、ついに NHK でさえも普通に使っていた「ゲリラ豪雨」という言葉。今年も、あちこちで局所的な集中豪雨が発生して、災害や被害をもたらしているため、新聞・テレビで連日この文字が躍っています。まあ、確かに雰囲気はよくでているようにも思うけれど、やっぱりちょっと変な印象も持ってしまう言葉なんですな。

 幸いというか、今年の NHK はさすがに使わなくなったようですが、「いわゆるゲリラ豪雨」といった表現では使ったりするようです。で、あらためて調べるとこんなことが。

語源

集中豪雨ということばが初めて使われたのは、昭和 28 年 8 月 15 日の朝日新聞の夕刊(大阪本社版)とされている。「集中豪雨 木津川上流に」という見出しで、本文にも「(前略)激しい雷と豪雨を伴って木津川上流に集中豪雨を降らせ」とある。集中豪雨という表現が、現象を的確に表していたため、しだいに気象用語として定着するようになった。
(「NHK 最新気象用語ハンドブック」 1986 年刊 P.92)

 ということで、そもそも集中豪雨という言葉すら、報道から生まれた後に定着した言葉だったのねと。まあ、そういうことなら、今後「ゲリラ豪雨」も定着する可能性を否定できないわけではありますが。

正体のつかみにくい豪雨

(前略)
このような性質からゲリラ豪雨と呼ばれることがある。
(後略)
[放送] 「ゲリラ豪雨」は、なるべく使わない。
(「NHK 最新気象用語ハンドブック」 1986 年刊 P.92-93)

 と、放送では使わないほうがよいと認識されていたところに戻ってきたのが、今という感じでしょうか。

 まあ、どちらになるかはわかりませんが、あるいはいずれは「ゲリラ」に続く「テロ豪雨」なんてものがでてくるのかも。

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インスタントセメント

 先日、ひさしぶりにセメント仕事をした。家庭でちょっとした補修をするなら「インスタントセメント」がお手軽・便利。セメントと砂がちょうどよい割合で配合されているので、説明書きを読んで水を混ぜるだけ。失敗が比較的少ない。大掛かりな工事になるような場合は別として、ちょっと補修というには、この分量も扱いやすいし、買いやすい。

 ポイントは施工する日を選ぶことくらい。暑い日や、乾燥している日は避ける。梅雨時なんかは条件としてはよいのだけれど、雨に濡れてしまうような場所だとちょっと不便ではある。どうしてもとなれば、すぐに乾燥しすぎないように、ビニールなどで覆って養生しておくと。

 さいわい、今のところは問題なく使えているようなのでよしと。


 同じものではないけれど、こういうやつ。

B001DLHTYU家庭セメント1.3kg 硬化時間普通 CCG1.3


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ワンと鳴くカエル 信州・根羽村「カエル館」物語


4904699025ワンと鳴くカエル―信州・根羽村「カエル館」物語
山口 真一
一兎舎 2010-05

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 まさに趣味が高じて、安定した収入を得られる教員という職を辞し、カエルの研究に没頭することを選んだ苦難と驚きの道のりを、しっかりとした洗練された文章でつづられた一冊。

 それまでも山を歩いたり、動植物の写真を撮ったりが好きだった中学教員の熊谷さん。たまたま赴任先の中学近くの茶臼山にいりびたるうちに、モリアオガエルに興味をもち、比較観察などしているうちに、今度はカエルそのものに興味が移っていく。生徒たちをもまきこんで研究を続け、やがてはそれが賞をいただいて広く認められるようにもなっていく。けれども、教員である以上、長くいても一定年数以上はそこにとどまることはかなわない。さて、どうする。

 結局、退職して茶臼山にカエル館をつくり、カエルの研究を続けながら、広く人々にカエルやその他の動物、茶臼山の自然について展示紹介する仕事を始めることを決意。とはいえ、山中のそれもカエル館。友人知人の応援などもあったものの、そうそう順調な運営とはいかない。カエルが冬眠する冬場はアルバイトをして生活費を賄う日々。

 転機は北里大学の龍崎先生との出会い。「タゴガエルはいないかな」の問い合わせが、のちのちの運命を変えたらしい。龍崎先生は、当初からそれが珍しいタゴガエルで、「これは新種かもしれない」とふんでいたらしいが、熊谷さんはよそのタゴガエルのことを知らなかったので、よもや新種であるなどとは思いもよらなかったというのが、なんとも面白い。

 全国放送のテレビや新聞などに取り上げられたりして知名度もあがり、ついには、正式に新種であると確認され、根羽村で発見されたことを記念して「ネバタゴガエル」と命名される。さながら犬の鳴き声にも似た、その独特の鳴き声もあいまってカエル館の活動も軌道に乗った感。さらには、村全体がネバタゴガエルで村おこしをしようとアイデアを寄せ合って、さまざまな活動をしているらしい。

 本書のよさは、そうした内容のよさもさることながら、著者の卓越した文章のよさでもあって、実に安定した安心感のある、読み手の中に水のようにしみてくるような文章。リズムよくすすむその文章が、なんの違和感もなくしみてきて、すっと理解されていく。相変わらず見事な筆致。

