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チャチャチャ

 [ サイン・コサイン・タンジェント::L'eclat des jours(2010-02-26) ]

 昔むかし、どれがどれやら面倒だなと思っていたときに、ふと気づいたら「おー、そうではないの!」と思って覚えた記憶が。

 で、さらには電流とか抵抗とかの計算もなにやら自己流の図式を覚えていたような気がするのだけれど、こちらはすっかり忘れてしまった。式を見れば再現できるかもしれないけれど。

 昭和は遠くなりにけり。

 そして、昔むかしの、みんなのうた「算数チャチャチャ」。確か2番の歌詞に、

サインシータがコサインの、チャチャ、ルートの三倍

 とかいうのがあったような。歌で公式とか覚えちゃったら、そりゃ強いだろうなあと。

 覚えにくいものをいろいろ工夫して覚えていたはずなのに、結局今となっては覚えていることってどれほどあるのだろうかとも思ったり。

 昭和は遠くなりにけり。

算数チャチャチャ - Wikipedia

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蛇の歯


4488282156蛇の歯上 (創元推理文庫)
吉澤 康子
東京創元社 2010-01-10

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4488282164蛇の歯下 (創元推理文庫)
吉澤 康子
東京創元社 2010-01-10

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 すべての事件がそうであるというわけではもちろんないものの、映画「それでも僕はやってない」でも分かるように、こと痴漢事件などに関しては、被害を受けた(もしくは受けたとされる)側の訴えだけが真実とされ、無実でありながらなんの抗弁もできないことはありがちな傾向だったりする。

 今回のデッカーはまさにその渦中にはまってしまう。

 凄惨な大量殺人事件の捜査にあたり、多額の遺産を相続することから目星をつけたセレブな女性。相当にセクシーな美女ということで、聴取にでかけたデッカーもペースを乱されがち。なんとか平静を保とうとするのだが、彼女ジーニーのほうが男を手玉に取ることに長けている。巧みに罠に誘い込もうとしたのがうまくいかないと、今度は聴取の際にセクシャル・ハラスメントを受けたと警察に訴え出る。

 これ幸いと出てくる内務部の警官とのやりとりは本作のなかでも一・二を争うかという緊迫した展開で、正直終盤にいたるまで捜査の行方はまったく暗澹たるもの。容疑者と思しきジーニーの攻勢ばかりが厳しく、かくたる証拠も手がかりもでてこないままに物語が展開。怪しいけれど、どうにもならないもどかしさが手にとるように読者にも感じられて、いったいどう決着をつけるのだろうとやきもきしながらも、ついついページを繰る手が進むという。ケラーマンのうまいところ。

 終盤、これで一気に解決かと思わせながらも、結局は核心にたどり着けないままかと思っていると、すっかり忘れていたことから最終局面になだれこむ。

 前作では主な舞台が教会など宗教的な色合いが濃かったので、やや読者を選びそうなところもあった。もちろん本作でもユダヤ教にまつわる部分の描写はあるし、それが物語に単純でない人生に対する奥行きのようなものを与えてもいる。家族のありようなどについても考えさせられる部分があって、単なる警察小説やサスペンスといったものにとどまらないのもこのシリーズの魅力なのかもしれない。

 長さを感じさせないテンポのよさ。終盤までことごとく劣勢にさらされるデッカーらの世紀の大逆転に快哉をあげよう。


#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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メモ:須賀敦子

 以前から気になっていたものの読めずにいた須賀敦子さん。日曜の ETV 特集で再放送があったので録画しておいたものを見た。生い立ちといい経歴といい、さながら白洲次郎や白洲正子を思わせるようなところがあった人なのかと思う。

 書名にもなったコルシア書店とは、なるほどそういうものであったのかとか、帰国してからの廃品回収活動の様子であるとか、ますます須賀敦子という人にたいしての興味を深める時間だった。

 すっきりと耳に入ってきながら、実に多彩に響く言葉の素晴らしさにファンも多いようで、日本語・英語・イタリア語などを使っていくなかで醸成された文体なのだと思うと、ご本人が言われていたが、豊かな体験によって言葉にも豊かさが広がっていったのかもしれないか。

