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閉じた本


4488154026閉じた本 (創元推理文庫)
青木 純子
東京創元社 2009-12-10

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 およそ 99% くらいは会話だけで書かれていて、ほんの少しだけ主人公の作家ポールの独白がはいる。会話についてもその大半はポールとその筆記を受け持つことになった青年ジョンとの会話で占められる。いっさいのト書きがないそれはラジオドラマを聞くかのようでもあるけれど、積極的な状況説明がいっさい省かれているという点でいえば、むしろ盗聴でもしているかのようなというほうがより近い。

 無論それは作家であるポールが数年前の事故により失明したこと、それも両の眼球そっくりを失ってしまったということを、読者が追体験するという効果も持っている。読者に分かるのは会話による状況の把握のみ、人の動きや感情の変化といったことも、会話の端々で感じることしかできない。そのもどかしさはまさにポールそのもの。

 それだけに次第に感じられるようになる奇妙な空気のよどみから受ける不気味な感覚は、ポールのものならぬ読者のものともなって知らず知らず物語の世界に引きずり込まれていく。

 次第にどうもこの関係は妙だぞと気づくものの、それがなにを意味するのか、なにが始まろうとしているのかといったことはなかなか想像できないまま物語は進んでいく。

 ここまで来てしまうともはや読者はアデアの手の内に嵌ったも同然。巧みな言葉でいいようにあやつられ、物語の結末へと一気に導かれるよりない。

 終盤で明らかになる展開は意外なくらいにあっさりと進行され、そして最終幕へと引き継がれる。そこで読者が目にするのは物語全体を構成する見事な完結。「閉じた本」というタイトルが幾重にも意味をなして、してやられたと悔しい思いをしたり、その技巧に賞賛の笑みを送ったりすることになるはず。

 と、同時にさまざまに張り巡らされた”恐れ”についても、あらためて感じることになるわけだ。

 訳者あとがきにしろ、解説にしろ、アデアという人物の類稀なる技巧の高さは、ここに留まらないようで、アンドルー・クルミーの「ミスター・ミー」を見事に訳してくださった青木さんの仕事があってこその「閉じた本」でもあるのではないかと。

 残念ながら翻訳はもちろんのこと原著についても入手が困難な状況があるようで、これほどの技巧作品群が埋もれていってしまうのはなんとももったいない。いずれ必ず日の目を見ることを切実に願うところ。

 謎解きのミステリではなく、ひたひたと迫り来るえも言われぬ未体験のサスペンスを味わえる至極の一冊。


#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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