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バージョンアップに○○切れそうなわたし

 ココログがバージョンアップされたそうですが、下書き保存しても、「保存しました」画面を表示され、公開で保存すると「公開しました」 しても同様 の画面を表示され、やる気をすこしずつ奪われていきます。おなじ編集画面の目立つ部分にメッセージだけ表示すればいいだけのことだと思うのだけれどなあ。(今までのように)

2010cclgverup


 ログイン直後の画面もちょいとわかりにくい。いきなりブログ表示してどうする? とも思うけれど、このあたりは以前もあったリンクかもしれない。

 利用している側としては、結局なれるしか手段はないのだけれど、少々げんなりなバージョンアップだと、個人的には思ってしまうのですよ。

追記:
 誤解のないように追加しておくと、怒っているわけではないです。げんなりしているだけです。


4838717474バージョンアップ はちきれそうなあたしの12か月
マガジンハウス 2007-04-19

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洗濯ホースの取り付け器具を交換した

 設置して 10 年弱になる洗濯機。ホースの水道への取り付け器具から、いくらか水がじわじわとにじむようになってきたので、修理しようかと試みた。取り外してパッキンを裏返してみたけれど、どうもあまりよろしくない。むしろいくらかはっきりと水が漏れるようになったような。

 ということで、いい加減パッキンも経年劣化してきているのだろうということで、パッキンだけを交換するか、器具そのものをそっくり交換するか(ネジの部分もややガタがでてきた)、というあたりを考えた。あらためて調べてみると、自在パイプの先端にこうしたワンタッチ着脱式の洗濯ホース取り付け器具をつけるのは、推奨していないらしい。パイプの肉厚が薄いために変形してすきまができやすいというのが理由らしい。確かにネジのあとがくっきりとついてへこんではいるんだよね。

 ホームセンターで物色すると、そんな自在パイプの代わりに取り付けられるタイプを発見した。これなら間違いがない。取り付けもむしろ簡単であるし、そもそも洗濯機専用にしか使っていないので問題はない。(もちろん、それで水道として使えないというわけではないけれど)

 念のために寸法を確認したうえで購入して取り付け。ようやく快適な洗濯ライフが復活。いざ、外してみた自在パイプのパッキンも、かなり駄目になっていたので、元に戻すときにはこちらも交換しなくてはいけないなあ。というか今のうちに替えておくのが吉というものか。

 自在パイプについていたのはこれ。洗濯機付属なので、これで使っている人も多いのでは。

B002BZ3MFC[14-23mm用]洗濯機用ニップル(ビス止め)
工具ジェイピー

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 購入したそのものは見当たらないなあ(カクダイさんのサイトでも)。

B001ULBQKQカクダイ 洗濯機用ニップル772-530
カクダイ

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 形状としては、こんなやつ。実際は金属ではなくてプラスチック系だったけど。

B002P3WZVC洗濯機用ニップル Ea468cf-2
エスコ

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パスタ

 arton さんがパスタについて熱く語っている。ここからここへ、そしてここ

 なかなか素敵。

#わたしとしては、「緑色の蕎麦なんて許せん!」って、思っていたけれど、最近は、「別にいいか」と思っていたりします。(いや、そういう話じゃなくて・・・)

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せのう違い

 セノーが企業再生支援機構による支援を受けることになったそうで、あのセノーが、と素直に驚いた。うーむ、手を広げすぎたのかなあ。

 といっても、セノーってなんの会社? と思う人も多いかもしれない。たとえば、ワールドカップバレーボールとか見ていると、ネットの支柱とかに「Senoh」って文字があるのを見た記憶があるかもしれない。そうした体育施設の機材を専門に作る会社で、今はフィットネスジムとかいろいろ進出していたらしい。身近にある体育館とかを見たら、バスケットゴールとか用具入れとか、さまざまなところで見つけることができるかも。

 実のところ、ずっと「妹尾」だとばかり思っていた。ゆえに関西方面の企業なのかと。あらためて見たら「勢能」だそうで。いやはや、思い込みというのはいけません。

 しかし、この手の製造会社というのは、さほど多くないうえに、顧客の多くは自治体関係が多いので、莫大な利益にはつながらなくても、そこそこ安定していけるものではあったかと思うのだけれど、昨今はそうでもなかったのかなあ。もちろん、鉄工所などが乗り出していたりという例もあるにはあるのだけれど、やはり専門にやっている強みというのはあるもので、それなりなんだけどなあ。

