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幽霊の2/3


4488168051幽霊の2/3 (創元推理文庫)
駒月雅子
東京創元社 2009-08-30

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 親となった人がプレイヤー一人ひとりにクイズを出していき、間違えると幽霊の 1/3 となり、もう一度間違えると幽霊の 2/3 、さらにもう一度間違えると幽霊の 3/3 となってすなわちゲームから落ちる。そうして最後のひとりになるまで続けたところで、親が入れ替わるというパーティ・ゲームの名前をタイトルにした作品。

 あらすじで読んでも、実際に作中でその場面がきても、はたしてそのどこが面白いのかと思ってしまうゲームで、物語そのものまで大丈夫なのかと不安に思ってしまう出だし。

 そのゲームのさなかにパーティの主役でもある当代の売れっ子作家が死んでしまう。毒物による他殺の可能性が浮かぶものの、招かれた人物の誰もが彼に死なれては困るという人やまったく初対面であったりと、すぐには怪しい人物も見えてこない。

 ところが中盤になって死亡した作家の過去をさぐっていくうちに、にわかに物語が動きだす。事故にあって記憶をなくした彼に作家としての才能を見出して、作り物の過去で彼を作家としてデビューさせていた出版社、エージェント。招待客のひとりでもあった精神科医のベイジルが警察の依頼を受けて調査をするうちに作家の謎だった過去が次第にあきらかになっていく。

 その過程は実に地道ではあるものの、確かな分析にもとづくもので、ベイジルの精神科医という役どころがうまく生かされていて、ちょっとした言動の齟齬を見逃さないところは再読すればなお味わいが増すはず。

 そしてそのあたりから「幽霊の 2/3 」というタイトルの持つ意味に気づかされることになって、作者マクロイの巧みさに思わず頬がゆるむ思いになる。

 作家の過去が次第にあきらかになるにつれ、さらに作家の妻と出版社、エージェントらとの欲望うごめくやりとりが展開され、読者としては次第に物語の全貌が見えてきたと思ってしまうのだが、マクロイはそう簡単に終わらせてはくれない。最後に思いもよらぬびっくり箱を開いてくれる。キーワードはやはり幽霊の 2/3 だ。

 50 年あまり前に出版され邦訳も数年後になされたそうだが、ながらく絶版になっていたものを読者リクエストの第1位ということで新訳としてよみがえったという作品。なるほどその期待に十二分に応えてくれる作品だと読み終えた誰しもが納得できるはず。

 この巧みな構成はただただ自分で読んでみるしかない。迷わずに手にとって損はないはず。

 この冬にもさらに一冊新訳で刊行予定とのことで、楽しみが続きそう。

#当時も「レギンス」という呼び名だったのかはちょっと気になるところ。いやまあ原文が leggings なのかもしれないけれど。


#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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くまびき再び

 さきのくまびき。ふと検索ワードからのアクセスがあったので見てみると、

くまびき - Google 検索

 シイラの異名、って意味があるのか! そんなこととはつゆ知らず。

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くまびき

 いくつかの連載記事とたまに特集をパラパラと見る程度なのに、毎月買っているのでついつい買いつづけてしまう雑誌とか、はじめから見ていたわけでもないのに、たまたま見てしまったテレビドラマをついつい最終回まで見てしまったけれど、はじめのほうを見ていないので話がよくわからないままだったとか、特にどうという気はないのだけれどつい習慣になってしまってということは多い。

 似たようにこのところ習慣になってしまっているのが、ほぼ日。主に読むのはトップの「きょうのダーリン」と連載になる対談記事なのだが、たまに目をひいたものは見たりもする。

 そんな中に「ほぼ日のくまびき」というのが最近あって、なんだかよくわからないが興味もとくにわかないので放っておいた。とはいえ「くまびき」ってなんだ? とは思っていたのだけれど、このごろになってよくよく見ると「くびまき」だったことに気づいた。

 どうやら今風にいえばマフラー、昔風にいえばえりまきのことらしく、製品を作って販売しているらしい。

 しかし、どこをどう間違えたら「くびまき」が「くまびき」に見えたのだろう、と不思議に思うが、まあそういうものだから仕方ない。頭の中では正しく理解しているのに言葉にしたら違うものになっているとかはよくあることだし、ことほどさように人の頭のなかというのは謎に満ちているのだ、ということにしておこう。

 それはともかくとして、くびまきという表現もなんだか不思議だ。いやまあ「えりまき」よりも今の時代にはしっくりくるとは思うけれど、実際首にまくわけだしとは思うけれど、えりまきでもよいのじゃないか? とも思ったりする。

 一方で、襟元に巻くとはいえ実際には首だろうから、そもそものえりまきが不思議だったのかなどとも思う。

 「首」とつく部分を温めてあげると保温性が高まるというのはよく言われることで、ことに首は体と脳とをつなぐための大事な部分なのだからしっかり温めてあげたいところ。寝るときも首が温かいとだいぶ違うのは近年実感しているし。

 この夏は総じていえばやや涼しかったともいえて、日中は無論のこと真夏日や猛暑日もあるという暑さもあったのだけれど、割りと早い時期から朝晩の涼しさは秋のようだった。このまま行くとこの冬はずいぶんと寒くなるのではないか? といった予想もあるけれど、さてどうなることやら。

 昨年よりは安くなっているとはいえ、灯油もこのところじりじりと値上がりしているし、あまり寒くないとよいがなあと思うばかり。冬は冬らしくとも思わないではないけれど、やっぱりあまり寒くない冬のほうがありがたい。雪も少なければなおのこと。

 まだまだと思っていても、あっという間に秋になっていて冬はもうすぐそこまでという季節。一年のなんと早いことか。なんとかしないとね。

 [ ほぼ日刊イトイ新聞 - ほぼ日のくびまき 2009 ]