 巻末の資料集には、いくつかのカエルの説明が写真とともにそえられているし、そのほか茶臼山の動植物の写真なども満載で、なかなか充実している。

 先の「タゴガエル鳴く森にでかけよう!」のトモミチ先生のような生き方もひとつであるし、熊谷先生の生き方もまたひとつ。素敵な人生を、またひとつ、教えていただいたなあ。

Storyofkaerukan


4774142611タゴガエル鳴く森に出かけよう! -トモミチ先生のフィールドノート (Think Map 5) (ThinkMap)
小林 朋道 百瀬義行
技術評論社 2010-05-19

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追記:2011/01/24
 先ごろカエル館からリンクされたようなので、ここにもリンクを張っておきます。
 カエル館・茶臼山情報ほか

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夏の使徒襲来

 第一の使徒。先日米を炊こうと米びつからだしたところ、小さな黒い影が気になって調べたら、やはり穀象虫だった。念のため残っている米を調べたけれど、ほかにはいなかった。とはいえ、連日の暑さでこの先発生する可能性は高いので、保存袋にいれて冷蔵庫にしまうことに。近年増えてきたなあ。こんなところにも温暖化を実感したりする。

 第二の使徒。暑さのために寝る間際まで(時には寝ているときもなのだけれど)サッシを開けているためもあって、蚊をはじめさまざまな虫の侵入があるこのごろ。一応、昨年購入の電池式蚊取りの黒豚に活躍してもらってはいるのだけれど、寝てしばらくしたらなにやら羽音。明かりをつけてしばらく観察していると、確かに蚊の姿を発見し、討ち取ったかに見えたのだけれど、わからず。いましばらく豚に活動してもらったけれど、その後はわからなかった。あるいはオスだったのか?

 とはいえ、今年で薬剤が終わるかもしれないので、詰め替えを買っておかなくては、と思ったのに、店を見ると90日用だけが売り切れている。まあ、みんな長持ちするほうを選ぶよね。単価を比べてみても。しかし、amazon でもさほど価格に差はないようなので、いざとなったらそれでもよいか。

B000VYP72G電池でノーマット 90日用 つめかえ 2個入
アースノーマット 2007-07-17

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 今年の豚は、さらに安くなっているような気がする。

B0017LIZF8電池でノーマット 90日用 蚊とり黒ブタ
アースノーマット 2008-03-24

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予感が現実になりつつあるのでしょうか

 iREGi が終わるということで、実質的にニフティポイント制度の終わりが近いのかもと、思っていたら、

 [ アット・ニフティカードボーナス特典終了のお知らせ:@nifty常時安全カード ]

 というおしらせが。

 また、一歩ポイントサービス終了へと歩みを進めたような気がしてしまう。いやまあ、ポイントサービスってのも、やればいいってものじゃないってのはわかるので、終わるならそれはそれで仕方ないとは思うのですが。終わるときというのは、こうしてジワジワと包囲網が狭まっていくものなのかと。

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地球最後の野良猫


4488736017地球最後の野良猫 (創元SF文庫 )
ジョン・ブレイク 赤尾 秀子
東京創元社 2010-06-10

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 致死性の新型インフルエンザを媒介するとして、猫がごく一部の企業によって独占的に管理された近未来。猫は、金持ちの娯楽でしかなく、野良猫はいなくなったと思われている。これまで生きた猫を見たことも触ったこともなかった少女の目の前に、なぜか野良らしき猫が姿を現して、ということからはじまる物語。猫好きだったとしたら、これだけで、なんだかひかれるものがあるというもの。

 その期待にたがわず、物語の全編にあふれているのは、猫に対する愛情。猫の気難しさ、猫のやさしさ、猫のきまぐれ、猫の温もり。その後展開することになる、猫との逃避行の最中ですら、何度となく猫への思いがつむがれる。

 けれども、正直にいって小説としては決して及第点は出せない。物語の 9 割以上を占めるといっていい逃避行のエピソードは、細切れな断片が多く、全体としての展開には欠ける。ある場所でなにかがあり、そこから離れてまたどこかでなにかがある。そういうものだといえば、そうかもしれないが、それがあまりに中間を省きすぎてエピソードの羅列に感じられすぎる嫌いがあるように思える。

 もちろん、逃避行そのものは、それなりに楽しませてくれる。なんども危険を潜り抜けていくさまは、手に汗握るといえなくもない。ただ、いくら猫インフルエンザの予防の観点から、猫の管理が厳密にされているとはいえ、ただちに逮捕、逮捕できなければ殺してもよし、という展開の逃避行が延々繰り広げられるのは、やや異様にも感じるし、正直飽きる。

 こうした展開について感じるのは、さながら小さな子が話してくれる自分が作ったお話だ。大人の考えるような常識的な展開など一切なく、なぜそんな展開になってしまうのかというくらいの展開を繰り広げて、あれよあれよといううちに、「おしまい」といって終わってしまうような。