 言語による表現力を豊にするには、やはりすばらしい言葉・文章にいかに多く触れるかということに関わるのではないかなと、あらためて思う。

 まず読むこと、そして書いたり、話したりすること、その書いたもの・話したものを誰かに読んでもらったり、聞いてもらったりすること(当然、話すには相手がいるのではあるけれど)。そうしていくことで自分の言葉を磨いていくことになるのだろうなと。

 須賀敦子は 1998 年にガンで亡くなったとか。千葉敦子は 1987 年にガンで亡くなった。ほかもろもろ、どうも「あつこ」さんには縁があるようだ。

 60 歳ころになってようやく作家として活動を始められたという須賀敦子さん。実際に執筆にあたることができたのはわずか 10 年あまりでしかなかったというが、その残したものの大きさは計り知れないものだったような。

 きちんと読んでおきたいひとりとして追加するべきだな。

#余談:永作博美の朗読もまずまずよかった。

4309420516須賀敦子全集 第1巻 (河出文庫)
河出書房新社 2006-10-05

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4309420524須賀敦子全集 第2巻 (河出文庫)
河出書房新社 2006-12-05

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4309420532須賀敦子全集〈第3巻〉 (河出文庫)
河出書房新社 2007-11-02

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4309420540須賀敦子全集〈第4巻〉 (河出文庫)
河出書房新社 2007-01-06

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4309420559須賀敦子全集〈第5巻〉イタリアの詩人たち、ウンベルト・サバ詩集ほか (河出文庫)
河出書房新社 2008-01-05

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4309420567須賀敦子全集 第6巻 (河出文庫)
河出書房新社 2007-02-03

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4309420575須賀敦子全集〈第7巻〉どんぐりのたわごと・日記 (河出文庫)
河出書房新社 2007-03

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4309420583須賀敦子全集〈第8巻〉 (河出文庫)
河出書房新社 2007-04

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4106021935とんぼの本 須賀敦子が歩いた道
新潮社 2009-09-26

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続・ピット

 [ ■_ 寿命::ときどきの雑記帖 i戦士篇 ]

 おー、なるほど。確かに音楽 CD とかでもそういうことはあるんですね。ただ、レーベル面のアルミというか、この補修をしてやれば、ピット自体が駄目になっていなければ読み取れるようにはなるのではないかな? とか思うのですが、どうなんでしょうね。

 番組ではレーベル面に記入するときには柔らかいペンを使うようにしてくださいとか、日光には当てないようにといった説明で、どちらかというと CD-R など書き込みメディアをイメージしていたような印象はあるんですよね。

 R や RW などだと 10 年程度と見るのが無難だということを思うと、もう少し丁寧な内容だったらよかったのかなあ、というのはありますね。

 いずれにしても、扱いは丁寧にしないといけないということですね。

ピット: つらつらぐさ

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ピット

 昨夜放送の日本テレビ系「世界一受けたい授業」。物の寿命というのをやっていたのだけれど、CD の話はよろしくないような気がする。中村智彦さんは「CD が出てからずいぶんとたったので寿命である 30 年からするとそろそろ危ない」というのだが、なにか勘違いしてないかな? 販売されている音楽 CD と、パソコンなどで記録できる CD-R や CD-RW とは記録方式がそもそも違うのに。

 ひょっとして音楽 CD もせっせとパソコンで CD-R に焼いていると思っているのかな?

 仮に、音楽 CD や CD-ROM が 30 年あまりで劣化してしまうようなものだとしたら、それこそ CD なんて買ってられるかという話になってしまうと思うけれど、あれはピットを刻んでいるので CD そのものが歪曲するとかでなければ劣化するというものではないと思うのだけれど。

 一方で、CD-R らは色素の変化によって記録しているので、紫外線による劣化がおこってしまうので、直射日光はもちろん明るい場所に無造作においておくことは避けたほうがいい。現実的には 10 年程度の寿命と思うほうが無難。

 さらに、CD-R と CD-RW とでは記録方式が異なるので、どちらかというと RW のほうが劣化はしにくい。

 いずれにしても、あの放送では販売されている音楽 CD でも、一般での記録用の CD-R などでも同じようにみなしているようで、はなはだ疑問な内容だったといわざるを得ないのではないかなあ。