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ふれちゃなんねえ

 BoBA さんのブログで知った untouchable.tv 。フラッシュゲームになっている。やってみるとはじめは LEVEL 1 の Stage 3 で進めなくなってしまった。BoBA さんの LEVEL 4 Stage 3 とは違いすぎて恥ずかしい。

 翌日あらためて挑戦したらだんだん様子がわかってきて、なんとか最後までクリアできた。LEVEL 4 Stage 3 がクリアできれば終わり。もっとも、最初のときはまったく説明など見ずにやったのでわけもわからずやっていたわけで、わかるわけもないという。ルールがわかればなんとかなると実感。

 触れてはいけない、とはいっても大いに触れなくてはクリアできないってあたりが面白い。来期のドラマはこれを見ることになりそうな気配かな。


 普通に連想したら、

B000YGFPN2アンタッチャブル スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン 2006-05-10

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 SF 的には、

4150115974人間の手がまだ触れない (ハヤカワ文庫SF)
Robert Sheckley
早川書房 2007-01

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 レナードの異色作。「聖☆お兄さん」ではない。本もビデオもないのかあ(DVD にはなってもいない様子)。もったいない。

4150761531タッチ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
Elmore Leonard
早川書房 1998-03

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ちょっといい話

 [ ブックオフオンライン スタッフブログ » どの商品をカートに入れても「在庫不足」? ]

 はじめにこれを読んだときは、「そんなことがあったらユーザーにはなかなか分からないよねえ」と思いつつ、かといってサポートとしてもなかなかそういうことまで思い至らないだろうとも思うので、まあわかってよかったよね、というくらいにしか思っていなかった。プログラムにはそういう予期しなかったことっておこるよね、と。もちろん、だから仕方ないってことではなくて、わかってよかった、という程度に。

 ところがその裏には(などというと怪しいみたいだが、そうではなくて)、こんなことが起きていたというのをようやく知った。

 [ Twitterのおかげで2年間放置されていたバグが発覚した件 | smashmedia ]

 ユーザーのつぶやきをみつけてサポートとして応えてみたことから、なにか変だなと感じ取って、それをサポートや開発と連携して原因の特定とその後のサポートにあたったことがわかった。なるほど、そういうことが起きていたわけですか、と。

 先のスタッフブログだけだとそのあたりがまったく分からないので、単に「ブックオフオンライン」なかなか偉いねえくらいにしか思わないのだけれど(バグをつぶすのは当然なのでそれだけをもってして偉いってわけではないけれど)、そういう経緯があってなのかとわかるとより理解が増す。

 まあ、それをスタッフブログで書くかどうかはなんともいえないけれど、むしろ河野さんのほうだからこそ書けたのかもしれないです。

 Twitter を企業のサポートとして試してみているということだったのですが、誤解を招くこともあって多少落ち込んでいるところもあったそうですが、こういう事例があると、やっぱりやっていて良かったと思えるでしょうね。カイタッチプロジェクトといい、どこでどうユーザーと関われるかは企業しだいというところでもあるでしょうし、それがなんらかの役にたってお互いのためになるかどうかもどう向き合うかによってくるのかも。

 時には疎ましく思われることもあるだろうけれど、間違わない方向で進む限りにはなんらかの成果もまたついてくるってことなのでは。

 なかなかよい話を読ませてもらいました。

#スタッフブログとメールマガジンで伝えるようにして、その後のサポートでも伝えるようにしたのはよいのですが、サイトのトップには特に案内がないのは残念かな? と今、見てきて思ったりも。

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メモ:Ruby Best Practices

 [ ■『Ruby Best Practice』の監訳のお知らせ::思っているよりもずっとずっと人生は短い。 ]

 なんとなく良さそうな匂いがするのでメモ。

 でもオライリーさんだからちょっと値段も良さそうだ。るびまのプレゼントになることを期待したりして。

0596523009Ruby Best Practices
Yukihiro Matsumoto
Oreilly & Associates Inc 2009-06-25

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 関連商品だといわれてしまった。使ってないのですっかり忘れている(そもそも覚えたわけでもないけれど)。

427406767X入門git
でびあんぐる
オーム社 2009-08-12

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ゾティーク幻妖怪異譚


448854102Xゾティーク幻妖怪異譚 (創元推理文庫)
大瀧啓裕
東京創元社 2009-08-30

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 新井素子が作ったのは現代的な話し言葉をそのまま小説にもってきた文体で、ことに若い世代には読みやすく、しっくりして理解しやすいもので、当時としては一種驚きを持って迎えられたものだった。今ではそれがケータイ小説などに進化したとでもいおうか、非常に単純化されたものが多いような印象。

 「金剛石のレンズ」に続く幻想文学「ゾティーク幻妖怪異譚」はそうした現代的なものとは対局に位置するような、詩的で華麗な言葉がつむぎだす魅惑の世界。色鮮やかで絢爛豪華、芳しさまで感じるような匂いたつ描写、一方で闇や死、不浄なものの身の毛もよだつような臭気までも感じさせ、かと思えば妖しくも官能的な描写が悩ましくせまってくる。これほど魅惑的な文章はそうそうお目にかかれるものではないでしょう。

 そうした文章を生かしているひとつは、およそ 100 年あまり前に書かれたということを反映する古式めいた言葉や言いまわし。これを単純に今風の言葉に替えてしまったのでは、ゾティークの世界観が成り立ち得ない。

 それでいて古文を読んでいるような妙な堅苦しさでないのは、古めかしい言葉を使いながらもうまく現代的な表現にまとめている訳者大瀧さんのうまさというところかと。

 ひとつひとつはごく短い物語ではあるけれど、ゾティークという地球最後の大陸という設定が非常に丁寧につくられているために、物語の世界がしっかりしていてそれぞれがどこかしらきちんとつながっている。読み進むうちにその世界観が確固としていって、まさに疑似体験するかのような体験ができる。