 そこで気がつくのは、訳者あとがきにもあるように、著者のほとんどの著作がジュブナイルだということ。子供向けの物語であれば、多少の脈絡の悪さは目を瞑るというものだし、物語のリズムがよければ、展開の悪さはひとまず置いておかれるのもわからなくはない。ただ、それが大人も楽しめる小説として、SF としてみた場合にどうかといえば、とてもそのレベルにあるとはいえないのは致し方ない。

 物語の展開としたら、もっと管理企業の側の動きや、猫に自由をと訴える活動家たちの動きについても、描かれるべきだったのではないかと。そうして、たとえば管理企業の行動には偽りがあって、社会がそれにだまされているのだというのであれば、そうしたことも踏まえて展開されたほうが、物語に深みがでるというもの。そうした部分は逃避行を共にするクリスによって多少語られるが、それは本当にごく一瞬でしかない。

 そうした深みのない展開が、いまひとつ読後感を悪くする。

 著者は「欺瞞的なハッピーエンドはよろしくない」と言っているそうだが、はたしてこの結末は欺瞞的ではないのか? アンハッピーエンドなのか? 延々と逃避行を描いてきた最後が、この展開(企業がようやくかかわってくるということではなく、そのあとの本当の結末)では、どうにも釈然としない。むしろ、徹底的なまでに欺瞞ではないか。いや、なにをいおうとそれは著者の勝手なのではある。

 もうひとついえるのは、根本的な文章の問題。なにをいいたいのかきちんと書ききれてないままであったり、倒叙法に整合性がなかったり。冒頭、少女の家が捜索を受ける場面から始まる。このとき少女は猫と一緒に屋根裏に隠れている。なんとか隠れおおせてから、猫とであったときのことを回想する。以下、その流れ。

  • 猫を見つけた翌朝、猫をずっと飼いたいと母親に言い、結局名前を母親がつけて飼うことになる。
  • その後三週間ほどは猫づけの日々。クリスに猫のことを話すことになり、彼が家に見にやってくる。
  • 連日クリスがやってきて、母親はクリスに家の鍵を与える。
  • 三日後、猫に異常がみられて、手をひっかかれたため、心配して病院を訪ねる。クリスに話すと通報されたらつかまってしまうぞと叱責される。
  • その後、猫の様子が回復したので、安心して寄り添っているうちに、ソファで少女は眠ってしまう。
  • 物音に目を覚ますと、大勢の男たちが家にやってきていて、猫を捜索している。暴力的に少女や母親にあたる。しかし、猫は見つからず、証拠になりそうなサンプルを採取して帰っていく。
  • 翌朝、母親が亡くなっているのを少女が見つける。

 男たちがやってきたのが二度目だという説明はないし、屋根裏に隠れたというエピソードもでてこない。仮にすでに捜索にこられた経緯があるなら、病院にいこうなどとはしないはずであるし、そうすると冒頭のエピソード自体が存在しえないような時間的位置にあることになる。この齟齬をどう説明したらよいのか。

 さらに、以下の記述からどのような状況になったのかを読み取れるだろうか。クリスが盗んだトラックに少女と猫を乗せて、走って逃げている場面。

「フィーラが起きたわ」

「そりゃおもしろい。おれは眠くなってきた」
「だったら車を停めたら?」
「まさか。一気にフェリー乗り場まで行くんだ。今夜じゅうにね」
 と、そのとき、耳をつんざくような金属音が響きわたった。ふたりとも前につんのめり、トラックはとつぜん減速して、フィーラのキャリーが前方に飛び出す。金属音はトラックが完全に停止するまでつづいた。
「くそっ」クリスの口から悪態がもれる。
 わたしはあせってキャリーの蓋をあけ、ほっと胸をなでおろした。フィーラは怪我もなく問題なし。そこではじめて、トンネルふうの場所にいることに気づいた。窓の外はレンガの壁だ。
「どうしたの?」小声でたずねる。
「わからない。考えてもしょうがないさ」
「だけど、クリス・・・。うしろの荷台が運転席の上にあるわよ」
「だな」
「これからどうする?」
「おまえがどうするかは知らないけど」と、クリスはいった。「おれは少し眠りたいよ」
(P.107-108)

 窓の外にはレンガの壁があるトンネルふうの場所。にもかかわらず、トラックの荷台が運転席の上にある。それでいて、運転席にいる二人には怪我もなにもない。そもそもトンネルだとしたらそんなふうに荷台が運転席の上に二つ折りになるようにして、存在できるものか? はたしてそれほどになる現象はどのような力によってなされたのか? 超自然的な力? 一見意味不明に思える P.K.ディックでさえ、こんな描写はまずしない。

 さらに、その場面の次に続くのは、章を変えて、次の文章からだ。

わたしたちは、<民宿チェスナット>の前に立ち、ほかの方法はないかと考えていた。

(P.109)

 車は二つ折りになるような状態でも、特に怪我することもなく宿までやってきてしまう。この物語はスーパーヒーローものだったのか。

 設定は十分に魅力的だった。展開もジュブナイルなのだと割り切れば、それなりに楽しめた。しかし、総合的に見たら、なんとも残念な作品だったといわざるを得ない。あるいは、設定にたいする期待が大きすぎただけなのかもしれない。

