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老舗の流儀 戦後六十年あの本の新聞広告


4344996798老舗の流儀―戦後六十年あの本の新聞広告
とうこう・あい:監修
南陀楼綾繁:著
幻冬舎メディアコンサルティング 2009-08

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 恐らくは本好きであれば、日々楽しみにしてもいるであろう、新聞の出版広告。その広告を広く手がけ、出版社からも絶大な信頼を得ているという”とうこう・あい”(旧・東弘通信社)監修による、戦後 60 年の出版広告のいくつかを紹介しつつ、著名な出版人らのインタビューなどで構成されている、少々変わった一冊。

 さすがに 60 年という期間のため、記憶にあるものはそう多くないものの(本そのものは知っていても)、今も変わらぬ人気を得ている書物も多く、当時の広告の様子が知れるというのも、なかなか興味深い。出版当時を知らない本であっても、個々の説明を読んでいると、広告が果たした効果であるとか、当時の世相などがうかがいしれる。

 「Santa Fe」であるとか「ダディ」であるとかの、戦略的な広告の裏側なども面白い。情報がもれないようにと、版下もバラバラにして作らせて、最終的にそれらを合成して作り上げたり、書店への搬入に関しても情報の漏洩をとことんまで排除しようと例のない対応を求めたり。

 映画や歌が今も記憶に残る「愛と死をみつめて」も、決してただ売れただけではなくて、売れるための宣伝がしっかりとなされていたこと。長々続いた「間違いだらけの車選び」も、当初は覆面ライターとしての徳大寺有恒というペンネームだったとか。ロングセラーとなっている「甘えの構造」の来歴とか。「13歳のハローワーク」が漠然とした好みとかの傾向から、さまざまな向いているのではという職業を紹介したものだと、あらためて知って、なるほどと思ったりとか。出版広告の内容にとどまらず、立派なひとつのレビューになっていて、つい引き込まれてしまったり。

 たとえば、それは「人間の許容限界事典」なんかに顕著で、人間はどれだけ眠らずにいられるのかという問いに対して、およそ 50 時間だと答えているとか。世界記録としては 200 時間を超える記録があるとしながらも、不眠を 50 時間以上続けると、人間の意識には瞬断や微小睡眠があらわれるといい、正常に起きていられるのは 50 時間が限界だと結論しているらしい。そうした 142 項目にわたって、単なる雑学ではなく、きちんとした研究成果に基づいてまとめられているあたりが、なんとも興味深い。まあ、その分、価格はとても手の出せるものではないのだけれど。

 その一方で、というか、こちらのほうがさらにメインではないかと思えるのが、それら広告と密接に関わった人々へのインタビュー。その時代時代のさまざまなエピソードもさることながら、今の出版をとりまく新しい状況すらも、きちんと見据えているところに、胸にぐさりとくるものを感じたりもする。

広告とはまず表現されたものがあって、それによって視聴者が刺激されて、その刺激が商品の購入動機へと結びついて初めて意味があるものです。現代の広告は、いたずらに視聴者を刺激するばかりで商品までたどりついていません。CM を作る側が「作品」として自画自賛するような風潮があって、私は大変嘆かわしく思っております。(P.75)

(元有斐閣宣伝部 村崎和也)

戦後まもなくの頃は、(中略)人生論や思想書的なものが非常によく読まれていました。これは生きるのが苦しい時代に本当のニーズとして求められていたからですよね。ところが今は人生論を売ろうとしたら、多少、目先の実用性の衣をまとっていなければなりません。だから今、私はベストセラーにあまり関心が持てなくなってしまいました。(P.113)

(紀田順一郎)


 このあたりは出版広告に限らず、得てしてそういう傾向は強くなっているようにも思え、結局記憶に残らないものだったりする。芸術的な広告はそれだけで記憶に残るけれども、それが”何”であったのかは残らない。求めるところをどちらに取るのか、という問題でもあるのかもしれないけれど。

とはいえ私はやはり、本には区分があってほしいと思います。(略)私はそういった構成になれているので、今そのかたちが崩れて広告全体にメリハリがなくなっているのが非常に気になります。こういうことをいうと年寄りと思われるのかもしれませんが、実用書よりも教養書の方がメリハリがついていたり、新聞広告には数字で表わされる広告効果を超えたステータスがあったりという感性は残しておくべきでしょう。(P.117-118)

(紀田順一郎)

