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リックの量子世界


4488735010リックの量子世界 (創元SF文庫)
デイヴィッド・アンブローズ 訳:渡辺 庸子
東京創元社 2010-02-20

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 とにかく夜中からなんだかおかしかったのだ。寝付けずにホットチョコレートを作ってしまったり、起き抜けには、猫が屋根にあがったまま下りられないというのでつかまえようとしたら、いつもはおとなしい猫がとびかかってきたので屋根から落ちてしまったり。車を運転すればトラックとぶつかりそうになる。なんだか会議中も落ち着かない。虫のしらせというわけでもなかろうが、なにやらわからない情動に動かされて会議を抜け出し、向かった先は自動車事故現場。そこには無残にひしゃげた見まごうべくもない妻の車。息子は難を逃れたものの、妻は助け出すこともできず絶望的かと思っていたら、ふと気がつくと、妻は元気でわたしのことを心配している。なぜか、事故にあったのはわたしだった。

 息子のことを心配して尋ねると、誰のことかと妻が答える。誰って、わたしたちの子供に決まっているじゃないか。事故による後遺症で記憶が混乱しているとでも思われたのか、病院からもなかなか出してもらえない。ようやく自宅に戻れば、そこは記憶にあるけれど記憶にない自宅。なにかがおかしい。なにかが違う。多重人格になってしまったのか? 精神科の医師の治療が必要なのか? わたしは正常なのに、きみらはわたしを異常者にしたてあげたいのか?

 妻を事故で失うという事態に直面したリックの心は、その衝撃のあまりに平行世界の自分リチャードのなかにはいってしまうわけだ。はじめは、回りの知人もそのままであるし、同じ世界と思っているわけだから、そのつもりで考え、はなしをする。が、その世界の彼らにとってそれはまったく覚えのない事実であって、リチャード(リック)がおかしくなってしまったのではという危惧をもたれてしまうわけだ。

 次第に状況が見えてきたリックは、ひとまずおとなしくしてリチャードの心が主体性をもてるようにする。そして、すこしずつリチャードに事態を理解させ、ふたりの奇妙な共棲生活がはじまる。

 ディック的な悪夢世界とされているのだけれど、実のところ中盤くらいまでは、シチュエーションこそそうしたものではあるものの、さほどディックのような奇妙さというか混沌としたなにかといったものは、あまり感じられない。けれども、後半 100 ページあまりでの展開の見事さと面白さは、次第にディックのそれとは違った意味でディック的な混沌さを増していくあたりがうまい。

 そもそも、前半のところで、一度「えっ!」と、読者はしてやられるわけで、けれどもその伏線は途中の展開では特に触れられることがないままなので、次第に忘れていってしまうのだが、終盤に向けてもう一度生かされてくる。そして、平行世界を論理的に解決に導くための仕掛けがいくえにも張り巡らされていたことに気づかされて、またまた「やられた」と思うわけだ。

 正直、終盤まではスティーブン・キングのちょっと不思議な物語でも読むかのような、ありきたりな展開でしかない。ごく普通の物語といってもよいほどに。ある意味、そこをもう少し違った形で描けばと思わないでもないけれど、むしろ全体を思うとこのままが終盤の展開をより鮮烈にしているともいえるわけで、つまりはそこがまた作者のねらいのひとつだったのかもしれない。

 ディックファンよりも、ディックはいささか苦手という人にこそ向いているかもしれない。

 はたしてリックは元の世界に戻ることができるのか。元の体に戻ることができるのか。この世界の構造はどうなっているのか。平行世界の存在とは。巧みな世界の結末はぜひ自身で読んでお確かめを。

#今回から本が好き!サイトの URL が変更になり、サイトの仕組みそのものも変わった。ということで、過去の既存のリンクそのものはリンク切れとなった。(というか、ブログへのリンクは残っているけれど、管理していたサイトは存在しないので、そこへのリンクは切れたと)(と、思ったらリダイレクトされるみたい)



リックの量子世界

  • ディヴィッド・アンブローズ
  • 東京創元社
  • 1008円
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