 体育施設・用具、公園遊具、ベンチ、などなど。いや、しかし近年危険だからといって、公園から遊具を撤去したりする動きも活発であったか。遊具もない、ボール遊びはするな、と禁止事項ばかりが公園の注意書きに並び、そのうちに「公園には立ち入らないこと」なんて書かれるのでは、と揶揄されるような状況では、確かに業界としても厳しい面はあるのかも。

 これほどの大手が苦しいとなれば、小さなメーカーはますます。ふと、昔を思いだすニュースだったなあ。

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ぴあにすと

 突き詰めると、ヒトほど恐ろしいものはないのかな、とも。とはいえ、ヒトはなわばりというものをないがしろにしてしまったためにレミング的ななにかを追う定めを持ったのかもしれないかなあ。現代社会の問題のいくつかは、多すぎるヒトの数によってもたらされているとも、思うのだけれど。

 しかし、よほど強運な人だったのだなあ。あるいは、なにか不思議な力にでも守られていたのか。どの国であろうと、どの人種であろうと、どちらの立場にもなりうる可能性を持っていることを、よくよく肝に銘じなくてはいけないよね。

B0000896HN戦場のピアニスト [DVD]
ウワディスワフ・シュピルマン
アミューズソフトエンタテインメント 2003-08-22

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 最初はこっちと混同していた。でも、船の上じゃやなくて海の上だったのね。

B00170LCJK海の上のピアニスト [DVD]
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン 2008-06-20

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るびま0029号をだいたい読んだ

 ようやくだいたい読んだ。るびま 0029 号。

 栃木 Ruby 会議02 など地域 Ruby 会議の様子がわかるのはなかなかうれしい。すっかり動画中継などがされるようになって、あとからでもその動画をみることができるとはいえ、やはり文字として読めるというのはありがたい。動画だと漫然と過ぎてしまうことがありがちなものの、主体的に取り組める読むという行為は意外としっかりはいってくるものがあるような。もちろんすべてではないから、要約されたものではあるものの、そこがかえってよくて、ポイントがきちんとつかめる。

 要約は大変だとは思うけれど、見ればわかるということにしてしまわない、この姿勢はぜひ続けて欲しいところ。

 標準添付ライブラリ紹介での tmpdir, tempfile 。添付だけに temp という。いや、しかしそういうものがあったのかと、正直思ったし、なるほどと思いつつ読んだ。とりあえず知ってることだけで便利に使ってしまっているけれど、こうしたことを教えてもらえるというのはうれしい。そうして、本当はもっと便利なのに知らずに損をしていたりということはまだまだあるのだろうなと。

 jpmobile はこんなに簡単便利でいいかしら? って感じが伝わってくるし。1.9.2 は Ruby会議 2010 にあわせてのりリース予定とかで、本当にぼちぼち 1.9 系への移行を本格的に考える時期なのだろうな、と。

 次号は Ruby 会議後の秋口でしょうかね。

 それはそうと、ひょっとして 27 号のプレゼントって未抽選だったりするのでは?

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えこ

 日本ではじめて白熱電球を製造した東芝で、とうとう生産を終了したというニュースが大きく報じられたり、その引き金ともなる政府からのお達しというか要望というかがあったり。エコという名のもとに白熱電球が消えていき、エコという名のもとに(ってわけでは必ずしもないけど)アナログ地上テレビ放送が終ろうとしたり。でも、まあ、個人レベルでは、きちんと分けて考えて対応する必要ってのもあるのではないかと。

 アナログ地上テレビ放送に関しては、終了させられてしまうわけだから、見続けたいと思えば、デジタル対応のテレビ受像機に替えるなりするしかないのだけれど、電灯に関しては個々の事情ってのを考えて判断していく必要はあるのではないかと。