 猫への並々ならぬ愛情だけは、十分すぎるまでに伝わってくる。過度な期待はせずに読むのが吉な作品なのかもしれない。

 猫 SF というわけではないけれど。お薦め度はこちらのほうが高い。

415011742X夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)
ロバート・A. ハインライン Robert A. Heinlein
早川書房 2010-01-30

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地球最後の野良猫
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久々に 98 エミュレータであれこれするなど

 Windows7 での VirtualPC 環境において、2.1GHz の壁問題とは別に問題が発生し、そのために久々に 98 エミュレータなどであれこれ苦労する羽目になってしまった。問題というのは、Windows3.1 & 95 時代のマルチメディアソフトを試そうと CD-ROM をいれて、いざ実行しようとすると、

○○は有効な Win32 プログラムではありません。

 とかいわれてしまってさっぱり実行できない。ためしに、WindowsXP 環境の VirtualPC で実行してみると問題なく実行できる。さらには、テキストファイルを開いてみようとすると文字化けが発生してまったく読めない。エンコードをどう変えてもだめ。

 ひょっとするとネットワークが使えないことが影響しているのだろうか、などとも思ってしまった。あのころ CD-ROM ドライブはネットワークドライブとして認識していたのではなかったろうか? などと思い出したりして。とすれば、純粋にまるごとエミュレートしている 98 エミュレータに Windows3.1 をインストールしたら、うまくいくのではないかと思った。幸いというか、手持ちの Windows3.1 は NEC PC-9800 シリーズ用か、EPSON の 98 互換機用しかないので、ちょうどよいとはいえた。

 ただ、Windows 関係のエミュレートはうまく実現してなかったような印象だったので、あらためて少し調べてみると、Windows3.1 あたりならまあ動作するようだ。というか、考えてみると昔の 98 ノートの HDD をコピーした環境での Windows3.1 はとりあえず動作していたなと思い出した。ただ、ドライブ構成などがおかしなことになってしまったので、まともに動作しているわけではなかったため、あらたにインストールすることにした。

 98 エミュレータとしては、ねこープロジェクト2、T-98Next、あたりがメジャーなところで、うわさにきいたところでは Anex86 というのもあった。ただ、Anex86 はシェアウェアということでやめていたのだったかもしれない。Windows3.1 の動作状況としては、ねこープロジェクト2の NP21.EXE がしっかりしているので、こちらにインストール。過去にエミュレータ用の FDD イメージに実フロッピーディスクから変換しておいたので、それを使ってインストール。

 ところが、途中で画面がおかしなことになってまったく見えない。あとでわかったことだけれど、どうやらそこから Windows 画面になっていて、256 色表示をしているらしい。ねこープロジェクト2も T-98Next も 256 色には対応できていない。さて、どうするかと思ったが、当時の説明書は立派だ。逐一画面とともに解説がでている。そのまま進むならリターンキーを押せとか書いてある。そこで、Windows7RC の時のブラインドインストール再来。ようやくインストールを完了。

 しかしながら、実行すると 256 色ドライバが設定されているので、やはり画面が見えない。そういえば当時もディスプレイドライバを変更してみたものの、表示がおかしくなってよく直したなあと思い出し、DOS に戻って system.ini ファイルの display 項目のドライバを修正する。標準の 16 色用。再度実行してなんとかことなきを得た。が、考えてみるとこれでは本末転倒。マルチメディアソフトの実行には 256 色以上が必須。どう調べてもまだどちらのエミュレータも 256 色には未対応。

 さらには、CD-ROM ドライブの問題。幸い T-98Next はデバイスを任意に追加できる仕組みで、探すと CD-ROM デバイスがあった。それにしたがっていれてみると確かにドライブを認識はする。ただ、十分に機能しているようではないし、残念なことに T-98Next の Windows3.1 は画面にマウスの痕跡がごみとして残ってしまい、いまひとつ実用性から遠い。

 で、さらに調べてみると、どうやら Anex86 は 256 色に対応できているらしい。ということで試してみることに。ディスク形式が異なるために、すべて変換しなおしてという手間をかけてから実行すると、確かに 256 色で表示している。実行速度も恐ろしいくらい速い。CD-ROM デバイスも使える。ただし、DOS のみ。また、標準で用意されている HDD 作成の容量は 80MB までとごく小さい。手動で設定すれば大きなものも作れるらしいが、ちょっと面倒。小さくて CD の内容をコピーするにも足りなすぎる。

 が、ここでもさらなる問題発生。なぜか BMP ファイルをサポート外のファイルだといって表示できない。しかし、ねこープロジェクト2などでは問題がない。どうも印象としては、Anex86 は厳密に 98 の CPU をエミュレートしているのではなくて、基本は実際の CPU にまかせているんじゃなかろうかという。98 とリアル CPU との受け渡しだけ処理しているために異様なくらいに実行速度が速いのでは。本当のところはわからないけれど。ねこープロジェクト2などはリアルな PC-9801 をエミュレートしているのに比べて、速すぎるので。

