問題の問題と回答の怪と
あらためて問題を示します。(実際の画像はこちら)
水を七分目ほど入れたグラスと空のグラスに、八つ折りにしたティッシュの帯を二本掛けます。五、六時間置くと水は半分だけ空のグラスに移ります。次に、グラスを三個、台を使って段違いにして置きます。最上段のグラスにだけ水を入れ、それぞれのグラスにティッシュの帯を二本ずつ渡します。五、六時間すると、さて、今度は水はどうなっているでしょう。A 中段のグラスにほとんど移り、下段は空のまま。
B 中段、下段のグラスに半分ずつ移っている。
C 下段のグラスにほとんど移っている。
出題者の解答は次のとおり。
C「水は、ティッシュの繊維の毛管現象で、まず上まで吸い上げられます。上まで引き上げられると、水は高い方から低い方へ流れます。この原理で、ティッシュが吸収した水を除いたほとんどの水が、次々と下段のグラスに移るというわけです」
「すべての水が一番下のグラスに移る」という結果になるように実験することは可能です。ただ、そのためにはいくつかの条件をきちんと満たすことが必要です。しかしながら、それらのことが明示されていないなかで、各家庭にあるグラスを用意し、適当なもので段差を作って実験することが想定されている今回の状況において、誰がおこなっても「すべての水が一番下のグラスに移る」という結果になることはかなり難しいことです。
#そもそもこの実験には結果を左右する重要な要素の設定が欠けているわけなのですが
そこで、この問題の解答は間違っているのではないか、という問い合わせをしたところ、出題者から帰ってきた回答が次のものでした。
「どうなる?グラスの水」について、ご質問をいただきました。この実験は毛管現象のおもしろさについての実験です。圧力の違いで水が流れるサイフォンの原理と混同しがちですが、この場合はティッシュの繊維をグラスの水が表面張力によってはい上がり、ティッシュの折れたところからは重力で流れ落ちるという仕掛けです。ですから、ティッシュの長さが関係するとすれば、はい上がる高さの方で、2番目、3番目に垂らしたティッシュは長くても短くても構いません。水位とも関係ありません。
私が行った実験では水は3つ目のグラスにほとんど移りました。貴殿の検証ではうまくいかなかったようですが、何が原因か分かりません。もう一度行ってみてください。水の移動が目に見え、ご理解いただけると思います。
問題点1:ティッシュの折れたところからは重力で流れ落ちるという仕掛けです
ティッシュが折れ曲がって隣の空のグラスに落ちていくときも重力ではなく表面張力です。解答のなかでも「上まで引き上げられると、水は高い方から低い方へ流れます」と書かれていますが、同様の間違いです。
問題点2:2番目、3番目に垂らしたティッシュは長くても短くても構いません。水位とも関係ありません。
ということは先の標準モデルとした実験も本来であれば「すべての水が一番下のコップに移動」しなくてはいけないということになります。(このモデルでも、このモデル(の二番目の失敗モデルのほう)でも成功しなくてはいけないらしい)
また水位とも関係ないということなので、上にあるグラスの水位が、隣のグラスに渡したティッシュ先端よりも低く(実際には同じに)なっても、水は移動を続けるということになります。これはあり得ません。
毛管現象は表面張力によって起こります。これは出題者も理解しているようです。これにより水面よりも上に水が吸い上げられるような形になっています。実際は、微細な管壁や繊維にへばりつくことによって吸い上げられているのです。この毛管は上から横に伸びようと、さらに下向きに伸びていようと毛管現象に違いはありません。毛管が存在しさえすれば、進みうる限界まで伸びつづけようとするだけです。その限界は次の計算式で求めることができます。(Wikipedia を参考にしました)
h = 2Tcosθ/ρgr
ティッシュに使われているパルプ繊維の直径は一般的には 0.02mm から 0.04mm 程度とのこと。また接触角θはおおむね 0 度として問題ないと考えられます。先の Wikipedia のページにガラス管と水の組み合わせの諸数値がでているので、それを参考にして計算すると、液面の上昇は約 74cm となります。仮にθをガラス管と同じとしても約 69cm となります。これは重力に逆らって上昇できる限界の高さをしめすものです。
