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町長選挙


4167711036町長選挙 (文春文庫)
奥田 英朗
文藝春秋 2009-03-10

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 精神科医伊良部のシリーズ3作目。相変わらずの変人ぶりだけれど、どうしてもテレビドラマの影響でこの太った脂ぎった医師の姿が阿部寛のイメージになってしまって困る。文章と脳内イメージのギャップが激しい。でも体型を除くといいイメージなんだよね。

 前半2作はパロディなのだけれど、キャラクターもその舞台背景などもほとんどそっくりそのままなので個人的にはちょっと好みではない。そこまでやってしまうと小説家としての創造する楽しみってもはやないじゃないかと思ってしまうので。いやまあ、そこはきちんと小説としてまとめているわけではあるけれど、それまでがそうしたパロディがなかった(と思う)ので、違和感は否めないわけで。

 女優の話は特定の誰というわけでもないのだろうけれど、複数のモデルをついつい想像してしまうのがまだよいかな。ありがちな話だけに無難にまとまっていたところ。

 最後の表題作「町長選挙」はもはや一番楽しんで書いたのだろうなという。お遊びがだんだんエスカレートしていくので、読者によっては嫌悪を覚えるかもしれないけれど、わたしは「あー、じれったいやつよ」などと思いつつもうまい具合に大団円にもっていったという意味でやはり表題作にたがわぬ出来になったのではないかなと。

 それにしてもかつて「モノマガジン」での連載を楽しみにしていたころに、現在の小説家の姿など想像もしなかっただけに、うれしい出会いというものかなと次回作を楽しみに待っているのであった。

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聖☆おにいさん3


406372784X聖☆おにいさん 3 (3) (モーニングKC)
中村 光
講談社 2009-03-23

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 どこまでもつものかと思ったけれど、案外いい感じに続いている。

 なかなかにクスリと笑わせてくれる。ま、好みは分かれるだろうけれど、わたしは結構好き。

 このところマンガを読む機会は減っているのだけれど、続きが楽しみな一作。

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B-CASもデジタルもね

 [ B-CAS見直しがようやく具体化、その内容を探る:ITpro ]

 早いところおかしな B-CAS カードはなくして欲しい。有料のサービスならばわかるけれど通常の民放のテレビを見るにはまったく不要なもののはずだと思うのだけれど。NHK であれば受信料を支払っているかどうかとチェックするというのであれば、まだしもわからなくもないけれど。

 とはいえ、なんだか残る道も検討のうちにはいっているようで、なんだかなあな印象も。

 実際、本当になくてはならないものなのだろうかと思うのですが。ただただB-CAS に儲けさせているだけのような気がしたり。国のお偉いさんとの裏のつながりが実はあるのでしょうかねえ。

 このあたりがはっきりしないとあまり購入する気になれなかったりする。まあ、そもそもがアナログで困るわけでもないし、電波の有効利用というけれど、テレビで使っている電波ってそんなに大きい割合なのだろうか。この程度の周波数を整備しなおしたからといって微々たるもので大勢に影響はないのではなかろうかと思うのは素人の浅はかさでしょうか。

 なにか本筋を見誤っている政策のように思うのはわたしだけではないと思ったり。

 結局、始めた以上は絶対にやめるわけにはいかない、という公共工事の悪弊にも似て。

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怪奇日食

 フジテレビ「熱血!平成教育学院」、先ほど 4 月 26 日放送の「2009 年最新入試問題」の日食の問題は間違っていると思うよ。

 問題は、今年 7 月にある皆既日食に関するもので、「奄美大島で皆既日食が始まる頃、東京で太陽はどのように見えるか選びなさい」というもの。

Sc2009042601

 答えは、「エ」というのだが、皆既食の始めの 10 時 55 分ころ、東京ではどう見えるかというものなのだが、正しくは「イ」と「エ」の中間くらいというべきでは。

Sc2009042602

 日食の始まりのころは「エ」ではあるが、最大食分となる時間にむけて欠けている部分は下半分を右から左に移るように欠け方が変化していく。どちらかというと「イ」のほうが近いともいえるかもしれない。

 国立天文台のページや、アストロアーツのページを見ても同様の図面が掲載されている。(下は国立天文台の図面)

Sc2009042603

 「エ」を正答とするならば、日食が始まってほどないくらいの時間( 10 時前くらい)の状態を問うようにしなくてはならないのでは。(ステラナビゲータで確認してみた)