 解説の豊富さもまた別格で、短編ひとつ分をゆうに超える分量。けれどもわたしも含めてはじめて著者スミスを知ったという人にとって、それは十分にこの物語を補完するに必要なもので、ゾティークが生まれてきた背景をさらに知り、物語をさらに理解するのを助けてくれる。

 まさに温故知新というような魅惑的な連作短編集で、解説で触れられていたその他の著作についてもいずれ読んでみたいもの。

 もちろん、このような詩的な描写の多い文章は読者を選ぶといわざるをえないだろうけれど、ぜひとも言葉の真の力を感じさせるような物語を多くの人に体験して欲しいもの。

 いくつか気になった誤植かと思われる点。

ルナリアに促され、ファルモルグはおれたちをこの任務につかせたのだ。(P.169)

 ファルモルグ → ファモルグ


祭司に身をやつしたわずかばかりの部下ととともに、(P.380)

 部下ととともに → 部下とともに
 (「と」がひとつ余計?)

4488538029金剛石のレンズ (創元推理文庫)
Fitz‐James O’Brien
東京創元社 2008-12

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やっぱ栃木でしょ

 [ とちぎRuby会議02 - Regional RubyKaigi ]

社長さん、副社長さんに「儲かるRuby」の話を聞きます。

 聞きたい。時代は栃木かな。U字工事といい。

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あたらしいPS3

 [ ついに発売された新型PS3。その新機能を検証 -AV Watch ]

 新しい PS3 がコンパクトになって価格も手ごろなところになってきたなあと思っていたものの仕様をみて驚く。これまであまり気にしていなかったけれど定格の消費電力は 240w あまりもあるとか。それでも減っているという。

 まあ、実測値とか見ると概ね 100w 前後くらいのようだけれど、使い方やゲームの種類とかによっては増減があるってことなんだろうか。いずれにしても PS2 と比べても倍以上あるし、Wii と比べたらとんでもなく電気食いってことに。

 そう思うとやっぱりちょっと考えてしまうなあ。どうしてもというわけではないので(事実このごろはあまり PS2 でゲームをしなくなったし)、どちらかをという選択なら Wii を選んでしまいそう。もちろん、それぞれにターゲットにしているところが違うのでゲームの種類がそもそも違うということは置くとして。

 そうこうしていたら Wii がいよいよ値下げか、という噂もでてきたようで、ますます Wii へと傾く度合いが高まりそうな気配も。

 先日の「がっちりマンデー」でのカプコンを見ていて、「モンスターハンター」ってそういうゲームだったのかといまさらにして知ったのでちょっとやってみたいかなと思っているところ。幸い PS2 用はベスト版で安くなっているようだし。

 ドスってなに?

B000QG5PBCモンスターハンター2(ドス) PlayStation 2 the Best
カプコン 2007-07-19

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 本当に安くなるといいなあ。

B000WN67L6Wii(シロ)(「Wiiリモコンジャケット」同梱)
任天堂 2006-12-02

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メモ:アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風

 最近は SF マガジン方面とかまるっきり目にしないので知らずにいたけれど、続きとなる 3 冊目がでていたのか。ということでメモ。単行本なのでまだ買えないけれど。文庫落ちは 2 年後くらいかなあ。

4152090510アンブロークンアロー―戦闘妖精・雪風
早川書房 2009-07

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るびま27号

 [ Rubyist Magazine - Rubyist Magazine 0027 号 ]

 るびま 27 号がでました。関係者の方々お疲れ様でした。

 今回は五周年記念号。お祝いの言葉とか、五周年に寄せる思いとかいろいろなのはもちろんのこと、Excel との連携や DirectX を使う DXRuby についての記事もあり、なかなか読み応えまんてんです。(手軽に DXRuby するなら ASR187 を入れましょう)

 かずひこさんによる「Rubyist にできること」なども、いろいろとあらためて考えさせてくれるものがあります。しっかり噛みしめておきたいなあと。(ゆずってゆずって言えば、こうして書いていることも少しくらいは意味があるかもしれない)

 久々にインタビューも行われたということで、次回あたりには公開されるかもということで楽しみなところです。(テープ起こしの手伝いに名乗りをあげても、もはや無用の長物かな。そもそもまだ入会してないし)

 世界一のプログラマがいる Ruby 界隈ってのも素敵です。しかもゴルフ場経営者だなんて。

追記:
 グーグルリーダーで遠藤さんのお祝いコメントを読んだら、なんだか妙な感じになっていてよくわからなかったのだけれど、ご本人による解説を見てなるほどと納得。いつ見てもこういう遊び心がうまいなあと感心してます。(なぜ実行して確認しない、と自分に駄目だし)

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楽しくおかたづけできるかも

 [ YOU、IKEAの収納問題かたづけ体操で部屋をすっきりしちゃいなYO! - 煩悩是道場 ]

 河野さんのつぶやき経由で見てきたのだけれど、面白い。これ見て IKEA に買いに行くわけにはいかないのだけれど(近所じゃないから)、かわりにニトリあたりには行ってしまうかも。

 たしかに選考会の模様のほうが面白いけれど、まあそれは仕方ないですよね。ともかくこういうことができるってのがいいなあ。

 で、ようやくブログ形式でサイトとしてまとまった「ブックオフオンライン倉庫探検隊」がひとまずの終わりを迎えてしまうとかコメントで知ってショック。何事にも終わりはあるものですが、ちょっと残念。ブックオフオンラインのトップページからだってリンクされてないようだし、あくまでも裏の稼業なのだろうか。とか。