あるとき彼(村崎和也)がこんなことを話してくれました。編集者は良い本さえ作れば売れると思っているが、本当はそうじゃない。我が社の本が売れるのは、私が新刊と倉庫の書籍を一人で背負って必死に読者を口説いているからだというのですね。(P.161)

(二玄社会長 渡辺隆男)

ニーズはあるはずでどうにかして読者とつながりたいのですが、その方法が確立されていないので闇雲に本を出している現状が、今も出版業界のいちばんの問題じゃないですかね。(P.162)

(二玄社会長 渡辺隆男)

 広告があれば売れるという構図ではないということもまた、自明であるとしても、読者とつながるための手段としての広告によって、その存在を知ってもらえる効果もまた計り知れないものがあるわけで。結局、すべてがうまくかみ合ってこそ、うまく回るのに、今はそれがない。どこが、とはいわないけれど。ということかもしれない。


最近はネットが流行っていて、口コミで本が売れるといわれていますが、僕の感覚ではネットは意外と使えません。情報が行き渡るのは早いのですが、いずれも浅いのです。(P.164)

(二玄社会長 渡辺隆男)

 これはネットのもつ特性をよく理解されている言葉だと思う。総じてネットでの情報収集というのは、自分が欲しいと思う情報だけを能動的に取捨選択して、必要ないものは目にしないという傾向が強いわけで、爆発的な動きもつくりだすけれど、急速に収束もする。もちろん、だからといってネットに意味がないわけではなく、そこを理解していなければ、効果のある広告はできない、ということでもあるのだと思う。

 こうして出版広告を示されながら、ひとつひとつのエピソードを見ていくのも、実に楽しいけれど、いっそ出版広告をただただ集めた図鑑形式の本があっても、意外と楽しいのではなかろうかと、ふとそんなことも思った。各社への了解も関わってくるだろうから、なかなか簡単にはいかないかもしれないけれど、時代を追ってそんな出版広告の変遷を見ることができたら、資料的な価値としても貴重なものができあがりそうな気がする。できれば、そんな図鑑をぜひ見てみたい。


老舗の流儀―戦後六十年あの本の新聞広告

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書評


 サンヤツ広告効果で思い出されるのは、「女という快楽」(上野千鶴子、勁草書房)。年配のおじさんがこぞって尋ねては、買われていった。多分に違う期待をされていたのだろうなと思うのだけれど、出版社を知っていれば、それはないとすぐわかる。”閨房書房”、というわけではないのだし。つまり、まんまと、上野千鶴子さんにはめられているわけだ。「セクシィ・ギャルの大研究」という前例もあるし。

4326653175女という快楽 [新装版]
上野 千鶴子:著
 勁草書房 2006-07

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 「ダディ」との対比で「愛される理由」の売れ方も忘れられない。なぜあれほど売れたのか、関心のない者には理解が難しいけれど、とにかく異様なほどの売れ行きをみせた。在庫は入荷するそばからはけていき、そんな中でも在庫をあまり切らさずにいられる書店に他の大手書店からも買いにやってくる。もちろん、客として定価で購入して、店売りにするために。それくらい売れ行きがよかった。

402256119X愛される理由
二谷 友里恵:著
 朝日新聞社 1990-03

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 「税経通信」とか「建築文化」とか、あまりにスペシャルな雑誌が取り上げられているのもうれしい。「室内」はかつて「木工界」という名前だったとは。南江堂なども、これからの時代には、もっと一般人が知ってよいと思う。

 延々と売れ続ける「窓際のトットちゃん」、衝撃的な「蒼い時」、さりげなくこっそりと「アクションカメラ術」、そして「ノルウェイの森」のまばゆいばかりの赤と緑、などなど。ベストセラーの現場の記憶は意外と鮮烈に残っているものの、出版広告がどうであったかは、いささか記憶になかったりする。あの広告はどんなものだったのだろう。

本書が売れ続けるのと比例するように、日本人はますます豊かになり、レジャーに時間を割くようになる。その結果、本書では夫婦の間に限定されていた「性生活」は、もっと多様な広がりを見せるようになった。(P.53)

 こんな一文をさらりといれていたりするあたりも、心憎い一冊。

447930004X愛と死をみつめて ポケット版 (だいわ文庫)
河野 実、大島 みち子:著
 大和書房 2006-02-09

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4335651295「甘え」の構造 [増補普及版]
土居 健郎:著
 弘文堂 2007-05-15

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4254101910人間の許容限界事典
山崎 昌廣、坂本 和義、関 邦博:編集
朝倉書店 2005-10

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