データバックアップを考える その3: つらつらぐさ

B000HP69T4ロードランナー
ハドソン 2006-10-26

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追記:2/23
 続・ピット: つらつらぐさ

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エフィラ、メタフィラ

 三週間ほど前の NHK 「熱中時間」でチリモンを取り上げていた。ちりめんじゃこに紛れ込んでいるじゃこ以外の生物を称して”チリモン(ちりめんじゃこモンスター)”と呼ぶ。小さなエビやイカ、カニ、ヒトデ、タツノオトシゴなどなど。

 今となってはアレルギー問題などもあって極力排除されているそうで、食用として販売されているものにはほとんど見つけることがないそうだが、確かに以前小さなイカが入っていたこともあるなと。

 そうして取り除かれたものを廃棄するのではなく、チリモンを探し出すことを楽しむためのちりめんじゃことして販売している。食用ではなくチリモンを見つけることを楽しむためのものなのに結構な売れ行きらしい。

 紹介されていた男性は子供のころまぎれていた不思議な形をしたカニの幼生である”ゾエア”に魅せられたということだった。確かにこれがカニになるのか、という奇妙な形。けれども死んだ姿しか見たことがないので、なんとか生きたゾエア幼生を見つけたいということで漁船に同乗させてもらう。その場では発見できなかったが、持ち帰った海水のなかに見つけることができた。

 それにしても海の生物の幼生には奇妙な形をとるものも多く、不思議な名前も多い。そんな不思議な名前の記憶が収束するのは「エフィラの想い」。高層ビルに囲まれた月夜の都会で繰り広げられる奇妙な物語。月とムーン・ジェリーフィッシュ、ミズクラゲ。

プラヌラ、ポリプ、ストロヴィラ、エフィラ、メタフィラ

 エフィラは成長したポリプのストロヴィラから花びらのように雪片のようにひらひらと離れていく過程。月夜のビル群のなかをエフィラが舞い上がっていく風景。なんとも幻想的な不思議な語感が記憶に残っている。

 そんな殿谷みな子(とのがい みなこ)の「エフィラの想い」が SFマガジンに発表されたのは 1980 年 6 月号。今となっては殿谷さんの作品は入手困難。「求婚者の夜」とか買っておけばよかったなあ。

_efira


#最近の動向は知らなかったのだけれど、結構出版されているらしい。

 当然ながら絶版で、復刊ドットコムでも見込みは期待できそうにないなあ。

4150301166求婚者の夜 (ハヤカワ文庫 JA 116)
早川書房 1979-07

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 メモしておこう。

4846203476私の祖父の息子
れんが書房新社 2009-05

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4846202151鬼の腕―殿谷みな子作品集
れんが書房新社 1999-09

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4846202704着地点
れんが書房新社 2003-09

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4901998447チリモン博物誌
幻戯書房 2009-06

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マーサ

B00008VH7Xマーサの幸せレシピ [DVD]
サンドラ・ネットルベック
東芝デジタルフロンティア 2003-05-23

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 ハリウッドリメイクよりもこちらのほうが役者の選択とか似合っているなあと思ってしまう。

 寒い冬だけど暖かな気持ちにさせてくれる。

 画面は小さいけれど無料でまた見られるし。

マーサの幸せレシピ|無料動画 GyaO![ギャオ]|映画

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WADACHI

 NHK のドラマ「とめはねっ!」のおしまいはサザン・オールスターズの「希望の轍」の歌詞がからんできた。なるほどそういう歌詞だったのねと、あらためて思う。桑田佳祐の歌い方は何を言っているのかわからないところが多いので、印象に残る歌ではあったものの具体的な歌詞を知ったのは今回がはじめてだったという始末。

 今では”轍”という言葉も死語に近いのではとも思うくらい、実際に轍を目にする機会は失われているし、若い世代であればまったくということでもあるのだろうなあ。かつては少なくとも農道などは未舗装が多かったので轍を実感することも多かったし、雪国ともなれば雪道の深い轍をまるで軌道車のごとく走るしかない車両の列も、今となっては見かけることが少なくなった。除雪や融雪の充実はもとより、積雪そのものの減少も加わって。

 「希望の轍」というタイトルだということも恥ずかしながら知らなかったのだけれど、同じ轍でも「夢の轍」だったら強く印象に残っているし、思いいれもある。たびたびではあるけれどさだまさしのアルバムタイトルとして。いくつもの夢が実現したりあるいはかなわなかったり、それでもいつも夢を追いつつ進んでいけば、それらが果たせなかったにしても、その後ろには轍くらいは残っているだろう、といった言葉があったように記憶しているのだけれど、どこでだったか。