 ピンク大賞なんてのもあってなかなか楽しいのでここらで一気に見ておくということで。

ブックオフオンライン倉庫探検隊ブログ

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千葉敦子年譜

 [ 千葉敦子年表 - blog.yuco.net ]

 yuco さんが千葉敦子の年表を作られたようだ。wikipedia にもあらためて作成されたらしい。

 きっちりと書かれた資料というのがないのが現状なので、おもには著書に記されたものと本文中の記述などを拾って作成されたのではないかなと思うのだけれど、お疲れ様でした。

 亡くなられた当時の雑誌などの追悼文とか特集とかがもしあれば、あるいはもう少し詳しいこととか分かるのかもしれませんが、ちょっと探してみたけれどまったくなかった。

 著作の一覧についてはこちらを参考にしていただいたそうで、うれしい限りです。

 あの頃もうすこしきちんと資料を集めておけばよかったなと、今更ながらに思うところ。

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ウィルスバスター2010にアップデート

 ウィルスバスターを 2010 にアップデート。

 軽くなったのかどうかはよく分からない。といって遅いと思っていたわけでもないので不満はない。パターンファイルなどの更新時にやや重くなるのは、少なくともこのマシンでは仕方ないことだろうと思っているし。

 バージョンアップ説明ページには「旧バージョンをアンインストールしてから 2010 をインストールしろ」とあるのだけれど、アンインストールしなくてもインストーラーが勝手にアンインストールしてからインストールしてくれる。インストール後の説明文書にもそう書いてある。むしろそのほうがシリアル番号を書き写す手間が不要になるのではないかな、とも思うけれど。もちろん不測の事態を避けるという意味においては、手順を踏むほうがよいのかもしれないけれど。

 マシンによる相性なのか、起動するにも遅すぎて使い物にならない! と怒る人もアマゾンあたりのレビューで見かけることもあるので、絶対にというわけではないけれど、個人的には悪くないと思って長年使い続けている。まあ不安があれば月額サービスなどもあるのでまずはそこから試してみるということでもよいのでは。

#一度書いたのが、なんの因果か消えてしまったので(こういう時のブラウザの挙動はきらいだ)、書き直し。なんだかなあ。

B002MUBC62ウイルスバスター2010 3年版
トレンドマイクロ 2009-09-04

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追記:09/15
 なにやら 2009 をアンインストールせずにアップデートを試みると、おかしくなるという事例があったらしく、サイト上に急遽「アンインストールしてから」という文言がでたという話も見かけた。そのためなのか、このところ検索によるアクセスが多いような。

 これからという人は念のためにアンインストールしてからインストールしたほうがよいかも。

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ジュールさんとの白い一日


4870140519ジュールさんとの白い一日
オルセン 昌子
赤ちゃんとママ社 2009-07-16

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 ある冬の朝、アリスの夫ジュールがソファに座ったまま亡くなっていた。朝のコーヒーをいれたところでソファまでやってきたところで息を引き取ったらしい。よる年波とはいえふいにやってきた夫の死にとまどうアリス。これからどうするべきなのか、なにをするべきなのか。それでいてふと頭に浮かぶのは夫との思い出。

 どうしていいかわからないまま、アパートの 3 階下に住むダビットという青年がいつもより早くやってくることになる。ふとしたきっかけで毎朝 10:00 になるとジュールとチェスをするために彼はやってくる。そしてきっかり 10:30 になるとやめてまた帰っていく。彼は自閉症だった。

 でも夫ジュールは死んでしまっている。どうしたものか。不安に思いつつもダビットを迎えると彼の反応は普段とさほど変わらない。

「ジュールさんは死んでいます」

「これはジュールさんの<外側>だけです」

 彼は淡々と事実を見つめる。

 アリスはジュールに話せずにいたあれこれを、思い描きながら語りかける。その時々にダビットという存在が収まる。降りしきる雪の夜。真っ白な葬送の儀式にも似た三人の時間。アリスとジュールの別れをテーマにした物語が主軸ではあるけれど、実はそれはシチュエーションにすぎず、本質のところはダビットを描きたかったのではないかとも思える。

 いまや人の死も生もなんだか遠いものになっていて、これほど身近な死はあまりないかもしれない。それでも直面したとしたらどうかといえば、確かに驚き動転するだろうけれど、きっとこれは日本ではない異国の物語だからこそのひとつの形なのだろうなと。もちろん物語であるわけではあるけれど、ひとつの葬送の形として理解できる形ではあるなと。

 不安に思いつつもダビットを受け入れることで、結局アリスは心の平安を手に入れることになるし、それによってジュールの死を受け入れることもできていくわけで、単に愛する人の突然の死をテーマにしているというよりは、それはあくまで設定にすぎず、そういう特殊な状況下におくことで自閉症というものについて考えさせているという読み方もできるわけだ。

 事実、解説は小児科医によって書かれている。

 全体としては淡々と時間が過ぎていくだけで、ことさらに重いテーマが描かれるでもなく、いってみれば淡々とまた物語りは終わる。それだけに読後になにかを残させるともいえるのかも。

 時には、こんな時間も、悪くない。


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「東京裁判」を読む


4532167086「東京裁判」を読む
日本経済新聞出版社 2009-08-04

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 恥ずかしながらこれまで東京裁判はもちろん、先の大戦に関してきちんと知ろうということがなかったなというのが正直なところ。著者の井上さんもあとがきで書かれているけれど、学生時代の授業ではちょうどこのあたりにさしかかろうというところで学年末を迎え、まともに授業として扱われた記憶はない。おそらくそれは今も同じなのではないかなと。

