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渚にて(新版)


4488616038渚にて【新版】 人類最後の日 (創元SF文庫)
佐藤 龍雄
東京創元社 2009-04-28

by G-Tools

 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 無人島になにかひとつだけ(あるいはみっつだけ)持っていくことができるとしたら、なにを持っていくか? といった質問があったりするわけです。食べ物であったり、娯楽のためのものであったり、ひたすら時間をつぶせるためのものであったり、ひとによって様々ではあるけれど、多くの場合に共通するであろう認識は「とりあえず生きていくことだけはできる」というところなのでは。

 ゆえにいつまでともしれない生活を思うと退屈をまぎらわすための物を考えるということも多いかもしれない。

 「渚にて」で描かれた世界は、ある意味ではそんなものにも似ている。とはいえそれはまったく反対の立場としてであって、持ち物は自由になるが残された時間はそう長くないという世界。

 残された時間がそう長くないといえば、末期がんなどの病気で残された時間が長くないという、死期を目前にしている状況とも似ているかもしれないが、大きな違いは自分だけが死ぬのではなく、文字通り世界の終わりが静かにしずかに近づいているということ。

 もしも、そんな状況に追い込まれたらいったいどうするだろう。どうなってしまうだろう。

 第三次大戦が勃発し全面核戦争となり、地球全体に広がりつつある放射線の恐怖におののきながら最後の日を迎えようとする人々の暮らしを淡々と描いたのが「渚にて」。けれど必ずしも悲惨さばかりではなく穏やかにむしろ生き生きと暮らそうとする人々でもある。

 むろん、穏やかなばかりであろうはずもなく、取り乱したり泣き叫んだり、怒りや苦しみをあらわにしたり、町がじわじわとすさんでいく姿もきっちりと描き出されている。

 けれども解説の鏡明さんではないが、読み始めた手はいつのまにかページを繰りつづけ、気がつけば終わりを迎えている。悲惨な物語でありながら物語にはつねに暖かな思いが包み込んでいるようで、やさしさにあふれている。それだけに現実に返ったときにとても重いものを課せられたような思いにもおちいるのかもしれないか。決して暗い気持ちに沈んでしまうということはないものの、人々があまりに毅然としているのがむしろ悲哀を強くさせる。

 かつての翻訳も過去に読んでいるので久しぶりに見比べてみると、あらためて時代を感じる。実に今にあったよい翻訳になっている。読み手を止めない魔法はそんな新訳の妙にもあるのだと重ねて実感。もちろんかつての訳も悪くはなかったが、おそらく今の時代にはやや古臭く感じてしまうのはどうしようもない。その点でこれからも読み継がれていくべき作品として今回の翻訳の意味はとても大きかったであろうし、十分に成功したといっていいのだと思う。

するとオズボーンが笑った。「世界の終わりというわけじゃありません。ただ<人類の終わり>だというだけで。世界はこのまま残っていくでしょう。そこにわれわれがいなくなってもね。人間など抜きにして、この世界は永久につづいていくんです」(P.139)

 悲しいけれどそれが現実で、人類の滅亡こそが究極のエコなのではという考えはあるいは一理あるのかもしれない。


モイラはうなづいた。「(略)、どんな計画を立ててもやる時間がないってことよね。それでもわたしたちは、やれるだけやらなきゃだめなのよ」(P.304)

 今もって核の恐怖は消えていない。むしろ密かに拡大しているといってもよいかもしれない。いまだ核という媚薬にとりこまれている世界。

 読み終えたあとに映画「渚にて」の DVD を見た。多少のエピソードの違いや、設定の違いがあるとはいえ、原作の雰囲気を損なわないよい出来だとあらためて感じる。最後は映画のオリジナルな演出になったが、それも悪くない。

 解説で鏡明さんが書いていた「Walting Matilda」という歌。あらためて調べてみてその歌の意味を知ると、この映画に使った意味がなるほどと伝わってくる。なにもかもがオーストラリア以外では成り立ち得ない作品であるかのようだ。

 なんというタイミングなのか、読み終えたと思ったら、かの国が地下核実験を行ったとの報道。ヒトはどこまで愚かなのだろう。50 年たっても事態はなんら変わらない。むしろ、温暖化やエネルギー問題など新たな火種が増えただけとはなんとも皮肉なこと。

 いつの日であろうと、こんな悲哀が現実のものとなることのないように祈るばかりか。


 以下は正誤情報。

(P.115) すぐまだ出てきて、告げた。

すぐま[た]出てきて、告げた。


(P.149) 「・・・。可笑しいわよね、タワーズさんはあんなに物静かな人なのに。

物静かな人なのに[ 」]
(かぎ括弧(「)が閉じていない)


(P.198) もちろんわたしもここは好きだけど、でもほかの国の景気を見たことがないからね。

「景気」→「景色」?


(P.217) しかも艦長は潜水時間をできるかぎり少なくとしようとしてる。

「少なく[ ]しようとしてる。」?


(P.223) 懸念されることといえば、麻疹が終息してくれるがどうかだけです。

終息してくれる[か]どうかだけです。


(P.262) 「あそこからホッピングも揃えているかもしれません」

あそこ[な]らホッピングも揃えているかもしれません


(P.262) ほかも店も結果は同様だった。

ほか[の]店も結果は同様だった。


(P.316) 」とホームズは訊き返した。片道一時間四十五分ほどで乾ドックまで通えるつもりでおりますが」

訊き返した。[「]片道一時間
(かぎ括弧のはじまりがない)


(P.432) 食べられるほどかどうか、まだなんといえない感じだ。

まだなんと[も]いえない感じだ。?


 もしもいま映画を作ったら安っぽい CG ばかりに頼ったありきたりなものになってしまうのだろうが、そんなものがないだけに迫力のある映像。

B000IU38WO渚にて [DVD]
グレゴリー・ペック, エバ・ガードナー, スタンリー・クレイマー
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン 2006-11-24

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 とはいえ原作のような精緻な筆致は望むべくもないので、原作は必読でしょう。


 そういえば聞き覚えがあるなあという程度の認識だったオーストラリアの愛唱歌「 Waltzing Matilda 」。自転車で放浪していた自分と重ね合わせてみたりもして。

 [ ウォルシングマチルダ オーストラリア第2の国歌 歌詞・日本語訳と試聴 ]


 あわせて読むならやはりこれ。

4751519719風が吹くとき
Raymond Briggs さくま ゆみこ
あすなろ書房 1998-09

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 ジムとヒルダの人生。うーむ、絶版かあ。

4784104593ジェントルマンジム
小林 忠夫
篠崎書林 1987-06

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