 どのような人生であれ、自分なりに精一杯生きていたら、きっとなにかしらの轍が残っているのかもしれない。あるいはそれは自分にしか見えない轍かもしれないし、逆に自分には見えないが回りからはくっきりと見えるかもしれない。

 ”轍”という言葉は現実的ではなくなっているかもしれないけれど、死語にしてしまうのは残念な言葉でもあるような気がする。


#「希望の轍」が 1990/9/1 リリース。「夢の轍」が 1982/12/11 リリース。

B00003Q43V海のYeah!!
サザンオールスターズ
ビクターエンタテインメント 1998-06-25

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 某裁判で裁判官が口にしたので有名になった感もある「償い」もよいけれど、「極光(オーロラ)」とか好きだなあ。朱鷺が自然に放たれる日がくるなんて、当時は思いもしなかった。

B00024Z7Y8夢の轍 プライス・ダウン・リイシュー盤
さだまさし
フォア・レコード 2004-06-30

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 歌詞の書道を見ていたら、昔作ったものをふと思い出す。
Traveler


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祖国なき男


448823903X祖国なき男 (創元推理文庫)
村上 博基
東京創元社 2009-11-20

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 前作でヒトラー暗殺に失敗して祖国イギリスにからくも戻ってきた主人公が、単身ふたたびドイツに潜入し、軍とは関係なく暗殺をもくろむという話。前作は読んでいないけれど、冒頭に簡単に説明があるのでそのあたりの違和感は少なく読めるはず。

 ただ、どうにも読みにくい感じがして難儀した。文章が難しいとか文体が古式ばっていてというわけでもない。あえて言えば文章に説明が足りないというところか。解説によれば、前作もそういう嫌いはあるようで、ただそれは主人公による手記という手法で書かれているためで、そこがいい味になっているといった感じの内容であったのだけれど、果たしてそれだけなのか? という感じも。

 前半でドイツ将校の振りをして列車に乗り込む件がある。四人のポーランド人をアウシュビッツに連行するということで乗せている列車。主人公にしてもドイツ軍に追われている状況なので、できるだけ早く逃げる算段をしたいと思っている。そこで捕虜を見方につけて逃げようと考える。

 走行中の列車から捕虜を突き落とすといって警護の兵ふたりに扉をあけさせ、ひとりを突き落とし、もうひとりをというところで捕虜が警護兵の口を両手で抑えて声を出せないようにする。四人も捕虜がいてなんの拘束もされていないというのもちょっと謎だ。警護兵を突き落とし、自分はドイツ人ではなくイギリス人だというとあっさり信じてくれるポーランド人捕虜。抱擁して涙まで流す。

 逃走について相談するうちに、やはり一緒にというのは難しいということでひとりで行動することにする主人公。アウシュビッツ駅について捕虜四人は降ろされて連行用のトラックに乗せられる。突き落とした警護兵が見つかると足がつくと不安に思い、突き落とされた兵がいると連絡があったと兵に伝え、捜索に行くように命じる主人公。一緒に行けと命じたのは連行用トラックの運転手らしい。しかも運転手以外には誰もいないらしい。

 時間について触れられる部分がほとんど出てこないのだが、途中いきなりアウシュビッツ到着は夜なので、といった描写がでてきたりする。乗ったのがいつだったのかもわからないし、どれほど離れているのかも他国の読者にはわからないのでそのあたりの想像もつかない。

 このトラックに運転手以外に警護兵がいないとか、なぜ護送トラックの運転手を捜索に回すことに不信を覚えないのかとか(将校にばけているからとはいえ)、護送トラックを運転して逃走するのだろうと分からないでもないが、あまりそれと感じられる描写がないのであるいはまったく単独で逃げいているだけなのではと思っていると、やはり護送トラックだったとわかったり。もう少し書き込んでくれたらと思ってしまう。

 翻訳については基本的にはさほど違和はなかったのだけれど、年配の翻訳者の方のためか、若干文章が独特すぎてリズムに乗り切れない部分が目立ったところも。「○○だった。とはつまり、××ということだ」という表現がなんどとなくでてくるのには正直閉口してしまった。