 それでいて、テレビや多少の本などで断片的に知ってはいるものの、より具体的に理解しているかというとそうでもなく、なんとなく知った気でいたというのがこれまでのように思う。ゆえに、本書を読んで、これまで一般的に理解されていたこととどこがどう異なるというあたりは正直しっくりしてこない。前後するようになるけれども、一度それらこれまでの出版物を読んでみることも必要だなと、まずは思ったしだい。

 1946 年 5 月 3 日から 1948 年 11 月 12 日まで行われた極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判の記録は、1968 年に出版された裁判速記録が唯一・最大の裁判資料だったという。ただし、限定出版で全 10 巻、1 巻あたり 1 ページ 4 段組約 800 ページだったという非常な大部のため、広く一般に読まれるにはとても及ばなかったそうな。

 国立国会図書館に、朝日新聞社が裁判取材を通じて集めた資料が寄贈されているということなのだが、マイクロフィルム化されていないなど使い勝手が悪く、あまり利用されていないらしい。

 そして「戦争受刑者世話会」が 1954 年に法務省に働きかけ、1956 年から動きだした収集事業によって東京裁判の弁護人が保管していた資料などを集め、法務省の司法法制調査部が外務省、最高裁からも調査収集を行い、1966 年 4 月までに約 500 冊に製本したのだが、公刊されることもなく同省倉庫に保管されたままになった。1999 年、裁判記録が法務省から国立公文書館に移管されたことを期に公開にむけた整理、目録作り、マイクロフィルム化などが行われ、段階を踏んで閲覧などが可能になり、ようやくひととおりの作業が完了したのが 2008 年 6 月のこと。

 本書はこの公文書館によって整理され、これまで日の目を見なかったものも含む資料の一部を、著者三人によっておよそ一年にわたって読み込むことによって見えてきた数々のことをまとめたもの。

 そこで見えてきたひとつは、多くの文書が焼却されていて見つからなかったという内容。終戦時に軍が一切の重要書類を焼却するよう命じた結果で、なんとも情けないことだと嘆いている。

書類焼却という愚行は、かえって検察側証人の一方的証言に対する被告側の抗弁材料を奪うという皮肉な結果を招いてしまう。とくに BC 級戦犯裁判では証拠資料の不在で責任を負うべきかどうか疑わしい人間が数多く処刑されるという悲劇を生んだ。(P.91)

 検察側の立証は、1946 年 6 月 4 日から 1947 年 1 月 24 日までで、提出された文書は約 2580 件、21000 枚。法廷で受理された文書は約 2240 件。不受理文書についても将来証拠として採用するかもしれないとしたものが多く、却下された文書はほとんどないという。

 一方の弁護側の立証は、1947 年 2 月 24 日から 1947 年 9 月 10 日までで、提出された文書は約 2130 件、15000 枚。法廷で受理された文書は約 900 件弱。半数以上が証明力・関連性なしとして却下されたという。

弁護側の文書が証拠能力に乏しい面はあったが、あまりの却下の多さに米国人のカニンガム弁護人がウェッブ裁判長に強く異議を申し立てた。(P.170)

 確かにこれほど大きな戦争という行為で負けた以上、裁かれることも当時としては止むを得なかったのかもしれない。戦犯として訴えられるような行為が行われた事実も全否定はとてもできないわけで。ただ、こうしてそれらの細かな資料からみえてくることは、やはりどうにも勝った側のやや傲慢な論理がまかりとおりすぎていたようなきらいは避けられないのだなというのが率直なところ。

保阪:勝った側が裁かないわけがない。しかも彼らが二十世紀の文明を救ったという歴史的なアリバイを作ろうとした。(略)それと同時に東京裁判は文明のルール、つまり自分たちの行為を規制する枠組みを作った。しかし、その後の国際社会ではベトナム戦争などで勝者の側がそれを破っているんです。そういう天に唾を吐くような行為を指摘し、批判できるのは実は裁判の結果を受け入れた我々日本人なんですね。東京裁判を使って批判できるんです。(P.20)
半藤:ソ連は日本の国境侵犯の例を山ほど出してきて、「おまえたちは中立条約違反をやっているから、俺たちが条約違反やったっておかしくない」という勝手な論理を使っています。ブレークニー弁護人が「正当な理由なく他国を攻撃することを侵略戦争というならば、英米の参戦要請という以外に何の理由もなく日本に宣戦したソ連も侵略国家である」と言いましたが、そのとおりですよ。アメリカ人のブレークニーさんがこれだけ追及しているんですから、日本人がもっと厳しく追及していい。  もう一つ付け加えておくと、ソ連は宣戦布告しましたが、日本はソ連に宣戦布告していません。ですから、一方的にソ連から侵略を受けたんです。(P.219-220)

 勝った側によって裁かれるのは致し方ないとして、文書をことごとく焼却してしまったがために、まともに弁護することすらおぼつかなかったというのはなんとも情けないというか、自ら首を絞めていたとでもいうような状況で、とはいえ恐らく当時の日本人というのはそういう文書に関する観念というものがまだなかったのかもしれないと思うと、つくづく愚かだったのだなと思わざるを得ない。

保阪:今回出てきた中で面白い資料だと思ったのは、中国側が提出した「略奪」「強姦」など三十二項目を列記した「戦犯表」です。(略)ところが、これが却下されているんです。それを裁判に入れたら逆に連合国側もいっぱい引っかかるんですね。あの資料は非常に面白い。

井上:日本は三十二のうち二十七くらい当てはまっているとされています。
保阪:アメリカだってイギリスだって当てはまる。
半藤:「侵略という定義はない」で始まった裁判だけれど、中国にとってみれば侵略の定義はたしかにあるんだよね。
保阪:中国にもはね返ってくることですけれどね。(P.56)