 まあ、どこぞの学校の入試問題というのできちんとした確認・検証はせずに採用したのでしょうが、杜撰というものではないでしょうかね。

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PC-BSD7.1にしてみる

 PC-BSD を 7.0.1 から 7.1 にアップデートしてみた。うーむ、よくなっているのか悪くなっているのか。

 日本語設定のままで plasma workspace がクラッシュするのは相変わらずだけれど、どうやら現象そのものは把握しているようなのでなかなか対応できていないというところなのかもしれない。

 OpenOffice.org だってなぜか日本語だけが選択できないし。メニューも英語のまま。日本語文書の表示はできるだろうけれど(まだ試していないけれど以前はそうだったので)、入力はできないので、まだまだ不便は続く。

 一番妙なのはデバイスの認識。

 USB 接続のカードリーダーを指してもうまく認識しない。一度システムをクリーン再インストールした時に、たまたまうまくいって USB のストレージデバイスであると認識しアイコンまで表示されたのだが、その後はそれもなくなった。

 標準で拡張デバイスとしてのボリュームなのだろうか EXT3 というのが認識され、それを介して手動でマウントすることはできるのだけれど、どうしてもコンソールでの作業が必要になる。

 ついで、CD-ROM ドライブも妙。ディスクをいれても認識しない時もあるし、認識しても不明なアイコンが表示されたり、時にはハードディスクアイコンがついたり。よってイジェクトの選択肢がでない。(まあ、イジェクトはなくても困らないわけではあるけれど、認識が異なるってのはどうなの)

 すでに 7.1 以降のアップデートパッチが複数提供されていて、その中に mount_ntfs もある。ということはひょっとすると mount_cd9660 とか、mount_msdosfs とかもなにか不具合があるんだろうか? とも思ってしまうのだけれど。

 記録のために画面のキャプチャを取っても、それを Windows 側にもってくると画像がおかしくなっていて表示できなかったりもして、なかなか大変。

 先に行われた gihyo.jp での「 FreeBSD 勉強会第0回」(名称は変わるかもしれないようですが)でも、サーバー利用が多い FreeBSD をクライアント利用を増やすということも考えたいような発言もあったようですが、そのために一番ありがたいのがやはり PC-BSD などかと。でも、今の状況ではとても薦めることは難しい。

 Windows 並にごく普通の家庭で FreeBSD 系が使われるにはまだまだ時間が必要な様子かな。

#ちなみに 7.1 発表早々に yamajun さんが日本語入力 PBI を発表してくださったので、日本語入力そのものはすぐさま快適に行える。ありがとうございます。

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ポイント天国

 店ごとに異なる制度でカードも大量に持つようになってしまって迷惑なこともあるポイント。頻繁に利用している店のポイントであれば、それなりに利用価値もあるのだけれど、とうとう国家までがポイント制度ってどうですか?

 エコポイントって永久に続きますか? いやまあ永久ってことはどんなものにしてもまずないであろうけれど、いつまで続きますか? ポイントカードは作るんですか? ここでもお役所仕事で申請主義。使い勝手にしても不便なものをなぜ作るんですか。

 つまりあれですか。お役人の仕事を減らさないためですか。そうですか。

 日本人はポイント好きなんだから喜ばれるはずだ。なるほど。そうですか。

 よほど店舗で割引にしてもらって、店舗側が実売数を報告して補助を受けたらどうですか。どうせやるというのであれば。

 というかもっと他のことをまじめに考える人はいないのでしょうか。

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バラードへのレクイエム

 文庫あとがきに「現在闘病中」と書かれていたのだが、J・G・バラードが亡くなってしまったらしい。4月19日78歳。ビーケーワンで知るというのもなんともはや。

 インナー・スペースへと旅立ったかな。

 バラード作品はいくつかあるけれど、本来なら「ヴァーミリオン・サンズ」あたりは代表的な一作にあげたいところだが、残念ながらまとまった形では入手不可のまま。

4150106916ヴァーミリオン・サンズ (ハヤカワ文庫SF)
浅倉 久志
早川書房 1986-11

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 短編集に収められたものをぽつぽつと読むというところか。なかでもお薦めは、「時の声」

4488629059時の声 (創元SF文庫)
吉田 誠一
東京創元社 2000

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 長編として注目したいのは「世界」の作品群。

4488629016沈んだ世界 (創元SF文庫)
峰岸 久
東京創元社 1968-02

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4488629024結晶世界 (創元SF文庫)
中村 保男
東京創元社 2000