 いずれにしても、結局どちらも帯に短し襷に長し。きれいな 256 色がだせて実行速度も申し分ないのに、なんだかファイルの扱いが奇妙なものと、256 色はでないが、もろもろの扱いは実に忠実なものと。これは、あきらめるというものか、と思っていたのだけれど、意外なところで解決の道が見えた。

 先の VirtualPC 上で文字化けしたテキストファイルを、ホスト側の Windows7 側で開くと問題なく開ける。また、実行ファイルも、さすがに実行することは無理なのだが(64bit OS であるため)、例のメッセージがでるわけではない。ためしにいったんデスクトップにコピーしてから VirtualPC にコピーしてみると、問題なく表示された。

 CD-ROM のファイルが、なんらかの理由で正しく読めていないということなのではないかと。とすれば、イメージファイルにすればいけるのではないかと思い、試してみるとうまくいった。

 その後、それら失敗していた CD-ROM をよく見ると、どうやら 640MB のファイルサイズを持つものがおかしな挙動をしているような感じ。

 結局、ずいぶんと回り道をして、元の鞘に収まったというか。ふたたび 98 エミュレータは平穏な生活に戻ったし、イメージファイルでこれまで通り使えるようにもなった。もしも、VirtualPC 上でうまく使えない CD-ROM があるというのであれば、イメージファイルにしてみるとうまくいくかもしれない。

#ついでにコマンドプロンプトでなぜか英語配列キーボードになっていて、記号の配置がわからずに困った。日本語配列でインストールされているはずなのに。ということで、デバイスマネージャで日本語配列のドライバに強制的に変更。「このドライバだと問題があるかもしれないよ!」とかいわれたけれど。

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赤いネズミがやってきた

 ノート PC のマウスパッドがどうも敏感すぎるので、ひとまず昔むかしに買った持ち歩き用らしき小さな有線マウスを使っていたものの、やはり小さくてちょっと使いづらいのと、どうしても中央部にあるべきホイールをまわそうと指が動いてしまうので、これはマウスを買うべきかと思っていた。まだ、ホイールマウスを使う前だったので、いらないと思っていてホイールなしを買っていたのだった。しかし、もうすっかりホイールなしでは不便に思う体になってしまったらしい。

 ということで、価格ドットコムなど見ていて、価格と評判のよいロジクール M505 などをクリップしていたのだけれど、たまたま arton さんがマウスを買ったというなかで、奥さんが M505 を使っているが、なかなかよいということを書かれていて、それなら買いだな、ということで買うことにした。

 確かに自分の手にはちょっと小さめなのだけれど、といって小さくて不便というほどではないし、十分許容範囲内。最初、わずかの動きでカーソルがビュンと動くので、感覚になれるまではいくらか苦労したけれど、いったん反応がわかれば、そのわずかの操作ですむあたりがうれしい。ワイヤレスって快適なんだなあ、とあらためて思った次第。いや、初めて使ったわけだけど。

 接続にしろ、特に面倒もなく、すぐ使えるので、これはなかなかよい感じ。電池セットのためにカバーをあけると、意外とチャチな雰囲気が見えてしまうけれど、まあ、そのあたりは仕方ないかと。エネループをためしにいれてみると、ちょっとキツい感じはあるものの、はいらないわけではない(乾電池とエネループとでは微妙に形が異なるので。+端子部のでっぱりが短い)。

 ソフトウェアをダウンロードしてインストールしてみたけれど、登録しろって名前だとかいろいろ記入させられるのはちょっと嫌。わからないではないものの、こういうのってどれほどの価値があるのだろうとも思う。

 ロジクールということや、価格の面でも安心して使えそうなので、価格的にも性能的にも手ごろなワイヤレスマウスを考えているという人には、なかなかお薦めかなと。


 やっぱり、時代は赤でしょう。

B002MRR23Cロジクール ワイヤレスマウス M505 レッド M505RD
ロジクール 2009-09-18

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#たださんところには、ピンクの肉球をもつ子猫がやってきたそうだが、我が家には赤いからだのネズミがやってきたのだった。

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2.1GHzの壁

 Windows7 への移行にともなって、Virtual PC も移したのでさっそく試したところ、Windows98 で奇妙な現象が起きた。起動するとしばらくしてエラーメッセージを表示する。

デバイス NDIS を初期化中 : Windows 保護エラーです

 再起動すると起動メニューが表示されて、safe mode で起動するよう促される。最初はなんのことかわからず、保存状態で移して妙なことにでもなっただろうか、などと思っていたのだけれど、どうも検索してみるとそうではないらしいことが判明。いわく、CPU が速すぎる!