 侵略か自衛かは自己申告で判断される。けれども昨今の社会を見ていても行為を受けた側がどう感じたかを優先する傾向も強い。あまりに些細なことの場合には、そこまで言ったら切りがないと思うこともあるけれど、強者の主張だけで決まるのはどうにもおかしな話。まして国家や民族間の戦争ともなればなおのこと。近年活発になるチベットやウィグルの問題とて例外とはいえないはず。

 海軍が一人も死刑になっていないことや、検事団をレクチャーした日本人グループがあるのではないかという話も勉強会ででてくるのだけれど、先ごろの海軍反省会の番組では復員局や海軍筋が「すべて陸軍のせいであることにしよう」という活発な動きをしていたらしく、そのあたりの情報があったならどんな勉強会になったのかは興味深い。

 アメリカがもっとも重要としていた真珠湾攻撃のだまし討ちは認められなかったのだが、後年になってもいろいろ言われていたけれど、東京裁判でしっかりと否認されていることはあまり知られていないとも。

保阪:ニューヨーク・タイムズにもこの委員会の報告書が報じられました。日本でも来栖三郎の本で昭和十八年ごろに翻訳が出ています。日本も知っていたわけです。一般にも売り出している本だから。

半藤:初めは本当に真珠湾の奇襲、だまし討ちを裁判で立証しようとしていたんです。ただ、やればやるほどアメリカ側の分が悪くなってきて、いつの間にか引っ込めてしまった。(P.134)

 被告のなんにんかは虐殺など全否定しているのだけれど、それは状況を詳しくみていくとある意味恣意的なものが働いていることがわかる。進軍ルートによって状況が異なり、なかったことにしたい派はそちらの関係者に話をきいて「なかった」という。しかし別のルートでは間違いなくそれはあったことで、すなわちあるにはあったがすべてがそうであったわけではないという当たり前のことをきちんと分けて考える必要があるはずなのだけれど、当時もそしていまもまだ判定が引きずられている。その人数についても、正直なところ 30 万人というのは三国志的な数字で、多分に中国的な誇大化傾向が強いというのは否めないのでは。

 弁護側にはアメリカ人の弁護人もいたというのは知らなかった。そしてむしろそのアメリカ人の弁護人のほうが実に核心をつくような指摘をして弁護しているというのが驚きでもあり、逆にいえば日本人弁護人のふがいなさを思ったりもする。

ブレークニーは「戦争における殺人が殺人罪にあたらないのは戦争が合法である事実から発生している。もし真珠湾爆撃が殺人であるとするならば、われわれは広島へ原爆を投下した人間の名を知っている。彼らは殺人を気に病んでいるか。まことに疑わしい」とまで言った。(P.65)(ブレークニーは弁護側の米国人弁護人)
保阪:裁判というのは結局一番悪い部分に焦点を合わせますからね。東京裁判は「日本民族は残虐である」という結論を抽出している。それはある種のレッテルになります。中国人で今でも「日本人は残虐なんでしょう」と平気で言う人がいますからね。そういう誤解が東京裁判の結果としてレッテルになっているのは弁護側の責任でもあります。弁護側が有効な反証をできなかったことに腹が立ちますね。

井上:裁判には提出されなかった資料ですが、公文書館所蔵資料の中に東京大空襲と原爆の被害者の証言がいくつか含まれていました。おそらく「連合国側もこういう戦争犯罪行為をやっているじゃないか」と追及するために用意していたのではないかと思いますが、それまでの裁判所の姿勢から見て多分却下されるだろうということで提出しなかったのでしょう。この証言を少し読んだだけでも、アメリカはひどいことをしたと思いますね。(P.232-233)

フィリピン人判事のハラニーヨは多数派だったにもかかわらず、別個の意見書を出している。 (略)   
原子爆弾の使用は、それによって日本を屈服させ、恐るべき戦争を終わらせたのであるから正当であった。

数多くの無辜の市民が犠牲になった国の判事としての気持ちは分かるが、原爆によって殺されたのも無辜であることに考えは及ばなかったのだろうか。(P.374-375)

 「おまえたちだってやったじゃないか」という論理は通らないというところはあるのだろうけれど、勝てばすべてが正当化されるという論理はどうだろうかというのは、決して間違った視点ではないと思う。ことにそれが裁判という場であるならば、一歩さがった異なる視点で冷静に判断するということは求められるべきことではあったろうなと。


 ところで戦犯の罪が A 級 B 級 C 級になっているけれど、本来的には A 類 B 類 C 類とすべきものだったのだと知って、なるほどと思った。本書でもこれが罪の重さの序列として誤解を招いてしまったと書かれているけれど、本来は分類でしかなかった。今となっては翻訳上のミスということではあるのだけれど、思いのほか後世まで大きな誤解を残すことになってしまったのは残念なこと。

 とはいえ、東京裁判での翻訳事情は大変なもので、法廷では 27 人がそれにあたり、翻訳者、その誤訳をチェックするもの、さらにそれが適切かどうかを判定するアメリカ人という三重構造だったそうだ。文書の翻訳にあっては約 230 人が関わったという。

井上:それから、資料を読んでいて苦労したのは、ほとんどがザラ紙に手書きのもので、旧漢字や今は使わないような言い回しがちりばめられていることです。これは私のような世代の人間が読むには非常にしんどいですね。

半藤:これからの若い人にはまったく読めないでしょうね。出てきてもなんのことだかわからない。国民的資産と言っているけれど、読める人がいなくなれば紙クズ同然です。
井上:危ないですね。八割がたは手書きです。実物を見たら嫌になると思います。(P.30-31)

保阪:裁判の資料が長らく法務省に保管されていたということは知っていましたが、それが国立公文書館に移管されて 2002 年ごろから徐々に公開された。行けば閲覧できるのに、これまでどのメディアも調べなかったのは不勉強といわざるを得ないですね。(略)これだけの資料があるのに組織だってきちんと検証してこなかったということですからね。(P.24)

