エルサレムから来た悪魔
![]() | エルサレムから来た悪魔 上 (創元推理文庫) 吉澤 康子 東京創元社 2009-09-30 by G-Tools |
本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。
刊行予定を見たときから気にはなっていたものの、正直なところ中世の話ということもあって楽しめるかどうかとやや不安にも思っていたのだけれど、読み終えてみると杞憂でしかなかった。
実際、読み始めはなんとなく慣れない時代の雰囲気に、いまひとつ入り込めないまま読んでいたのだけれど、女検死医であるアデリアが、殺された子供たちの検死を行うあたりからなんとなく空気がかわってきた。いや空気というか自分のなかの違和感のようなものがなくなってすっかり中世の物語世界に入り込んでいた、というところ。
子供が惨殺されて発見され、磔にされたとみられたことから町のユダヤ人が犯人だとの噂が。町は不穏な空気につつまれたため、国王が城の領地内にユダヤ人を保護するような措置をとる。しかし、その後も子供の被害は続いたというのに、ユダヤ人がこっそり抜け出しているに違いないと人々は噂し、剣呑な空気はいっそう濃くなるばかり。
事態を重くみた国王の依頼を受けてシチリア国王から派遣された、調査官シモンと有能な検死官として嘱望される女性アデリア、そしてアデリアの召使であるマンスール。けれども中世にあって女が医師であるなどということは魔術を意味するように捉えられていたため、マンスールを医師にみたて、アデリアはその助手ということにして捜査がはじめられる。
調査官シモンもまたユダヤ人であることや、異国からやってきてなにやらかぎ回っていることもあり、アデリアたちの調査は必ずしも順調にはいかない。女性に対する扱いは現代のそれとは大きく違うことで、アデリアに対する好奇の目や非道な扱いが時代を教えてくれる。
子供たちの検死結果は鋭利なものでなんども突き刺されていたり、石灰質の土地をひきずられたと思われるあとが。磔にされたとされ、修道院で聖なる遺骨として祭られたはじめの子供の遺体をなんとか見ると、やはり同様の所見。磔にされた形跡などもとよりない。修道院は金集めの道具として利用している。無残に殺された子供の遺体で。
やがてシモンが重要な手がかりを発見した直後に溺死体として発見されて事態が大きく動き出す。宿でアデリアたちの面倒を見ることになったギルサとその孫のユルフをもまきこんで。犯人は身近にいるのでは。十字軍に関わるものなのでは。ひた隠しにされる修道院の内実。そして揺れ動くアデリアの恋心。後半は息をもつかせぬ展開でぐいぐいと読者をひっぱってくれる。中世という時代の制限。科学的な、さらに社会制度、社会通念としての制限。それらがいじらしいまでに物語のキーとして生きてくる。
終盤。犯人は判明するが、物語はむしろそこからが本題。アデリアを前にはじめられる裁判ではない裁判こそが物語の本題。最後の最後まで油断なく描かれた物語は圧巻のひとこと。アデリアの人としての、女としての、検死医としての成長を追いつつ、物語の結末を篤とご堪能を。
嬉しいことに、アデリアの活躍はすでに続編がでているとのこと。今から翻訳が楽しみです。
ひとつだけ気になったのは、独白や心のうちの言葉などがフォントを替えて表現されているところ。このフォントの違いがちょっとわかりにくい時があります。系統が似ているので場合によっては気づかずに読んでしまうくらい。
原文がどうであるのかはわかりませんが、このあたりはもう少し工夫があったほうがよかったのではとも。せっかくフォントを替えている意味が半減してしまうので。原文とは異なる表現であったとしても()付きで表現するなりしたほうが明確でよかったかもしれません。
今年のベストに推したい一冊です。
多少の無理があるのは承知で、なかなかよかった。いずれ原作も。根こそぎ拾ってやる、ってことですな。
![]() | 臨場 DVD‐BOX TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D) 2009-11-21 by G-Tools |
![]() | 臨場 (光文社文庫) 光文社 2007-09-06 by G-Tools |
始まりはこのあたりから。かつてのベストセラー。
![]() | 死体は語る (文春文庫) 文藝春秋 2001-10 by G-Tools |
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