 質問サイトにも関連の質問が(そしてそのコピーの大群があちこちに)あったのだが、つまりそういうことらしく、詳細としては MS のページのとおりということらしい。

 [ 2.1 GHz以上の高速である CPU の NDIS の Windows 保護エラー ]
 http://support.microsoft.com/kb/312108/ja


原因
CPU の速度が 2.2 GHz 以上の場合、NDIS (Network Driver Interface Specification) ドライバのタイミングの調整を行うコードで 0 除算が発生します。 この問題は、CPU の速度が 2.1 GHz 以下の場合には発生しません。

解決方法
Microsoft は、 Windows 95 と Windows 98 が「サポートされない」製品ライフサイクルのフェーズにあるため、この問題の更新を使用する計画を何も持っていません。 製品のライフサイクルに関する詳細は、以下のマイクロソフトの Web サイトで入手できます。

 これまでは Pentium4 1.6GHz で使っていたので問題なかったものの、今回 Core i5 2.27GHz になったのでひっかかってしまったらしい。ということで解決策。直接ネットワークに接続して使わなくてはならない Windows9x ということでないのならば、単純にネットワーク設定からすべてのクライアントやプロトコルなどを削除してしまうこと。NDIS ドライバが関与するものを一切なくせば、問題なく起動できる。

 実際、もはやサポートが切れて久しい OS でもあるのだし、不用意にネットワークに接続する必要はないと思うのだけれど、使用しているプログラムとかでどうしても接続できなくてはならないというのなら、あきらめて 2.1GHz 未満の CPU を使うようにするしかないということかもしれない。

 ただ、それでもファイルのやりとりをしたいと思えば、まさしく Virtual PC の出番ではないかと。ホスト側と共有フォルダを使うことにはなんら問題はないので、ファイルのやり取りは至極簡単。もちろん、拡張機能を入れれば、ドラッグ&ドロップしてもよいけれど。それだけ速い CPU なのだから Virtual でも十分に使えるはず。まあ、ホスト用の OS が必要にはなるけれど。

 なんとなく昔むかしの SASI ハードディスクの限界容量を思い出したりして。ちょっと懐かしい。でも、まさかこんな罠があったとは。ということで、記録しておこう。

#しかし、よく見ると、MS のページタイトルと原因で書かれている周波数が異なるなあ。正解はどっち?

追記:07/16
 ネットワーク設定で削除するだけだと、再起動のたびにネットワークアダプタを見つけて、ドライバをインストールしようとするので、Virtual マシンのネットワーク設定で、「アダプタなし」にしておくほうが吉。

2.1GHzの壁の崩壊: つらつらぐさ

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iREGiのおわり

 [ iREGi(アイレジ)のご案内  @niftyショッピングナビ ]

長らくご利用いただいております「iREGi」決済サービスは、2010年9月30日午前11時を持って終了することになりました。

ご利用のお客様にはご迷惑をお掛けいたしますが、ご理解賜りますようよろしくお願い申し上げます。

 近年ニフティのさまざまな旧サービスが姿を消していくけれど、またひとつ終わるのだなあ。まあ、決済そのものはいろいろよくなってきたので、iREGi がなくなること自体は自然なことなのかもしれないけれど、しかし、これでまたニフティポイントの意味が少なくなっていくなと。

 現状では、ポイントを使ってプレゼントに応募するか、商品との交換か、アットニフティストアくらいにはなってしまったが iREGi の使える店舗で買い物に使うかしかなかった。そこから iREGi 利用がなくなるわけか。正直、商品との交換といっても、現実的にはニフティの使用権、つまり毎月の利用料などの代わりに使えるもの、に交換するくらいしか選択肢がない。

 いずれ、それすらもなくなってしまう可能性も、こうなってくると高くなったのかもしれないなあ。となれば、ニフティのポイント制度はまもなく終了ってことかしらん。それはそれで仕方ないのかもしれないけれどね。基幹サービスだけはやめないで欲しいものだけれど、それは大丈夫ですよね? ニフティ様。

#予断なれど、「ご理解いただけますようよろしくお願い申し上げます」などと書いてなくて、まだよかった。ニフティも割りと多いんだよね、「いただけますよう」。

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タゴガエル鳴く森に出かけよう!


4774142611タゴガエル鳴く森に出かけよう! -トモミチ先生のフィールドノート (Think Map 5) (ThinkMap)
小林 朋道 百瀬義行
技術評論社 2010-05-19

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 この本には、あらゆる動物と自然にたいする愛があふれている。生物というよりも動物というほうが、より適切なのだろうと思うのは、ひとつには著者であるトモミチ先生自身が、そう使われていることと、動植物などを総称して生物というのであれば、おそらくトモミチ先生の興味は動く物にたいして、ひときわ高い興味を示しているから、ということでもある。

 そういう意味では、読み終えたからといって、動物たちの不思議な生態の数々や、驚くような発見といったものを知る、ということにはならない。もちろん、カスミサンショウウオの肺呼吸とえら呼吸とにかかわる不思議な推測とその解明であるとか、タゴガエルの珍しい姿であるとか、はたまたヒトのコドモという不思議な動物の生態であるとか、消えるイモリのなぞであるとか、いろいろの知見に触れることも確かではあるのだ。ただ、だからといって、科学解説めいた本ではまったくなく、まさに副題の「トモミチ先生のフィールドノート」という言葉に集約されている。