 資料原本のきちんとした保存、マイクロフィルム化はされているようですが、今後行われるべきは、これらの資料を活字として複製したうえで現代的なかな使いにあらためたものを作り、のちのちまで分析・研究が継続できるようにしておくことでは。

 さらにいえば、先の海軍反省会の資料などともあわせたうえでの分析を全般について行うことも重要かも。その意味ではせっかくテープに記録しながらまたまた埋もれさせていた海軍反省会の記録もきちんと保存・整理されることが望まれるのでは。


 余談として。

井上:蘭印戦に関連して検察側が出してきた証拠の中に驚くべき文書がありました。「大東亜共栄圏における土地処分案」です。まさに世界制覇の計画書ですね。

半藤:これは驚いたねえ。腰が抜けそうになった。(P.138)

 「20 世紀少年」も真っ青な計画書だ。

 当時の軍、捕虜、国民のカロリー摂取量を比較した資料なども面白い。また、嶋田繁太郎巣鴨日記の抜粋など見ていると、昭和 22 年というのに「いいもの食いすぎだろう」、と誰しも素直に思うはず。

 具体的な当時の資料にあたっているだけに、およその知識をもっている人には新しい発見もあると思うが、広く浅くならざるを得ないだけに、あまり知らない人にとってはやや分かり難い面もあるかもしれない。ぜひともこれまでに出版されている「東京裁判」や先の大戦関連の書物を読んだうえで、あらためて本書を読むとより理解が深まるのではないかと。

 いずれにしても、ようやくにして現れた日本として貴重な資料なので、より多くの人の目に触れるようであればと願うばかり。


[ 国立公文書館 ]
 ウェブでは一部の画像を閲覧できるだけで、どうやらデジタルアーカイブとはいっても文書内容そのものまでではなさそうなので、これらを真のデジタルアーカイブとして整備して欲しいところ。

 NHK の海軍反省会の番組の再放送が 7 日深夜(明けて 8 日)の 0:10 から三夜連続であるので、ぜひ。


 あまりにわずかしか収録されていないことからアマゾンの評はよくないなあ。

4569709702[証言録]海軍反省会
戸高 一成
PHP研究所 2009-08-01

by G-Tools

 刊行時に読んでおくべきだったなあ。

4121009428張作霖爆殺―昭和天皇の統帥 (中公新書)
中央公論社 1989-10

by G-Tools


#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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本の町

 [ @nifty:デイリーポータルZ:高遠ブックフェスティバル ~「本の町」はいい感じ!~ ]

 先週の続編。あー、じつにいいです。お祭りなんだけどあんまり肩肘張ってなくて、さりげないけれどちょっと気にして本に関わってみている。日常のなかにふと気づくと本のお祭りが混じっていたという感じ。

 桜の花の季節には観光バスやら乗用車やらが大挙して大渋滞をおこす高遠城址公園のイメージばかりですが、こんなこともしていたのですねえ。いえ、おぼろげに聞いた覚えはあるのですが。

 桜にしても、ほかの季節もまた味わいがあってよいのですよといったことを、桜守りの方が以前話されてましたが、町並みもまたあらたな楽しみ方ができそうです。

 交通の便が悪いのだけは難ですが、むしろそれこそがこの状態を維持できる秘密なのかも。

 来年あたりはぜひ参加して、乙幡杯取りたいですねえ。


 よいこがすんでるよいまちは~

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テケテケな日々(Ruby/Tkメモのまとめ)

 永井さんによる Ruby/Tk の 256 倍シリーズは出ているのだけれど、残念ながら絶版状態で入手は不可。ただ、せめてリファレンスマニュアルがひととおり整備されていれば、一応の下地は揃うので利用のための壁が低くなるのだろうなとは思います。で、先の RubyKaigi2009 の LT では、ドキュメント整備がはじまっているといった話もあったので、そのあたりにも期待したいところ。(ちょうど案内がでましたね)

 実際に今回使ってみて思うのは、手軽に GUI 環境を作るには案外簡単で便利、そしてまずまず必要十分なものが作れるのではないかなということ。

 もちろん昨今の華やかな印象の GUI と比べたら、やや貧相に思うこともあるかもしれないけれど、あるいはそのあたりはテクニックでカバーできるのかもしれないし、手軽な GUI ということで割り切れるのであればなんら問題はないともいえるかも。

 ただ、汎用として提供しようとしたときには問題もあるのだろうなとは思うけれど。Ruby そのものについては exerb とかがあるので実行ファイル化することができるけれど、Ruby/Tk を使うにあたっては Tcl/Tk のインストールが必要なので、そこまでは一緒にしにくいだろうと。別に Active Tcl をインストールしてもらうということもあるけれど、たとえば今回作ったものなどは、さらに ImageMagick のインストールも必要になってきてさらに困難を増すという。

 そうなってくるとウェブアプリケーションというのは、そこにアクセスすれば誰でも使えるという意味で、便利な存在なのだなとちょっと思う。(Ruby/TkORCA がそれになるのかも)

 とはいえ個人的に使うのであったらまったく問題はないので、手軽な GUI プログラムとするにはよいのではないかなと。ドキュメントの不足についてはおいおい充足されていくであろうし、現状でもウェブ上にはそれなりの情報がある。いくつかの書籍についてはいまだに入手可能でもある。最終的にはソースを読むとかもあるけれど、ひとまずは Tcl/Tk の Tk の項を読めば(英語だけど)、どんなオプションなどがあってどう使えばよいかはわかる。

 なにしろ Ruby/Tk は Ruby にそもそも同梱されているのだし、お手軽さは十分。とりあえずの GUI 環境としてはじめてみるのがよいのではないかなと。

 折りよく永井さんが Ruby/Tk の情報サイト(wiki)を公開されたというので、こちらのほうがいろいろ情報がまとまっていてよさそうです(わたしのメモよりも)。

 Ruby/TkORCA と聞いて、NaCl で作られたレセプトシステムの ORCA を連想したのだけれど、まったく違っていた。電子レセプト化は推進の動きがあるものの、なにかと問題も多くてなかなかに険しいところもあるらしい。せっかくの ORCA が標準として導入されたらよいのに、などと素人目には思ってしまう。

#今回はこれでお初にしようかとも思ったのだけれど、まごまごしているうちに時間が過ぎてしまったのでした。

 カンバーック!

