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エディタのはなし

 しばらく雨に TSNET でエディタの話がでていた。

 エディタの未来は OS との融合というか統合環境かなあ、といったことを藤岡さんが書かれていた。そういう意味でいうと、かつての DISK-BASIC というのはその走りだったのかもしれないとも思う。

 PC-8801 の頃。DISK-BASIC が OS であり、実行環境であり、エディタでもあり、デスクトップでもあった。BASIC のソースプログラムをロードしてしまえばその画面でそのまま編集ができた。画面が常にフルスクリーンのエディタでもあって、デスクトップでもある。カーソルを自在に動かしてリターンすれば、その行に応じてそれぞれの処理がそのままなされた。

 それはそれで便利でもあり、今となっては不便でもあるとよくわかる。今思えばなんとも不思議な世界だった。

 その後使ったのは Vz エディタ。MS-DOS 時代は重宝した。ウィンドウが分割されての比較や編集。ファイラーとしても便利であったし、一番よく使ったソフトと言えるかもしれない。もっとも使ったのはほとんど原稿書き、多少のプログラムといったところ。

 このころに一時的に併用することになったのが WordMaster 。CP/M80 を使う必要があったのでそこで使った。このプログラムを P2P で MS-DOS に転送して再び CP/M に移すなんて面倒なことをしていたのはそれがワープロ専用機の文豪ミニだったからというのもあったわけだけれど。(ほかを知らなかったとか、環境がなかったとかもかな)

 そして Windows 3.1 時代から秀丸エディタを使いはじめ、現在もそのまま。TSNET のみなさんはあれこれエディタを使い分けたり、試したりされているようだけれど、正直あまりあれこれに使うわけでもないのでわたしの場合は他を使いたいということがない。純粋にこうしたテキストを書くか、Ruby のスクリプトを書くか、もろもろのファイルのとりあえずのビューワーとして使うくらいなのであまり不満がない。

 とはいえ今となってはワープロはなくてもエディタがないというのはちょっと考えられないかもしれないかなあ。

 emacs とか Mule とか vi とかも多少は使ってみたことがあるのだけれど、どうにも不慣れで、おそらくはそんなこともあってなかなか PC-UNIX 環境への完全移行に踏み切れないってのもあるのかもしれないか。その割りに OS としてだけはあれこれ試してみているってのはいったいなんなのだろうなあ。

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