 ということで設定そのものは非常に魅力的ではあったのだけれど、最後まで没入できないままに終わってしまった。つまり、いまひとつこの小説とは合わなかったということなのかもしれない。


#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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ミラクルボディー

 なんだかこのところテレビの話ばかりになってしまっているけれど、NHK「ミラクルボディー」がなかなか面白かった。滑降のトップ選手の滑りを分析しているのだけれど、ふたりの選手の滑りを合成して見せてくれるのなどは特に。似たようなコースでありながら微妙な差で違いが出ているのがよくわかったり、後半のスピードの乗りの違いが体の姿勢などの映像も使ってなるほどと見せてくれた。

 筋力の使い方とか、脳波を調べたり、カメラを持って滑らせた映像をトップ選手のそれに合わせて速度調整して疑似体験させてくれる映像とか。

 疑似体験でよかった。あのスピードでは見えているというより感じているだけって感じ。

 で、オリンピック。滑降ではないのでそこまでのスピードはないのだと思うけれど、スキークロスやスノーボードクロス競技が、まさに複数人数で同時滑走という脅威の競技。放送予定を見ると、なんだかほとんど民放になっている。しかも早朝すぎる時間帯。テレビ東京にいたってはこちらでは見られるものやら。

 録画でもいいけどフルに見たいんだよなあ。

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ポニョポニョ

 テレビ放映ではあるけれど、ようやくにして「崖の上のポニョ」を見て、今のジブリ体制というか宮崎方式というかでのアニメ製作は限界にきているのでは、という思いがした。映像としては相変わらずすばらしい出来でその品質は非常に高い。けれどアニメーションとしてどうかというと、時間のなさなのか、それ以外のなにかなのか、結局締まりのない中途半端な状態で”完成とされた”としかいいようがないのではないかと。

 海の表現、多数のくらげの躍動感、愛らしいポニョの表情・しぐさ、荒れ狂う波のすさまじさ、魚や海の生き物たちのしなやかな動き、人々の動きや車や船の描写、嵐に翻弄される木々、などなど。とにかく映像としたらこれでもかというくらいに見事な描写が展開される。これはいかにも宮崎駿、スタジオ・ジブリという出来栄えに仕上がった。

 けれども物語のほうはというと、フジモトの存在がよく分からない上に宙ぶらりん、ポニョが人間になろうとして世界がおかしくなっているというのがいまひとつ明確でない。洪水はポニョのせいだったのかそれとも違ったのか、老人ホームのトキさんの存在が重要な意味を持つはずなのになんだか唐突であると同時に、不十分。描きたいこと、訴えたいことが分散しすぎて、結局まとまりをもてないまま中途半端で急激に物語が終わってしまう。

 作品としての時間が足りなかったのかといえば、そういうわけでもない。テーマがしっかりしていてぶれていなければ「となりのトトロ」にせよ、「紅の豚」にせよ、十分に描ききることができていた。

 こういう場面を描きたいというイメージボードのつなぎ合わせばかりで、それぞれの場面は確かに印象的なのだが、それらが一貫してつながりを見せることがないので物語としてのまとまりも深みもだせないままポニョが人間になってめでたしめでたし、はい、おしまい、という具合でしかなくなってしまった。

 ちょうど今公開されている映画「オーシャンズ」で、海の生き物たちの驚きの姿をこれでもかと見せてくれるように。

 ただ、「オーシャンズ」はドキュメンタリーなのだから、それだけで良い。しかし「崖の上のポニョ」はアニメーションなのだ。物語にまとまりがなくては単なるイメージビデオでしかない。それではポニョの意味はない。

 ポニョは当初宮崎さんがひとりでイメージを膨らませて準備を進められていた。それが実際に作品として動き出したわけだが、収拾がつかなくなった一因はそこにもあるのかもしれない。十分な製作期間を本当の意味でもてたのかというのもわからないけれど、公開を延期してでもしっかりとしたものにするという選択はできないのだとしたら、もはや宮崎さんは脚本やコンテに主体的には関わらずに、監督として統括していく作業に専念したほうがいいのかもしれない。すべてを宮崎さんひとりで取り仕切るような製作工程はあるいはもう限界にきているのではないかとも。