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4488629032燃える世界 (創元SF文庫)
中村 保男
東京創元社 1970-08

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4488629040狂風世界 (創元SF文庫)
宇野 利泰
東京創元社 2000

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 高層ビルが舞台の異色作。(でも入手は困難)

B000J8ANFKハイーライズ (1980年) (ハヤカワ文庫―SF)
村上 博基
早川書房 1980-02

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 こんなコミカルな風刺のきいた作品も懐かしい。

B000J7MP5C22世紀のコロンブス (1982年) (World SF)
南山 宏
集英社 1982-07

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 ご冥福を祈ります。

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楽園への疾走


448862913X楽園への疾走 (創元SF文庫)
J.G. Ballard 増田 まもる
東京創元社 2009-03-31

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 核実験の阻止とアホウドリを絶滅から救えと訴えて、サン・エスプリ島にやってくるドクター・バーバラとその一行。ふとしたことから活動に参加せざるを得なくなり、活動中に足を銃で打たれ、いちやく時の人としても話題になり、いつしかドクター・バーバラに惹かれていく少年ニールとを主軸に展開する「楽園」物語。

 世界から注目され、あらゆる支援物資が届けられ、なんだかよくわからないヒッピーや環境活動家を自認する幾多の人々がやってくる。

 いつのまにか小さな社会となってしまった島ではあるが、次第に様子は変わっていく。ユートピアがやがてディストピアへと変貌していく過程は、背筋に冷たいものが走るうそ寒い感じ。

 いつの世でも、集団は形成されたとたんにある種の強い力にひかれてどこかへ突き進む。その疾走の行き着く先は楽園なのか、それとも。

 連合赤軍しかり、オウム真理教しかり、ヒトラーしかり。社会にしろ宗教にしろ集団がいつも正しい方向に進むだけとは限らない。ひとたび狂気の先に突き進んでしまった場合、なにが待ち受けているのか、そんなひとつの姿がサン・エスプリ島にあるのかもしれない。

 現代にかえって思えば、果たして盛んに喧伝されている「エコ」ブームはどうなのか。グリーン革命はどうなのか。その先に待っているのは本当に楽園だと信じるに足るものなのだろうか。否、本当に考えるべきは「楽園と信じるに足るかどうか」ではなく、「楽園へと導き続けるものなのかどうか」、なのかもしれない。

 バラードが見せてくれる歪んだ社会が、ただの物語にすぎないと言い切ることが、はたして出来るものだろうか。

 誰の中にもあるであろう邪なものをしっかりと見つめさせてくれる意味でも、避けて通ってはいけない稀有な作品なのではないかな、と。

 あわせて読みたい。

4532314410グリーン革命(上)
伏見 威蕃
日本経済新聞出版社 2009-03-20

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追記:(4/22)
 4/19、78 歳でバラード逝去。こんなタイミングで読むことになろうとは。


#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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夢が夢でなくなるとき

 [ TBS「夢の扉~NEXT DOOR~」 ]

 がん治療に粒子線照射を利用しているという話。そりゃ加速器を設置するのだろうから相当の設備費がかかるだろうと思ったら、当初は 200 億円かかったのだとか。現在ではなんとか 100 億円にまで下げることができるようになったそうな。

 粒子線の照射によってがん細胞が生存できない状態にするということで、切除することもなくきれいなままで治療を終えることができるということも大きなメリットらしい。

 ただ、正確にがん細胞に照射するための準備や実際の照射にはかなり厳しい面もあるようで、目下の課題は乳がんにどう応用するかだそうな。乳房のような柔らかな動きをしてしまうものをいかに固定するのかと。現状では特殊な樹脂を体にあてて固定するための冶具を作り、それをあてて固定するらしいが、乳房の場合にはそれだけでは不十分ではないかということらしい。

 あくまでも想像の域でしかないものの、逆転の発想で、仰向けではなくうつ伏せの状態で固定するというのはどうなのかなと思った。そのほうが重力をも利用できてより固定がしやすいのではなかろうかと。

 まあ、反面下から照射できるような装置の改良が必要になったりと、必ずしも簡単ではないとは思うけれど。

 いずれにせよ、設備費と治療費をいかに低減するかというのがなによりも火急のテーマなのだろうなとは思うけれど、人の道にはずれない医療の進歩は素直に期待したいところだなあ。

