Boy's Surface
![]() | Boy’s Surface (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション) 円城 塔:著、 早川書房 2008-01 by G-Tools |
本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。
誤解を恐れずに、さらに失礼をも省みずに、素直に言うとすれば、これは面白いのだろうか? そもそも小説として成り立っているのだろうか? などと思ってしまうのだが、それは、わたしの力量の足りなさゆえなのだろうか。
なにやら話題になっていたことだけは知っている、デビュー長編の「Self-Reference ENGINE」。ということで、期待していたものの、これをどう判断してよいのか、いささかとまどうというのが正直なところ。ありていに言えば、「なにを言っているのか、書こうとしているのか、さっぱりわからん」と。そして、それは、恐らく、大半の読者の素直な感想として、あながち間違ってはいないのではなかろうか、とも思う。
なにしろ、収められている 4 作のどれもが、意味不明なまま。はじまりもせず、終わりもせず。文章は繰り返しや、反語の連続、なにやら専門用語めいた単語が乱発され、それらが正しく文章として意味をなしているのか、あるいは語感の雰囲気だけで、連ねられているのかすらわたしには判別できない。
そもそも、物語が物語として語られていると感じられる部分がほとんどない。さながら作中にも登場するような、自動推論記述機械とでもいう人工無能によって、ただただテキスト化された文章を読んでいるかのような。もちろん、そうであるわけもなく、部分的には小説然とした文章もあるにはある。ただ、全体としては支離滅裂で意味不明。ほとんど破綻しているといってもよいくらいに。
こうした、なんだかわけのわからないような SF はディックを読んでいれば、時として遭遇するわけだけれど、ディックのそれはまだ小説として成り立っている。恐らくは誰が読んでも、不可解な部分はあるにせよ、全体の話としては理解されるはずだ。しかし、この小説はそれがはたしてあるのかどうか、悩ましい。少なくとも、帯などに記されている「数理的恋愛小説集」という印象をもてるかといったら、まずないといっていいのでは。
確かに数理的だとは思う。数学の用語(真実のものも、あるいは虚構のものもあるかもしれないが)は多数でてくる。また、コンピュータがからむような記述も多数でてくる。そうした意味では、いかにも数理的。
恋愛小説かという部分は、なかなか微妙で、たしかに男女がでてくるような描写もあるにはある。恋愛的に思える部分もあるにはある。けれど、それはごく瞬間的なもので、物語を通して語られるテーマが恋愛であるとは思えない。そもそも、物語がさっぱり見えない。なにがおきているのかがわからない。そもそも分かるように書かれていない。あるいは、作者にもわかっていない?
数理的恋愛小説というのを理解しようとすれば、恐らく解説本が必要になるのではなかろうかと思うし、わたしとしてはぜひ欲しい。でなければ、わたしには理解不能だから。どちらかというと、作者は混沌を生み出すかのような言葉遊びをしかけているだけなのではないのか。故に、「それは存在していて、だから存在していない。明るくて、そして明るくはない」といったような文章が多用されているのではなかろうかと想像してみる。
誤字なのか、はたまた意図的にそうしているのかすら、判断に苦しむ言葉・文字の使い方をしているのも、ある意味ストレスに感じるほど。「懸案」という言葉が使われているのだけれど、通常ならば「勘案」というところなのではなかろうかと思うのだが、何度か使われていることや、前述のように言葉遊びとしてあえて使っているのだとしたら、誤字というわけにもいかないわけか、とも思う。とはいえ、それがどこにも明示されないのであれば、それを誤字ととられても、いたし方ないところではあるのかもしれないが。
ゴルトベルクの名を冠する定理の数は、おおよそ一年半に二倍の割合で増加を続けているという事実を指摘しておくだけで充分だろう。その登場が戦役の始まりから五年を過ぎた頃のことだったことを懸案しても、この成長率は瞠目に値する。(P.72)
けんあん【懸案】問題として取り上げられていながら、解決のついていない事柄。「--が山積する・--を解決する」
かんあん【勘案】--する
諸般の事情を十分に考え合わせ、適切な処置をすること。
(新明解国語辞典 第四版)
というわけで、はたしてどんな話だったのかすら、わたしにはよくわからない。恋愛があったようにも思えるし、まるでなかったようにも思える。ひたすらに言葉遊びの羅列がなされ、意味不明なままに終ってしまっただけのように思えたのだけれど、実は、凡人には理解できない、もっと、ずっと深遠な文学的ななにかが全編に潜んでいて、そこを読み解かなくては理解できないのさ、というのであれば、ぜひ解説本をどなたか一冊書いて欲しい。せめて、面白かったのか、つまらなかったのかを判断するためにも。
# ちなみに、表題作の各章に掲げられた座標をプロットしてみたら、こんな感じになった。( (0,0) から (4,8) まで)
# また、「Goldberg Invariant」の章番号は順序が奇妙になっているけれど、作中にもこれに触れた記述があって、それを確かめると、意味は取れるようになる。とはいえ、それがなにを意味するといって、さて、と首を傾げざるを得ないけれど。

Boy’s Surface
- 円城塔
- 早川書房
- 1470円
書評

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