 ここで明かされるいろいろの動物の生態にしても、実のところそれが本題ではなく、むしろトモミチ先生がどんな活動をされていて、それはどんな理由があって、どんなことを考えているのか、というあたりが本題。そして、それもまた妙に科学ばったものではなく、まるでコドモのような純粋な興味をもって自然の不思議を解き明かしたいなあ、というもの。あるいは、動物たちへの尊敬や畏敬の念といってもいい。全編にあふれる動物たちへの愛が、そのやさしい語り口の文章に表れている。

 最終的には、それはトモミチ先生も含めたヒトに及ぶ。「地域の中心駅=部族の集会場」というその論は、なかなか頷ける部分が多いような気がする。新しく町が作られていくとき、そこには鉄道なり、道路なり、船なり、とにかくそれらの発着場が基点となって、商店ができたり道ができたりするものだ。今だって、新幹線などの駅をぜひ作って欲しいという意見は町の発展のためによくあることでもある。中心商店街なども、駅前からのとおり沿いに広がっていることは多いのではないかと。

 読後に、動物の知識が残るというよりは、なんだかたまには動物を見たり、触れたりしてみたくなったなあという、そんな暖かさの残る一冊といえるのかもしれない。なにも難しいことを考える必要などなく、身近な自然のなかにもたくさんの動物たちが生活しているわけで、少し視点を変えてみるだけで、それまで見えなかった、あるいは見ようとしなかった世界が広がってくる。そんな、入り口を教えてくれているようでもある。

 あえて、難を言えば、括弧書きがやや多用されすぎている嫌いがあることか。それも、なくてもよいのではないかというところまで使われていたり、くだけすぎた書き方が却ってマイナスなイメージにも感じられかねないようにも。もちろん、それがトモミチ先生の文章スタイルなのかもしれないけれど、やや違和感は否めない。

 たとえば、それは次のような場面。

小さいころ、家でカメを飼っていた(誰が主たる飼い主だったかは忘れた)。

 「わたし」といっていないことから、トモミチ先生ではないと、まずわかる。誰とはいわないが、家族の誰かが飼っていたのだなと。というか、「誰」であるかが重要であるなら、明示すればよいのだし、なくても困らないのであれば、あえてそれを括弧書きで補足する必要まではないのでは、と。あえてというのであれば、

小さいころ、主たる飼い主が誰であったかは覚えていないが、家でカメを飼っていた。

 とでもすれば十分かなと。もちろん、それこそ文章スタイルと言ってしまえば、それまでなので、どうしてもというものではないけれど。ただ、無用と思える括弧書きが、多いように感じたのは事実。

 さて、タイトルにもなった”タゴガエル”。その仲間で 2005 年に新種と確認された”ネバタゴガエル”。当時、テレビ番組にも取り上げられたということだが、「ワン」と聞こえる鳴き方をする不思議なタゴガエル。そのネバタゴガエルに魅せられて、研究に没頭し、カエル館まで作ってしまった人物を追った物語、「”ワン”と鳴くカエル 信州・根羽村「カエル館」物語」も、ぜひあわせて読んでいただけるとよろしいかと。

Storyofkaerukan

 まあ、本当に「ワン」かといわれれば、「ワン」でもあり、そうでないようでもあり、とはいえ、少なくともよくあるカエルのそれではないのもまた事実。タゴガエルつながりで、楽しい読書をさせていただきました。

4904699025ワンと鳴くカエル―信州・根羽村「カエル館」物語
山口 真一
一兎舎 2010-05

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タゴガエル鳴く森に出かけよう! -トモミチ先生のフィールドノート
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書評

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七白鳥原住民丁日記

 Windows7 への環境移行に伴って、Cygwin 上で使っている tDiary の設定で、いろいろ困ったのでメモしておく。

 そもそも、以前 XP 環境に移したときのことを覚えていないので、なんとなく Cygwin フォルダを単純にコピーしていたような気がしたのだが、そういうわけでもなかった。まして Windows7 への対応は昨年 2009 年暮れになってだったようで、やはり新規にインストールするのが正しい。おそらくは、前回 XP のときもインストールしなおしていたのだろうとは思うのだけれど。

 ということで、まずは Cygwin サイトから最新の setup.exe をダウンロードして、インストールする。ただし、この際に、ミラーサイトの選択に気をつけないと、apache がないとか面倒なことになる。ftp.iij.ad.jp あたりからインストールするのが、フルにあってよさそう。もっともすべてをインストールしようとすると、接続環境によってはダウンロードに時間がかかり、とんでもないことになるので注意が必要。


apache 起動のために

 ここで apache を起動しようとすると、Bad System Call とかいって起動できない。検索して調べてみると、以下のサイトに詳しかったので、それにしたがって設定したところ、使えるようになった。以下はメモ程度なので、詳細はリンク先を参照のこと。(最初に環境変数の設定もあったのだが、設定なしでもとりあえず使えている様子)
 http://www.cs.shinshu-u.ac.jp/Lecture/NetworkComputing/apache/

 ■Base の再構築

 コマンドプロンプトで、
 >c:\cygwin\bin\ash.exe
 開いた Cygwin のコンソールから、以下を入力
 $ /bin/rebaseall -v
 ...(経過表示)...
 $