 白熱電球は寿命が短いとか、エネルギーの大半を熱として放出してしまうため、効率が悪いというのは正しいわけです。それに比べて、蛍光灯型電球や LED 電球は寿命の点でも効率の上でも優れているというのも正しい。ただ、その使われ方というのを個々の家庭などでよくよく見極めて判断してもよいのではないかなと。

 基本的に白熱電球は長時間つけっぱなしにしない使い方が望ましいわけです。こまめにつけたり消したりするほうがよい。熱をもたないためにも有効なこと。一方で、蛍光灯の場合は、点灯時に大きなエネルギーを必要とするので、長時間継続して使うような使い方が望ましい。短時間でつけたり消したりというのは却って無駄が大きい。

 そんなことも踏まえて、多くの家庭の場合なら、トイレとか比較的短時間にしか利用しないところでは白熱電球が使われていることが多いはず。長時間過ごす居間だとかの部屋の照明はおおむね蛍光灯。もちろん、なかには間接照明とかで、そうした部屋に白熱電球を設置している人もあるとは思いますが。

 で、実際にどれくらいの使用頻度なのかを考えてみる必要はあるんじゃなかろうかと。たとえばアパートなどで一人暮らしという場合であれば、夜間にトイレを使う時間はどれくらいかと。昼間でも明かりをつけなくてはならないような構造でないかぎり、せいぜい 18:00-06:00 くらいの間が実際に点灯する時間帯かと思うわけです。寝ている間はせいぜい 1 回か 2 回と考えて、寝るまでの間にしても 2 時間に 1 度くらいと考えても悪くないかと。

 一日あたり点灯する必要が 5 回として、その時間をやや長くみつもって 5 分とすれば、一日あたり 5*5= 25 分。白熱電球の製品寿命はおよそ 1000 時間なので、1000*60= 60000 分。すると、60000/25= 2400 日。2400/365= 6.57 年。

 仮にそうした場面に LED 電球を導入すると、一生分くらいもつのかと思うけれど、そのアパートに一生いるのかどうかはわからない。引越し先で使うことになるかもわからない。といって、それをそのまま取り付けて残していくには、なかなか高価である。

 実際には、短時間の点灯でこまめに使うので、寿命はいくらか伸びるでしょうし。

 少なくとも持ち家においては、どこかの時点で LED などへの切換は検討すべきなのだろうけれど、借家住まいの場合、使用実態とも考えあわせて判断すべきなんだろうなと。まあ、いずれ流通在庫がなくなれば、白熱電球そのものを購入できなくなるわけで、そのときにはそうも言っていられないわけではありますが。

 要はそのものの特徴にあわせた使い方を、きちんと考えることが先なのではなかろうかなと。こんなにお徳というデータも一日 10 時間使用した場合とかってデータばかりですし。多くの家庭の場合、そうした状況での使用はあまりないのではないかと思ったりするわけで。

 懐に余裕のある方は、すぐにでも LED 電球へ。そうでない方は、きちんと見極めたうえで、必要なところには白熱電球をと、思うこのごろ。

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リックの量子世界


4488735010リックの量子世界 (創元SF文庫)
デイヴィッド・アンブローズ 訳:渡辺 庸子
東京創元社 2010-02-20

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 とにかく夜中からなんだかおかしかったのだ。寝付けずにホットチョコレートを作ってしまったり、起き抜けには、猫が屋根にあがったまま下りられないというのでつかまえようとしたら、いつもはおとなしい猫がとびかかってきたので屋根から落ちてしまったり。車を運転すればトラックとぶつかりそうになる。なんだか会議中も落ち着かない。虫のしらせというわけでもなかろうが、なにやらわからない情動に動かされて会議を抜け出し、向かった先は自動車事故現場。そこには無残にひしゃげた見まごうべくもない妻の車。息子は難を逃れたものの、妻は助け出すこともできず絶望的かと思っていたら、ふと気がつくと、妻は元気でわたしのことを心配している。なぜか、事故にあったのはわたしだった。

 息子のことを心配して尋ねると、誰のことかと妻が答える。誰って、わたしたちの子供に決まっているじゃないか。事故による後遺症で記憶が混乱しているとでも思われたのか、病院からもなかなか出してもらえない。ようやく自宅に戻れば、そこは記憶にあるけれど記憶にない自宅。なにかがおかしい。なにかが違う。多重人格になってしまったのか? 精神科の医師の治療が必要なのか? わたしは正常なのに、きみらはわたしを異常者にしたてあげたいのか?