4756139930Rubyを256倍使うための本 界道編
アスキー 2001-12

by G-Tools

 抑えておきたい。

4274064611Rubyアプリケーションプログラミング
オーム社 2002-04

by G-Tools

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ロジーとノミー

 [ エコ消費について考える | マーケティングis.jp ]

 エコロジーとエコノミーをうまく対比しているのが面白い。実際購買行動としては大多数がそういう理由だよね。(で、以下は本論であるマーケティングとは離れてしまったつぶやきです)

 本当に孫子の代のためによりよい形で地球環境を残すべきだと考える人たちばかりであれば、金銭的なことうんぬんでなくてよりよいほうへ投資するだろうし、省けるものは省く努力もするでしょう。

 基本的に車は持たず、近くへは歩くか自転車を利用し、遠出をするときには公共の交通機関を利用する。食品もできるだけ地元でとれるものを優先し、輸入品などについても可能な限り近い地域からのものにとどめるとか。まあいろいろ。

 けれど現実には、エコカーといわれる車を購入はしても自家用車を持たない選択をするわけでもない。排出量が以前よりは減るのだから、まあいいじゃないかという妥協点。もっとも、地域や生活状況などで自家用車をもたずには生活できないという人もいて、そういう暮らしをささえる基盤というのは不十分だったりもするわけだ。歩いたり自転車で日常の買い物に行こうとしても山間部であったり、年齢だったり、健康上の問題であったりで、とてもそうはいかない事情をかかえている人は少なくないはず。

 政府のエコポイント制度にしても奇妙な話で、本当にエコを目指すのであれば、たとえば大型テレビなどは禁止にするくらいにしてもよさそうなものなのだけれど、大型薄型テレビほどポイントが高い。液晶テレビなどは以前よりも消費電力が抑えられてきているとはいえ、画面が大きくなればそれに比して消費電力が大きくなるのは避けられないことで、より大型への買い替えが増えている現状は消費電力を拡大しているような面もあるのでは。

 もちろん、これまでブラウン管のやや大きめのサイズを使っていたとかで、画面サイズはさらに大きくなったが消費電力的には同等程度だという例もなくはないだろうけれど、今般のエコポイントの動きはどちらかというと地上デジタルへの完全移行をもくろみとする買い替え助長のための方策という面が大きいような。デジタル放送で画面比が横長になってしまっているために、たいていはこれまで使っていたテレビよりもサイズをいくつか大きくして購入するようになるし、どうせならよりポイントが高いものにと境界あたりで考える人もいるのでは。

 本当にエコというなら、全体として無駄を省くため消費電力の小さなものを対象にするってものなのかと。電気はエコだといえるかといえば、まだそうでもないわけだし。真の意味でグリーンなエネルギーであったとしても、無尽蔵に使っていいという考えは危険だと思う。

 冷蔵庫もまたしかり。中型とでもいうような 300L 前後の製品は昔よりも消費電力が極端に大きくなっていて、大型の 400L を超えるような製品ではぐっと抑えられている。が、大型は 20 万円弱はするものばかり。あとはより小さな 200L 以下の製品はそもそもが小さいので消費電力が小さい。家庭によって必要とする大きさも違うだろうし、使い方による違いもあるだろうけれど、中程度の大きさのこの怠慢はなんなのだろうと思ってしまう。つまりより大きなものを、より高いものを買えということなんだろうか。

 ひとつには家電メーカーに金が落ちるように国がすすめているという見方もできてしまうわけで。

 消費者の大半はエコ優先で考えているわけではなく、実質的に安かったり、安さを感じるような仕組みがあることで購入を考え、政府や企業もエコは見栄えであって、安さを感じなおかつエコな印象をあたえる方策でいかに消費を増やさせようかと腐心している、ってな感じ。

 現代においてはエコを標榜してエコエコ言っているだけで生きていけるような社会ではないのだから、仕方ないとはいえ、見せ掛けのエコで浮かれていても結局よくなるものではないとも思うのだけれど。

 とまあ、これは消費をテーマに考えているわけではなくて、エコをテーマに考えているということになってしまうか。

 理想をいえば、エコでないものほど高く、エコなものほど安く買えるような状況であればより推進されるし、消費もされるのだろうけれど。結局たしかなビジョンや意識がないから中途半端なものにしかなれないというのはあるのかも。

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じょうしゃ

 [ http://www.kt.rim.or.jp/~kbk/zakkicho/09/zakkicho0908c.html#D20090831-2 ]

 あ、なるほど。わたしは「しょうじゃ」で覚えていましたが、「じょうしゃ」というのもなんとなく聞き覚えがあるような。

 で、あらためて見てみると括弧付きで書かれています。新明解。

[ 盛者は、古くは「じょうしゃ」 ]

 変換してみると「じょうしゃ」でも変換しますね。本来は「じょうしゃひっすい」だったのが、だんだん変わってしまったのかもしれませんね。当時の教員の指導でも違いがあったのかも。

 とすると、「じょうしゃひつめつ」と言ったのか、「しょうじゃひつめつ」と言ったのか実際に聞いてみたいなあ、などとも思ってしまったり。もっとも「じょうしゃひつめつ」はないと思うのですけれど。

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