 少なくとも「ゲド戦記」をジブリ最悪の失敗作にしてしまった息子吾郎氏(吾郎氏ひとりの責任では無論ないけれど)とは違い、アニメーション作家として、監督としての力量は誰にも否定できるものではないわけで、今後は少し離れた目線で作品作りにあたるほうがあるいはよいのではないのだろうかとも思ってしまった。

 もちろんそれがすべての原因なのかどうかはわからないけれど、製作途上の様子などから思うに年齢的なものも含めてそういう考え方もあるいは否めないのではないかと。

 誤解のないようにあらためて言うと、「崖の上のポニョ」は映像としてすばらしい作品に仕上がった。ポニョのかわいらしさも素敵だ。けれども、これまでの宮崎アニメと比べたときにどうしようもないほどアニメーションとしての総合評価は低くならざるを得ないと思う。それが、残念。

 次なる作品があるというのも確かなところのようなので、ぜひ勇気をもって悔いのない作品にしてほしいなと思うところ。

Wikipedia とか見ると、それが狙いだということみたいではあるけれど。

B0021D5ETQ崖の上のポニョ [DVD]
ウォルトディズニースタジオホームエンターテイメント 2009-07-03

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やっぱり手作り

 先週の NHK 「きょうの料理」では減塩料理のポイントを紹介していた。基本ではあるけれど、いろいろバリエーションで紹介してくれていたので、なかなか面白かった。

 やはり、手作りすること(だしにしろ、ドレッシングの類にしろ)、スパイス類など香味のものを使う、油でコクを加える、味付けは表面に、というのは分かりやすいし実感できるなあ。

 このところ出汁は煮干だし、冬ということもあるけれど生姜を常に使っているし、汁物には油を加えることが多い。表面に味付けってのはあまりそういう場面がないので実践はまだだけど。納豆に付属のタレは半分くらいしか使わないし(タレなしが普及するといいのになあ、とは思う。納豆の差別化はタレくらいしかないのが原因なのかなあ)、まあまあ減塩は実践できているのかと。

 減塩というのは慣れなので、やはり普段の食生活からそういう習慣をつけていかないと大変なんだよね。刺身や寿司を食べるのに、何度も何度も醤油を小皿に追加するのを見ると、末恐ろしく思う。

 食材そのものの味ってのは、意外なくらいおいしいものなんだけどなあ。

B00320OFPQNHKきょうの料理 2010年 02月号 [雑誌]
日本放送出版協会 2010-01-21

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 実のところ、きょうの料理ビギナーズのほうがおすすめだったりはする。

B00320OG32NHK きょうの料理ビギナーズ 2010年 02月号 [雑誌]
日本放送出版協会 2010-01-21

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立春大福

 「春は名のみの風の寒さや」の早春賦はもう少し先の時期を歌ったのかとも思うけれど、立春とはいえまあ暦の上での話なんだから、まだまだ寒くても当然ということではあるなあ。いやはや冷えました。

 節分ということで、小さな子供が大きな声で豆まきするのはなんともいいなあ。だんだんとそういうことも無くなってしまう。親のほうがなんか恥ずかしそうに遠慮勝ちに声を出していたりする。

 立春というとなぜか思い出してしまうのが、金田理恵さんの本。「立春だあ」の台詞がなんとも頭に残ってしまっている。

4480871853ぜんまい屋の葉書
筑摩書房 1991-05

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「立春、立春」と唱えていたら、

大吉ならぬ大福が出てきました。
どんな大福だろう、と考えました。
飛んでいるのは、豆大福の豆のつもりです。
「ぜんまい屋の葉書」

 節分で豆まきして、立春で豆大福。うん、なんだか似合うなあ。ふと、豆大福を食べたくなった。あんこはつぶあんでお願いします。

 季節ごとの葉書を自前の印刷機で印刷したものの記録なのだけれど、そのゆったりしたセンスの良さがなんとも素敵な一冊。絵手紙とはまた違うあじわいがあるんだよね。

 大福まであるんだねえ。

B001UQSHQM【訳あり特価 送料無料】豆大福 規格外のどっさり40個入
オーガニックサイバーストア

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 さすがに 40 個は多すぎるか。

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ウサギ料理は殺しの味


4488284027ウサギ料理は殺しの味 (創元推理文庫)
藤田 宜永
東京創元社 2009-12-20

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 たまたま車の故障の修理のために滞在することになった小さな町で奇妙な事件が起きていると知り、いつしかその事件の渦中に巻き込まれていく元警察官であり元探偵でありという男シャンフィエ。奇妙な事件とは、毎週木曜日の夜に若い女性を狙った殺人事件が起きるというもの。そして木曜日だけに供される、とあるレストランのウサギ料理と関連があるような気配がでてくる。