 以上で、再構築終了

 ■cygserver を Windows サービスとして登録

 Cygwin アイコンを右クリックし、[管理者として実行]
 $ cygserver-config
 [yes/no] を求められるので、yes と入力
 $ net start cygserver
 CYGWIN cygserver サービスを開始します。
 CYGWIN cygserver サービスは正常に開始されました。

 以上で、登録終了
 一度ログオフ後、
 [コンピュータ] - 右クリック - [管理] - [コンピュータの管理] - [サービスとアプリケーション] - [サービス]
 CYGWIN server サービスが、「開始」「自動」となっているのを確認。

 ■apache2 起動

 $ /usr/sbin/apachectl2 -k start

 ■apache2 停止

 $ /usr/sbin/apachectl2 -k stop


httpd.conf の修正

 #ServerName www.example.com:80
 ↓
 ServerName localhost:80

 #AddHandler cgi-script .cgi

 ↓
 AddHandler cgi-scritp .cgi .rb

 #Include /etc/apache2/extra/httpd-userdir.conf

 ↓
 Include /etc/apache2/extra/httpd-userdir.conf


/extra/httpd-userdir.conf の修正

 <Directory "/home/*/public_html">
  AllowOverride FileInfo AuthConfig Limit Indexes
  Options MultiViews Indexes SymLinksIfOwnerMatch IncludesNoExec
  ↓
 <Directory "/home/*/public_html">
  AllowOverride FileInfo AuthConfig Limit Indexes Options
  Options MultiViews Indexes SymLinksIfOwnerMatch Includes ExecCGI


 AllowOverride に Options を追加。
 Options の IncludesNoExec を Include ExecCGI に変更。


 これまでの日記データなどコピーしてしまえば、あとは実行するだけ。実のところ、今まではきちんとわかっていなかったので、.htaccess ファイルが機能していなかったけれど、今度は大丈夫の様子(と、思う)。以前よりも快適に使えてしあわせ。

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明日にかけても

 このごろの気象情報で気になるのは、夜に特に多い、

現在広い範囲に大雨警報や洪水警報がでていて、明日にかけても大雨に注意が必要です。

といった表現が増えたこと。なにが気になるのかといえば、「も」。も、というからには、「あっちでもこっちでも」とか「それもこれも」といったように、複数に及ぶ様をいうわけだが、「明日にかけても」という時には、「今夜から明日にかけても」ということをいっているのが変。連続している(「かけて」)のに、「も」というのが矛盾する。「今夜と今夜から明日にかけても、注意が必要です」と言っているわけだから。

 仮にこれが、

明日も大雨に注意が必要です。

であれば、「いったんは雨があがるけれど、午後なり夜なりになってまた雨の可能性があるということだな」というニュアンスがあって、問題がない。先の例では、ほんらい「も」など必要ないと思うのだが。

現在広い範囲に大雨警報や洪水警報がでていて、明日にかけて大雨に注意が必要です。

 今夜から明日にかけて注意が必要だと、明確にわかる。強調したいのかどうか理由は定かではないけれど、なくてよい(というか、あるべきでない)「も」があるばかりに、妙な印象が生まれてしまうような気がする。

 もっともこれらの多くが NHK のアナウンサーによるのではなく、気象協会や民間気象会社所属の気象予報士によるものなので、あまりいろいろ言うのは、あるいは酷かもしれないけれど。とはいえ、的確にありのままを伝えることが求められる現場であるし、そもそも局のプロデューサーは存在するわけで、つまり全体としてのレベル低下を物語っているのかもしれないのかなあ。

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ともだち?

 先日の新聞の広告とかを見ていて、ふと”ともだち”の正体みたり、な気分になっている。なんだか現実味があって、いろいろ考えてしまいそうだ。いっそ、”ともだち”スタイルで演説したら、支持率が上がっていたりして。

 もちろん、微妙に違うのは確かなんだけれど、まさにという雰囲気が。 

 と、そんなヨタを考えていた、このごろ。

Tomodachi_number_one


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 「いぢめる?」「いぢめないよ~」

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オレンシア(アバタセプト)まもなく

 [ 【薬食審薬事分科会】オレンシア、フォルテオなど了承‐14新薬を今月にも正式承認 : 薬事日報ウェブサイト ]

 いよいよアバタセプト(オレンシア)が治療に使われる段階が近くなった様子。残念ながらブリストル・マイヤーズには関連情報がまだでていないみたい。リウマチの専用ページはあるのだけれど。

 これまでリウマトレックス(メトトレキサート、MTX)で効果がなかった患者に対して、TNF-α阻害薬(これがもっとも種類が多い)、IL-6 阻害薬(アクテムラ)、とでてきていて、治療の可能性に幅を持たせてくれていたところに、さらにあらたなアバタセプトが加わると、より寛解への希望が増えるのではないかな。

 いずれの薬にしても、有効な人とそうでない人がどうしても出てしまうので、あきらめずに早めに他の薬に切り替えるようにして、自分に合った薬と出会えるとよいのですが。

 価格としては 5 万円程度というので、やはり自治体などの医療費補助などの制度をよく調べて、可能なことは積極的に利用したいもの。自治体からは声をかけてはくれないので。

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