 妻を事故で失うという事態に直面したリックの心は、その衝撃のあまりに平行世界の自分リチャードのなかにはいってしまうわけだ。はじめは、回りの知人もそのままであるし、同じ世界と思っているわけだから、そのつもりで考え、はなしをする。が、その世界の彼らにとってそれはまったく覚えのない事実であって、リチャード(リック)がおかしくなってしまったのではという危惧をもたれてしまうわけだ。

 次第に状況が見えてきたリックは、ひとまずおとなしくしてリチャードの心が主体性をもてるようにする。そして、すこしずつリチャードに事態を理解させ、ふたりの奇妙な共棲生活がはじまる。

 ディック的な悪夢世界とされているのだけれど、実のところ中盤くらいまでは、シチュエーションこそそうしたものではあるものの、さほどディックのような奇妙さというか混沌としたなにかといったものは、あまり感じられない。けれども、後半 100 ページあまりでの展開の見事さと面白さは、次第にディックのそれとは違った意味でディック的な混沌さを増していくあたりがうまい。

 そもそも、前半のところで、一度「えっ!」と、読者はしてやられるわけで、けれどもその伏線は途中の展開では特に触れられることがないままなので、次第に忘れていってしまうのだが、終盤に向けてもう一度生かされてくる。そして、平行世界を論理的に解決に導くための仕掛けがいくえにも張り巡らされていたことに気づかされて、またまた「やられた」と思うわけだ。

 正直、終盤まではスティーブン・キングのちょっと不思議な物語でも読むかのような、ありきたりな展開でしかない。ごく普通の物語といってもよいほどに。ある意味、そこをもう少し違った形で描けばと思わないでもないけれど、むしろ全体を思うとこのままが終盤の展開をより鮮烈にしているともいえるわけで、つまりはそこがまた作者のねらいのひとつだったのかもしれない。

 ディックファンよりも、ディックはいささか苦手という人にこそ向いているかもしれない。

 はたしてリックは元の世界に戻ることができるのか。元の体に戻ることができるのか。この世界の構造はどうなっているのか。平行世界の存在とは。巧みな世界の結末はぜひ自身で読んでお確かめを。

#今回から本が好き!サイトの URL が変更になり、サイトの仕組みそのものも変わった。ということで、過去の既存のリンクそのものはリンク切れとなった。(というか、ブログへのリンクは残っているけれど、管理していたサイトは存在しないので、そこへのリンクは切れたと)(と、思ったらリダイレクトされるみたい)



リックの量子世界

  • ディヴィッド・アンブローズ
  • 東京創元社
  • 1008円
Amazonで購入
書評

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TAKERU

 [ Brother “At your side.”(ブラザー公式ブログ): TAKERUを知ってる人は・・・ ]

 ちょっと前に読んでいたのに、すっかり忘れていた。TAKERU 何回か使いましたよ。なかなか面白い試みだったなあと、ふと懐かしく。

 あの無骨な大きな筐体はちょっと威圧感があったかもしれないですが、売り切れなしでそこそこ安く手に入る便利さは良かったですね。

 正直なところ、気がついたら消えていたような印象でしたが、それがやがて通信カラオケの技術に変わっていったわけですか。なるほど、なるほど。

 ラリーゲームを買ったけれど、ほとんどやってなかったようにも。いまさらながら、少しはやってみるってものかな。でも、いまさらかあ。

#ファミコンだったかのディスク書き換えとかもあったような。(もちろん TAKERU ではないけど)

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回ってもバターにはなりません

 [ ■_ これはいかねば::ときどきの雑記帖 めぐりあい電脳空間篇 ]

個人的には、一連の催しの中で6月5日(土)・6日(日)に「タイガー計算機実演指導」も、 お勧め。

 TK-80 のほうも楽しそうだけれど、タイガー計算機もいいなあ。家にもまだあるはず。歯車だらけの、あの重すぎる図体の迫力。基本は単純だけど、やっぱりその道のプロともなれば、必殺技的なテクニックとかあるのかなあ。