 犯人につながるような発見はとぼしく、なかなか進展を見られないままに次々と殺人が行われ物語は終盤に向かう。その間に語られるのは実に多い、いや多すぎるというほどの町の人々のそれぞれの詳細な暮らし振り。ウサギ料理を出すレストランの店主は実はウサギ料理は嫌いで作りたくない。商店主はショーウィンドーの飾り付けを毎週更新することに情熱を燃やしつつも、疲れている。娼館では毎週ひとりの上客しか相手にしない高級娼婦がいて商品でしか代価を受け取らない。セールスマンは高級娼婦にお熱だが、いつも空振り。

 なにより、この町の誰もが好色すぎる。ミステリでもサスペンスでもなくポルノなのではないかと思ってしまうほどに。

 そして、そうした町の人々の日常が繰り返し描かれていくなかで、ほんの少しずつなにかが変化していく。事件は急転直下で容疑者逮捕へと。しかし、事件の真相がつかめないままに容疑者は死亡し、事件はあらたな展開をみせるのだが、意外すぎる展開はまさに快作・奇作というにふさわしい。

 町の人々の運命、町そのものの運命、そしてシャンフィエの運命もクルクルともてはやされ、どこへ辿りつこうとしているのか。

 終盤であきらかにされる、そもそもの事件の真相はきわめて奇怪なもので、そりゃないだろうというもの。とうてい読者には分かりえないよなあ、と思いつつ読み直せば、なるほどと思えない部分も少なくない。これはそのための伏線であったのかと思い直す。なんとも奇妙な作品。

 これまで体験したこのない物語の妙を体験させてくれるまさに快作の名に恥じない一作。

 残念なことは、解説によれば実に多作な著者であったにも関わらず、翻訳され紹介されているのは本書を含めても数冊しかないということ。どの作品も既存のミステリなどの枠にとらわれない作品であるようで、なんとも惜しい。近々一作は刊行が予定されいてるらしいけれど、継続して翻訳されるといいなあと。

 それにしてもフランス人名は読みにくいうえに、誰が誰やらわからなくなる。登場人物が多いだけになおさらのこと。それもまたこの作品のためには必要不可欠だったのでは、などと日本人としては勘ぐってしまいたくなるような。

 この快作を知らずにいるのはなんともったいないことかと思わせてくれる、不思議な一冊。


#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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明るい

 [ 明るい選挙::L'eclat des jours(2010-02-02) ]

 な、長い(笑)。きっとこれは「みんなのうた」とかかつての「ひらけポンキッキ」とか「ピタゴラスイッチ」とかでやったらいいと思うよ。(内容的にも長さ的にも無理か)

 というか、

占拠、占拠、明るい占拠

ここはぼくたちの土地です
ずっと前から決まってます
きみたち(きみたち)
出て行って(出て行って)
占拠、占拠、明るい占拠


 てな感じに想像してしまった。

 まあ、選挙は行くべきだし、きちんと投票しなくちゃ変わるものも変わらないってのはあるけれど、そう遠くない昔の国会でさる首相が「選挙のときの公約なんて守る必要ないんだよ」と公言してしまったので、マニフェストと名前を変えたからといってそれが信頼できるかといったらなんの保証もないわけで。

 信頼できるとふんで投票し、当選した議員が信頼にこたえる働きをできるかといっても、それははなはだ難しいところで。

 それこそ政治家の仕事は選挙に出て、当選することなので、政治をすることではないという政治家が多いんじゃないかなあ、なんて斜に見てはいけないんだろうな。

 ま、いろんなこと抜きで楽しめばいいと思うよ。選挙、選挙、明るい選挙~♪


 「あかるい農村」って番組もあったような。農村の未来も決して明るくはないなあ。

 梨の木舎にこんな本があったとは。

4816609059やさしい風景がよみがえる時―信州上田・農村スケッチ
梨の木舎 2009-07

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