ティッシュの大きさはおおむね 20cm 四方なので、使用されている他の材料の影響を考慮したとしても、はしからはしまで表面張力によって水がいきわたるには十分であることがわかります。
たとえば水撒きなどに使うホースではあまりあがらないでしょうが、ストローであればいくらかあがり、さらに細い管であればさらに水は吸い上げられます。管が細ければ細いほどその高さは高くなります。(実際にはその材質も関係します)
ティッシュの場合、微細な繊維が毛管となって水は吸い上げられます。では、この水がそこから垂れ落ちるかというと、水面との位置関係で異なってきます。
水面よりも上にティッシュの先端があるとき、水が吸い上げられる理由となっている表面張力によって垂れ落ちることを阻まれます。
ちょっと考えれば分かることですが、水が上に吸い上げられていくということは、重力よりも表面張力のほうが勝っているわけです。下向きになったからといって表面張力と重力との力関係が変わることはありませんから、そのままの状態で重力によって水がでてくることはありません。管の終わったところ(繊維が終わったところ)でへばりつく壁がなくなるので、それ以上進まなくなるだけです。
では、水を垂れ落ちさせるためにはどうすればよいかといえば、エネルギーを加えてやることになります。そのためにはティッシュの先端を水面よりも下におく必要があります。これによってその高低差による位置エネルギーにより水は先端から垂れ落ちはじめます。
このため当然ながら水の移動が進み、水位とティッシュの先端との高低差がなくなった時点で水の移動は止まります。
同様に、真中のコップから一番下のコップに水が移るには、真中のコップの水位が一番下のコップへと渡したティッシュの先端よりも高くなる必要があります。それまでは一滴も水の移動はありません。(下図で E が D より高くならない限り「中」から「下」への水の移動はない。)
出題者のいうように、その後も引き続き水が移動するとしたらそれこそサイフォンの原理が働いているわけですが、出題者みずからが「毛細管現象によるものでサイフォンの原理ではない」と書かれているとおりです。すなわちその後、水が移動できる原理は働いていないのです。
にも関わらず、表面張力による毛細管現象で持ち上げられた水が、その水位よりも上にある出口から垂れ落ちるということは、下の水を上にくみ上げることができるということを意味します。
ひとまず、それが可能としましょう。ここで、次のような実験装置を作ってみます。上のコップ(あるいは水槽)からは水路で下のコップ(水槽)に水を流します。これはまさしく重力です。その途中に水車をおきます。水車にはモーターをつないで発電させます。下のコップの水は毛細管(実験ならばティッシュでもよいでしょう)を上のコップにまでもっていき、水が落ちるようにします。これで水の循環ができます。永久機関が完成しました。
出題者はそれができるという意味のことを言われているわけです。
現在、熱力学の法則などによって永久機関は実現できないというのが共通の認識であり、これは避けられません。(そもそもこのような毛細管を利用した永久機関のアイデアは遠い昔からアイデアとしてはあったものの、実現できないことはすでに証明されています)
(4)毛管現象を利用したもの水の中に中空の細い管を突込むと、水は、管の中にひとりでに昇っていく。水とガラスの付着力が大きく効いているこの現象を、毛管現象(あるいは毛細管現象)といっている。ここでは、昇った水の落下を利用して水車をまわそうというのである。
これも空想だけで、実際には不可能である。水が細い管の中を昇っていくのは確かであり、たとえば手拭いなどでは繊維のすきまを通って水が昇る。だから手拭いをつるして、その下部だけを水に浸せば上の方までぬれてくる。
しかし、このようにして毛管現象で昇った水は、たとえ穴があっても落下しないのである。水が、ガラス管や繊維にあくまでへばりついていると思えばいい。絵の、ステッキ状の管の中は水が一ぱいにつまるだろう。しかし先端の穴からは、水はこぼれようとしない。(P.58-59)
「マックスウェルの悪魔」都筑 卓司、講談社ブルーバックス
本当に実験をされたのでしょうか?