 でも、無理だなあ。

#昔のラリー現場では、タイガー計算機であれこれ積算していたんだよねえ(当然のごとく車内で)。PCの出現は偉大だ。

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芸術は沈黙だあ

 このところ糸井重里さんが、ほぼ日方面を含めて精力的にまとめたり、活動されたりしている中のひとつ、吉本隆明さんの「藝術言語論」の講演を追った、ETV 特集の再放送を見たのです。恥ずかしながら、ほぼ日でのあれこれを読むようになったのは、ここ近年のことなのですが、やっぱりこういう方の発言とか書かれたものってのは、一度きちんと取り組んでみるべきだよなあと、鈍い頭ながらに思っていたわけで。

 昨年あたりでしたか、これらの DVD などの再販売でしょうか、あったりしたので買おうかどうしようかと悩んだりしたのですが、悩んでいるうちに売り切れていたという(ほぼ日限定のやつが)。で、それっきり忘れていたところへ、再放送を知ったので見たのでした。

 素直にいえば、よく分からない、です。いや、まあ、「言語の根幹は沈黙だと思うんですよ」というのは、なるほどと理解できたのですが。他者との意思疎通のために、コミュニケーションのためのツールとして言語を使うというのは、いわば副次的なもので、言語というそのものの根幹をなす意味は他社と会話するというものではない。自らの中にわきあがる感覚であったり、表現として音としては存在しない脳内で処理するための、いわばプログラム言語とでもいうか。

 まあ、そんな雰囲気はなんとなくわかったのです。ただ、ほかは、「いったい、あれはなんだったのだろう」という感じでおぼろげな感じでした。

 ひとつにそれは、三時間にも及んだという一部にすぎないからということもあるでしょうし(とはいえ、却って編集してあるのだから、本質部分は分かりやすかったはずではないかという考えもあるのだけれど)、こちらの基礎知識不足というのもあるのかもしれない。

 あの手の講演会場がすり鉢状になっているためか、吉本さんがかなり上を向くようにして話されているのが、大変だろうなあという印象のほうが強かったりもしましたし。あれは、喉が疲れるだろうなあ、と。にもかかわらず、あの体調でありながら、延々と話し続けたその情熱は見事なものだなあとも。もっとも、そのために声が聞きづらい部分があったのは残念な感じも。

 そうしてみると、文字としてまとめられた記録というのは、そうした聞きづらさというものがないだけに、素晴らしいなあと。動画や音声への注目は最近ますます盛んではあるのだけれど、活字になっているということの意味はやはり消えないというか、その意味は別物。

 もう少し、聞いたり、読んだりしてみたい、とあらためて思った次第。

B0027Y2LT0吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~ [DVD]
NHKエンタープライズ 2009-07-24

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4094036717芸術は爆発だ!―岡本太郎痛快語録 (小学館文庫)
小学館 1999-10

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三週間は必須ではないですね

 ひとまず yhara さんのインタビューだけ読んだ。うーん、毎度のことながらインタビューページは長い。いや、長くて困るのではなくて、読み応え十分でうれしいわけですが、読んでも読んでも終らないという感覚があるのも事実で、どこで一休みしようか、などという気持ちと闘いながら読むわけです。(やや誇張されています)

 まったくの余談ですけれど、北海道を自転車で横断(どこからどこまでというのははっきりしないですけれど)するのに、三週間かかる、ということはないですね。もちろん、三週間かけて走ることはあるでしょうけれど、どう走っても三週間かかってしまうというほど広大ではないです。

 たとえば、函館から根室までを太平洋側に沿うようにして走ったとして、ただ走るだけなら一週間程度でしょうか。あちこち寄り道して、観光して、それでも二週間あればさほど困らないかもしれませんね。まあ、急ぐことが目的でもなく、のんびりとうろうろできるのが良さでもあるので、かける時間はそれぞれですけれど。

 札幌、旭川も一日で十分ですし、旭川から知床(ウトロ)までは、正味二日半。石北峠越えで。というところでしたね。まあ、寄り道なしではありましたが。

 とはいえ、どうせ北海道を自転車で走るなら、三週間くらいはかけて、ゆっくり、のんびりと、あちこち走るのがお薦めではありますね。

 遠い記憶をちょっと呼び覚まされました。

 RubyStation には期待するものがあって、Rails やっているときには、デスクトップアプリはブラウザを GUI にすればいいよね、と素直に思ってしまったので。

