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時限捜査


4488269036時限捜査上 (創元推理文庫)
公手 成幸
東京創元社 2009-07-20

by G-Tools


 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 よくある純粋なミステリと思って読み始めると、中盤にさしかかるあたりで「それはないだろう」と思うことになる。つまり、この作品は普通のよくある警察小説とか探偵小説とかのミステリとは違うもの、どちらかというとエンターテインメントととらえるべきなのかと。あえて言ってしまうと SF とのクロスオーバー。

 そしてさらに進むと、次第にその禁じ手のような設定がこの物語においてはなかなかいい演出になっていることが感じられるようになって、展開そのものが俄然面白くなっていく。

 幼児連続殺人事件が近隣の警察管区で起きており、犯人は「クレイドルラバー(ゆりかご泥棒)」と呼ばれていた。主人公のカイル・ソマーズの地元でもとうとう事件が起きるのだが、なぜかそれは奇妙な印象を残すはじまりとなる。被害少女の姉妹を通じて警察に渡された謎の老人からのメッセージには、実際に起きたのとは微妙に違うながらも類似点を残した事件の顛末が記されていた。

 そしてクレイドルラバー事件とは直接的に関係はないかもしれないと思われる事件・事故においても、あらたなメッセージがソマーズのもとに残されていく。結果、これまでまったく手がかりを得られなかったクレイドルラバーの正体に迫ろうかという証言や証拠が得られていく。

 クレイドルラバー、謎の老人、そしてソマーズの過去。それらが巧みに干渉しながら紡がれていくさまがなかなかに見事。

 かつては第一級の刑事で鬼才と言われていたソマーズだったのだが、自ら運転する自動車事故によって幼い娘を失ってしまい、妻とも離婚。結果酒におぼれる生活となり、ついには亡き娘の幻覚まで見るにいたって休職。ようやく復職をはたしたのがクレイドルラバー事件。しかし幼児ばかりを狙う事件であることもあって、時折苦悩しながらも捜査をつづける。

 中盤から終盤に向けては展開がより緊迫感を深め、結末へと一気に突っ走る。テキストは比較的びっしりと詰まっているにも関わらず読み手を止めさせない面白さは、文章のうまさと、翻訳のうまさのなせる技。

 娘の死を乗り越えて自身の人生を再生することができるのかというのが、物語の影のテーマで、そこにいくつかの親子の関係がまた絡んでくる。親子の再生もまた影のテーマのひとつといっていいのかもしれない。

 物語の展開は言うまでもないけれど、登場人物の描かれ方もなかなかよくできていて、なかでも事故で両足を失ってしまった女性シェリーのキャラクター造形が作品に色を添えている。ソマーズとのかけあいは時に楽しく、時に激しく、時に切ない。

 結末で SF 的な問題でゆれうごくなか、ソマーズが選んだ結果はどうでるのか。ぜひ、読んで確かめて欲しいところ。

 ちなみにこれは SF の要素を盛り込んだミステリ風のエンターテインメントであって、SF でもミステリでもない(一応ミステリとして刊行されてはいるけれど)。だからそれらのアラを探してあれこれ言っても始まらない。素直に物語りの展開を存分に楽しむ。それが正しい読み方なのだと思う。結末部分にはおもわずにやりとさせられるところもあって伏線がきいている。

 「時限捜査」という邦題もまた、いくつかの意味がこめられていて、なかなかに心にくい邦題だ。ただ、このページ数であれば、分冊しなくてもよかったのでは、とは思うけれど。いずれにしても間違いなくおすすめできる作品だと思う。


マックが言う。
「ここが設計されたときに、おれは言ってやったんだがね。これでは、異なる心身能力を持つひとたちには狭すぎるって」
「わたしは異なる心身能力を持つ人間なんかじゃなくて、障害者よ!」氷のようにひややかな声で、鋭くシェリーが言う。「異なる心身能力を持つひとだの、身体的障害をかかえているひとだのといった、うわべだけを取り繕った呼び方は、二度としないで。」(上P.233)

 この会話にはすべての人が考えさせられるべき、大事なことが含まれているような気がする。


他の生命を犠牲にしてでも救う価値のある生命というものが、あるのだろうか?(下P.280)

 ここだけ取り出すと誤解をまねきかねない言葉かもしれないが、読み終えてからもう一度、この一文の持つ意味を考えてみたい。


 さて、いくつか気になったところとしては、

ただ、ふたりそろって、母親のすらりとした体型を--といっても、痩せすぎというほどではない--受け継いでいることは、まだ思春期が終わる年ごろではないにしても、明らかではあった。(上P.9)

 著者はこうした表記が好みらしく、けっこう多用されているのだけれど、翻訳のいくつかで助詞の位置でちょっと悩むところがある。

 上記の例では、「体型を--受け継いでいることは、」となっているけれど、「体型--を受け継いでいることは、」としたほうが、全体の流れが自然になりはしないだろうかとちょっと思った。「といっても、痩せすぎというほどではない」は「すらりとした体型」を補足しているものなので、「すらりとした体型--といっても、痩せすぎというほどではない--を受け継いでいることは、」とするほうが自然に読めるのでは。

 もちろん、そのほうがしっくりくる場合もあるので必ずしも絶対的にではないのだけれど、中には後ろに回したほうがしっくりくるのではと思う部分も少なくなかった。


「あの刑務所から釈放カードには失効日というのはないのよ、カイル」(上P.142)

 これは少しさかのぼってみたりしたのだが、どうにも意味不明な言葉で、よくわからない。アメリカでのなにか比喩的な意味でもあるものなのだろうか。


 SF からミステリへのクロスということでは、こちらもなかなか面白い。

4150107920アシモフのミステリ世界 (ハヤカワ文庫SF)
早川書房 1988-10

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