もちろん、Cの答えを実現するモデルは存在します(こちらの上にある実現モデル)。それは事実です。問題は「いかなる条件下でもそれが可能かどうか」というところです。
重要なのは、この実験にはいくつもの重要な設定が欠けているにも関わらず、答えが特定されているということです。
すなわち、コップの大きさ、段差の高さ、コップに渡したティッシュの先端の位置、などの条件が異なると結果もまた異なってくるからです。条件次第で A 、B 、C 、いずれの結果を導きだすことも可能ですし、いずれの結果にならないこともまたあります。
C の結果を得ようとするには次の図のような位置関係を用意する必要があります。
コップの水をすべて移動させるのですから、ティッシュの先端はコップの底と同じかやや下にまで達しなくてはなりません。ティッシュはおおむね 20 センチメートル四方ですからコップの深さは 10 センチ程度である必要があります。
また、7分目まで水をいれるのですが、この水が最終的に一番下のコップにすべてはいるためには、段差がこの水位とほぼ同じくなければなりません。なぜなら、一番下のコップに水がたまっていく途中で水が垂れ落ちるティッシュの先端に水面がきてしまい、以後は真中と下のコップとの水面が同じになるところで移動はとまってしまうからです。(実際にはティッシュが吸収している分などがあるので、一番下まで移動した水の量は、はじめのものよりもやや少なくなります)
また水位とティッシュ先端との高低差が次第に小さくなるにつれて、位置エネルギーが小さくなるので、水の移動速度も遅くなっていきます。
これらについてはウェブ上の次のページなどからも推測することができます。
2001年5月号/容器の中から逃げ出す?水! | NGKサイエンスサイト|日本ガイシ
毛細管現象で風呂の水が全部屋根に上がる? - BIGLOBEなんでも相談室
以上のように、この実験クイズにおける答えは、家庭にある適当なグラスや段差になるものを用意して行った結果、答えとして示された C のように必ずなるということは、必ずしも言えません。また、その理由として示されている内容は科学的に間違っています。
結論:
「この問題で、この答えを期待するには、必要な条件が明示されていないため、無理があります」
「答えにいたる説明・考え方が科学的に間違っています」
と、わたしは考えますが、間違っているでしょうか?
追記:6/27
何度も手を加えたにもかかわらず忘れていたことがあるので追加。
それは時間の問題です。何人かのかたが実際に実験された結果を見ても、わたし自身の結果を見ていただいても、いずれも 5、6 時間でというのはなかなか難しかったのが現状でした。
もちろんそれが可能となるモデルは、あるいは存在するのだろうとは想像されますが、なかなか至難の業であるのではないでしょうか。
そもそも平らなところにおいたふたつでの実験でその時間を要し、段差をつけたとはいえ三つに増えたことを思うと、なかなか同じ時間でというのは厳しいものがありそうではありました。
逆にいえば面白い自由研究の課題にもなるかもしれません。最適解を見つけ出して欲しいものです。
あなたの結果を教えてください: つらつらぐさ
標準モデル結果: つらつらぐさ
主催者側の発表: つらつらぐさ
ひとまずきれいな画像をあげなおしておきます: つらつらぐさ
ひとつの結果: つらつらぐさ
分かっているのかなあ: つらつらぐさ
ひとつの結果(2): つらつらぐさ
ひとつの結果(2)の2: つらつらぐさ
意見には個人差があります: つらつらぐさ
Cのための2つのモデル: つらつらぐさ
問題の問題と回答の怪と: つらつらぐさ
LE PETIT PRINCE: つらつらぐさ
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コメント
内容は大変面白いです。が、文字と背景の色の関係で文章が大変読みづらいです。高齢者にご配慮いただけると。。
投稿: tekunosuke | 2015.01.21 05:33
>tekunosuke 様
コメントありがとうございます。
わたし自身も心苦しいところではあるのですが、サービス側で css が定義されているものでユーザーが手を加えることが基本できません。(有料タイプではある程度できます)
他のスタイルで適当なものを見つけることができればよいのですが、このデザインでということでは難しいのが現状です。
検討はしてみたいのですが、デザインとの兼ね合いもあるため必ずしも両立できないかもしれません。
投稿: ムムリク | 2015.01.21 08:56