 次回はささださんは若隠居されてしまうのですか。あたらしい時代の始まりかしらん。なんにせよ、継続されるのはうれしいですね。

 では、気合をいれてほかを読みますか。

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るびま0029号出ましたね

 [ Rubyist Magazine - Rubyist Magazine 0029 号 ]

 るびま 29 号が出ましたね。お疲れ様でした。当初予定は 2 月頃ということで、TSNET スクリプト通信 8 号も同じ予定でしたが、どちらもそろってちょっと遅れていたのでした。どうなるのかなあと思っていたところ、ふいに公開されました。

 しかも、なんだかプレゼントの量が半端ではないですね。過去にない量のような気がします。まだ、巻頭言だけなんですが、ぼちぼちと読ませていただきます。

#TSNETスクリプト通信のほうはもう少し先になりそうですが、とんでもない隠し玉があるようです(たぶん隠せないけど)。

#?

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追跡不足

 芸術祭大賞受賞のドラマ「火の魚」を見終わって、そのまま見ていたら、なにやら「追跡!AtoZ」が新薬開発にまつわる話題を取り上げるという。しかも、今は生放送らしい。はじめった直後に見てみたものの、どうにもその作りがよろしく思えなかったので、以来さっぱり見ることもなかったのだけれど、つい見てしまった。

 結果、秘密結社のような暗い地下のようなセットではなく、明るい普通のセットにしているのはよいとして、スタッフの勘違いはまだまだ続いているのだなあというのが、率直な印象。「火の魚」の原田芳雄や尾野真千子の演技がよかっただけに、いっそう残念な感じが増してしまった。

 新薬開発の 2010 年問題はわかりやすく説明されていたし、製薬メーカーとすれば、研究開発に莫大な費用がかかるのは無理からぬことで、それを回収すべく薬価が高くなければならないという論理は、まあ分かるのです。その特許が切れて安い同種の薬がでてくるようになることで、売り上げが確保できず、研究開発が進めにくくなるというのも、まあ分かります。

 ただ、国をあげてジェネリックの使用を増やして医療費を削減しようという動きはあるものの、ジェネリックが普及しているのかといえば、そうでもなく、メーカーや病院・医師のなかでお互いの利益やこれまでの実績維持といった観点などからジェネリックには消極的なのが、まだまだ大勢。

 もちろん、特許切れを補完するあらたな画期的新薬がでていないということは、不安を助長することではあるのだろうけれど、やや扇情的に描きすぎな嫌いはあるのではなかろうかなあとも。

 ま、それは内容の扱いかたなので、番組としてどう主張したいかで変わってくることなので、置くとして。

 希少疾病への対策が進まない現状などについては、現状の紹介というところにとどまっていたのが残念。全般的にいっても、ゲストの専門家がどうにもすっきりしない発言に終始してしまい、時間切れでおしまい。司会側もどうまとめたいのかが見えてこない。

 そもそも生放送である必要性があるのかどうか、というのが一番の問題のようにも。生放送だから、時間がすぎて終ってしまう。本当にきちんと伝えたりしたいことが十分に放送できない。そんなもどかしさだけが残る時間だったのですよね。

 本来であれば、いち企業だけにまかせっきりにしないで国や社会、はては個人にいたるまでが、どう関わっていくべきなのかとか、そうした提言があってしかるべきだったのに、なんだかもやもやしたまま終ってしまっただけ。これが収録であれば、もっときちんとしたものにできたであろうに。

 同じ生放送でありながら「クローズアップ現代」の25 分のなんと充実していることか。一度番組を終わりにしてもう少し考え直したほうが、などと視聴者の勝手な感想としては思ってしまうのですよ。

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セン、オク、マン

 [ 『1000の風』と『千の風になって』 1 | 南風椎の「森の日記」 ]

 Twitter 経由で知ったのだけれど、なるほどねえと。もちろん、この情報だけで判断してしまっては早計な可能性だってないわけではないけれど、ただ、自分が当初から抱いていたあの歌への違和感に納得できる内容で、事実として十分あるのだろうなと思わせる。

