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臓器農場


4101288062臓器農場 (新潮文庫)
新潮社 1996-07

by G-Tools

 九州のとある総合病院。脳死乳児などからの小児臓器移植手術が盛んで多くの実績をあげ、全国からさまざまな患者がやってくる。多数の移植手術のなかにはきわめて小さな提供臓器も。脳死の赤ん坊からの臓器提供もあるということ。

 新人看護婦として総合病院に勤めることになった規子。小児科病棟に配属され、さまざまな病気と病態を抱えたこどもたちと日々向きあう。代理人ミュンヒハウゼン症候群、ダンディーウォーカー症候群、白血病などなど社会的な問題をはらんだものや、あまり耳慣れないものも含め、多くのこどもたちの姿を随所に織り込む。

 そんな規子がたまたま耳にした無脳症という言葉。特別な者以外は決してはいることができない産婦人科の特別病棟。無脳症児を孕んでいるらしい妊婦の存在。ドナーについて調べはじめた医師の不慮の事故死。病院を取り巻く闇。

 病院でなにが行われているのかについて、おおよそ想像はつくはずだが、その先にあるのはさらに恐ろしい概念か。

 医学の発達で、より健康な日々を送ることができるしあわせはもちろんある。その一方で人の死は見えにくくなっている現実もまたある。なにをもって死とするのかという議論は少々乱暴な気持ちも覚える。

 脳死というものに直面する者、臓器移植以外には残された道がないという患者の側、どちらが正しいということも、どちらが間違いということもいえるわけもない。どちらにもそれぞれの思いがあって、恐らくどちらも正しい。

 可能であるから何をしてもどこまでやってもいいではないか、という医師の傲慢はあるべきではないと思うし、結局はやったもの勝ちということで既成事実を積み上げようとするのはどうなのかとも。やがて時代が追いつくと言いたいのだろうけれど、先端であればあるほど謙虚さも忘れてはいけないのではないかとも思う。

 クローン技術は一応の確立がされているけれど、人へのそれはまだ行われていない(と思う)。「鋼の錬金術師」では禁忌である人体練成を行おうとして失敗し、その戒めをずっと心に抱えたまま元に戻す道を探している。

 アジア諸国では貧しい人々が臓器売買に手を染める。手っ取り早くまとまった金が手に入る。

 ぼやぼやしていたら救えるはずの命も救えない。というのはわかる。とはいえ軽軽に答えをだしてよしとする問題とは違うのではないかという思いは強い。

 この作品は極端な例ではあろうけれど、将来にわたって、いやあるいは現実として起き得ないと考えるには、現実社会があまりに不穏になっているのは間違いのないところではないかな。

 作中、ビタミン A の多量投与と無脳症児との関連についてでてくる。先の「コーヒーの処方箋」にも妊娠中のことで触れられていた。作中での論文などは科学的根拠をもとに発展させたものだろうとは思うが、少なくとも妊娠時のビタミン A 過剰摂取にともなう催奇形性は確かなものらしい。過去に読んでいたのに覚えていなかった。

 600 ページあまりもあるのだが、読む手を止めさせない文章の魅力というか、展開のよさというか、とにかく一気に読ませてしまう不思議な力がある(再読だから多少飛ばし読みしようと思ったのに、結局しっかり読んでしまっていた)。キャラクターの魅力でもあり、ところどころに現れる風景や季節のさりげない描写であったり。この先どうなるのだろうというサスペンスとしての描き方もうまい。

 いやはや、帚木蓬生はやっぱりすごい。

追記:
 引用したいと思った部分を失念していたので。

思うのですが、自炊する哲学者と、召使に身の回りのことをさせる哲学者とでは哲学の内容が違ってくるのではないでしょうか。(P.209)
もともと人体の一部など土くれと同じで、何の価値ももたなかったのに、バイオテクノロジーの発達がそれを根底から揺るがしはじめている。(略)医師は法律にうとく、法律家たちは医療の分野に足を踏み込みかねている。ましてや一般国民は、無知な羊の状態に放置されたままだ。(P.305)
<救命>ばかりを声高く叫び続けていると、往々にして自分の足許の脆弱さを忘れてしまいがちだ。(P.307)
「一方、無脳症児は千人から二千人に一人の割合でできるので、死胎を考慮しても年間四百人くらいはうまく出産にこぎつけることができるはずです。そうすると、これを無駄なく移植に使えば、先天奇形で死の運命にある赤ん坊の八、九割が助かります。(略)これこそ神が賜った贈り物ではないかと思います」(P.324)
自然は、こんな素晴らしい脳と、できそこないの肺を、どうしてひとりの人間のなかにくっつけたのだろう。それとも、できそこないの肺を持っていたからこそ、頭脳が明晰になったのだろうか。(P.540)
「(略)医療っていうのは設備や技術ばかりじゃないのだから」(P.600)

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