 たしかに心情的に胸を打つ詩ではあるけれど、あの歌そのものがそうよいとは感じてなかったし、なぜあれほどメディアで絶賛され、紅白に毎年出演して歌うのか理解に苦しんでいたことが、すべて胸に落ちたという感じ。

 千の風が億の金になって満の金になったわけだ。


 昔、大杉正明さんのラジオ英会話で聴いたのがはじめと思うけれど、こちらのほうが好きだなあ。もちろん、単純な比較対象でないのは承知のうえで。

B000068TO0From a Distance: The Very Best of
Nanci Griffith
Mca Nashville 2002-06-25

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From a Distance - Wikipedia, the free encyclopedia

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著者はnariさんなり

 昨日のメモに Twitter から異様なくらいのアクセスがあってびっくりした。どうやら著者名が竹内先生だけになってしまっていることに反応があったようで。

 いやはや、申し訳ないことです。手動で直せばよかったのだけれど G-Tools まかせなので。

 ということで、ちょっと補足をいれておきました。あくまでも著者は nari さんと相川さんです。竹内先生は監修をされてます。

 いや、びっくりした。

#ということで、翻訳者が著者になってしまう例も多いので、他のサービスを調べてみようかとあらためて重い腰をあげようと思っているところ。

#おー、木村さんにも補足されていたのかあ。ログを見ているととんでもないことになっている。いやはや。

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メモ:nariさんのGC本

 なんだか落ち着かずにいると忘れてしまいそうなのでやっぱりメモしておこう。nari さんの GC 本。

 大きく「GC」と表紙に入れたら、どこぞの某雑誌のようでよくはないのか? などとも思ったり。「CG」と書いても ComputerGraphic のことではないし。いや、後半は合っているのか。

 すぐには無理だけれど、いずれは読んでみたいなあ。

4798025623ガベージコレクションのアルゴリズムと実装
竹内 郁雄
秀和システム 2010-03-18

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#注:正しい著者データは、 著者:中村 成洋、相川 光 監修:竹内 郁雄 です。


B0037SRLSQCG ( カーグラフィック ) 2010年 04月号 [雑誌]
ニ玄社 2010-03-01

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追記:3/10
 Twitter で話題になってしまったようで。著者が nari さんでなくて竹内先生になってしまっているのは、G-Tools での生成の所以で意図したものではありませんのでご容赦くださいませ。

 翻訳物でも著者でなく翻訳者になってしまうことがよくあるのです。原因が G-Tools にあるのか、amazon にあるのかはわかりませんが。

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友だち、恋人、チョコレート


448828003X友だち、恋人、チョコレート (創元推理文庫)
柳沢 由実子
東京創元社 2010-01-20

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 謎解きではなく、サスペンスでもなく、もちろんミステリでもない。といって文学というほど高尚ではない。テレビのホームドラマを小説にした大衆小説、というのが適当ではないかと。

 訳者あとがきには、

大人の人生の楽しみかたをイザベルという四十代前半の女性をとおして描いた、ユーモアたっぷり寄り道たっぷりの知的冒険シリーズです。

 とあるのだけれど、寄り道ではなく物語りの軸となる物語が存在しないというのが正しいのでは。一応、心臓移植をした男性の奇妙な体験の解明が主軸となる物語という位置付けではあるのだけれど、正直そういう印象はあまり持てない。というのもその男性と出会うのも全体の中盤になってからであるし、それをずっと調査しているかというとそういうわけでもないし(それを称して寄り道といいたいのではあろうけれど、軸となるものがあっての寄り道であって、軸といえる描かれ方とは到底思えない)、たいした解決ということでもなく終わる。

 むしろ、友だちや恋人にあたるイザベルの回りの人間との世間話のほうがよほどメインで、そうした彼女の日常がただただ描かれているだけといってもいい。

 その意味で寄り道などではなく、イザベルの日常をちょっとミステリアスに、けれど単にひたすら描いただけの物語というのが一番的確なのではないかと。

 また、彼女は哲学者という設定なのだが、お世辞にも哲学者に思えないというのもいささか興ざめなところ。心臓移植を受けた男性に提供したのはだれだったのかを調べるという段で、図書館で新聞を調べるのだが、交通事故の記事を見つけてそれが臓器提供者だと決め付けてしまう。事故の死者からのみ提供が行われるわけでもあるまいに、なぜ死亡広告を見ることをしないのか? 事実、後になって友人の若者ジェイミーは死亡広告を見て提供者のあたりを付け直している。

 もっとも、それすらもいささかおかしな話で、イギリスでの臓器移植であれば全国的なネットワークが組まれていて当然ではないかと思うのだが(実際のところは知らないけれど)。なにもその町で亡くなった人だけが臓器提供者になるわけではないと思うのだが。

 そうした思考のあまりの稚拙さであるとか、非常に妄想癖の激しい女性である描写が多く、さらにはあまり哲学的といえるような内容がないこともあって、残念ながら哲学者であるということは信じ難いというのが素朴な印象。

 一応著名な哲学者の名前や言葉を引用したりして、それらしい雰囲気を作ろうとしているのだが、いかんせん上っ面だけに終わっているように感じられてしまう。もう少し作品の根幹にひっかかってくるような哲学的な命題があって、それが事件解決のヒントにでもなるというのであれば、また面白みもますと思うのだけれど。どうにもそういう感じはない。

 チョコレートもしかりで、友だちや恋人に関しては何度となく直接間接を問わずテーマとして語られるし、暗黙のうちにそれらを感じさせるのだけれど、チョコレートに関しては実質 1 ページに集中して語られただけで、ほかはまったくでてこない。表題にいれるくらいなのだから先の哲学的な命題にからめてたびたび話題にのぼるくらいでなければ意味がない。

 結果として、これといった謎解きが行われるわけでもなく、何かが進展するということでもなく、イザベルの回りの友人知人との異なるいくつかの物語が語られて終わるだけ、という小説になりさがっている、といわざるを得ないような。

 では、つまらないのかといえば、そうでもなくて、妄想の激しいイザベルという女性が一体なにを今度はしでかすのかと、本当にホームドラマを漫然と眺めているような時間は過ごせる。なんとなく読めるけれど、かといってなにかが残るというほどでもない。惜しいなあ、という作品ではないかと。哲学とかミステリとかはいっさい切り離した設定でシリーズを構成しなおしたほうが、きっと面白くなるのではないかなあ。



#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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さよならPDC

 [ MobileHackerz再起動日記: 「携帯電話が心臓ペースメーカーを誤動作させる」という話 ]

 なるほど。現在の 3G 携帯に関してはほぼペースメーカーに影響を与えるような使用環境はない、と言ってもよさそう。問題は 2G など古い携帯が全廃されているわけではないということで、そのことを分けて考えなくてはいけないのか。

 とすれば、携帯キャリアとしても 3G への全面移行をより積極的に検討してほしいところかな。ま、ソフトバンクは今月で完全終了ですが、ドコモとしても絶対数の多さは分かるとしても可能な限り前倒しすることができるといいのかなあ。

 ソフトバンクの 2G 使っている人は来月になると使えなくなるので、さっさと 3G にするか他社へ移るかしましょう。

 それにしても、こういう情報はより多くの人がきちんと知っているべきなので、もっと広報すべきだよねえ。

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ビブ

 [ 「ナンバーカード」::ときどきの雑記帖 めぐりあい電脳空間篇 ]

 たまにマラソン中継とか見ると確かに「なんか変な感じ」と思っていたのでした。なにがどうというのはわからないまま。「ナンバーカード○○番」というのもなんだか”ナンバー”が重なる感じで嫌だなあとか思ったりはするのですが、それはまあ”ナンバーカード”は数字を記しているモノを指すのだから仕方ないのかとも思ってはいます。

 で、スキー・スノーボードクロス競技では、”ビブ”って言ってましたね。レッドビブとかイエロービブとか。なんだろうなと思ってましたが、なるほどそういうことだったのか、と。

 素直に番号だけ言えばいいような気もするなあ、とも思ったり。

#それにしても、いつの間にサイトタイトルを変えられたのだろう? 気づかずにいましたよ。

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