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新番組三題

 土曜日夜はちょっと興味をひいた新番組があったので立て続けに見てみた。「陽炎の辻3」はこれまでを踏まえて普通に安定しているのでよし。

追跡!AtoZ」NHK
 NHKスペシャルが分裂するとか言っていたのはこのことらしい。テーマはよいのだけれど番組作りはおせじにも褒められない(もちろんわたしの印象として)。

 まずもって地下組織みたいなスタジオの作り。なにゆえそんな暗いイメージでなくてはならないのか。社会の暗部を探り出すとでもいうのかな。それにしても妙。

 ゆらゆらと動き回るカメラ。いい加減やめて欲しい。リアルな今を演出したいのかどうかは知らないが、落ち着かないだけ。収録による編集のはずなのにやたらとフレームに人の頭が切れて入ってしまったりしてみっともない。

 稚拙なパネル。予算がないのか、それとも手作り感を出したいのかしらないが、切り張りした紙をセロテープではりつけましたみたいなつくりになっているのはどうもみっともない。予算が本当にないならいっそホワイトボードにでもきちんと書いてもらったほうがよい(さだまさしの夜中にやっているアレみたいにね)。どうせ作るなら普通に作ってもらったほうがよほど印象もよい。民放でも多用されすぎている、いちいち紙で隠したりというのはやめるべきだ。それこそ「明日のエコでは間に合わない」ってものでしょう。

 旧来の「NHKスペシャル」での同様の番組の手法のほうがはるかによかったと思うのはわたしだけではないと思うけれどなあ。今後も見続ける気にはちょっとなれない。

ザ・クイズショウ」日本テレビ
 面白い発想ではある。ただ、テレビ局が正義なのだ! というなんだか「真相報道バンキシャ」の事件をどう思っているの? という感じは否めないかも。

 フジの「世にも奇妙な物語」のような単発の作品としてなら面白いとは思うけれど、今後も同じシチュエーションで展開するとなるとちょっと無理がある。司会者の過去についても謎めかしてはいるけれど、すっかりネタが割れてしまった気がするのだけれど、それは甘いだろうか。

 普通のテレビ局的な設定だけに無理があるのがちょっと不安なところ。とはいえもう少し見るかもしれない。

ワンダーワンダー」NHK
 こちらも分割された「NHKスペシャル」の一派らしい。が、こちらはNHKらしいといってはいけないが、まとまった作りでじっくり見られる。

 とはいえ、初回の結晶洞窟のインパクトが強すぎて、次回のテーマがなんともさみしい感じは否めない。広い意味でそれも驚きだろうけれど、なんだかテーマを広げすぎるとつまらなくなりそうな予感もする。「サイエンスゼロ」とか「地球ドラマチック」とかとも競合するような気がしないでもないけれど、テーマ次第では面白くなりそうな予感はある。

 結晶世界といったらバラードしかないでしょう。

4488629024結晶世界 (創元SF文庫)
中村 保男
東京創元社 2000

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だって「たにんごと」だから

 新聞や NHK ですら使うようになったのでもはやこれが普通の用法になってしまう様子。

 だから、「人伝(ひとづて)に聞いた」も「他人伝(たにんづて)に聞いた」になって、「人(ひと)聞きが悪い」も「他人(たにん)聞きが悪い」になり、「人使いが荒い」も「他人(たにん)使いが荒い」とかになっていくといいと思うよ。

 いやまあ、そういうのとはちょっと違うのはわかっているけれど。

 きっと新しい辞典では「昔は【他人事=ひとごと】と読んだが、今では誤りである」などといった表記がされるのかもしれないなあ。

 誰にとってもわが身のことではない、まさにヒトゴトなのでまったく問題ないのだろうけれど。

ひと事

直接自分には関係の無い事。(表記)伝統的な表記は「{他人}事」。最近はこれをタニンゴトと文字読みする向きも多く、「人事」という別表記も見られる。
新明解国語辞典第4版


 しかし、「人事」と書いたら「ひとごと」なのか「じんじ」なのかわかりゃしない。もちろん文脈ってやつはあるわけですが。

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焼きたてパンの吸引力

 [ 家電-家電製品長期レビュー-パナソニック「ホームベーカリー SD-BM102」-パナソニック「ホームベーカリー SDーBM102」(2/4) ]

 一年あまり前だったろうか、ふいにホームベーカリーっていいなあと思ってしまい、物色していたことがあった。焼きたてのパンのおいしさはなんともいえない。

 とはいえ、やはり炊飯器よりは高いし(5,6千円では買えないという意味で)、簡単とはいえそろえる材料も多い。ご飯のように米と水だけでよいというわけにはいかない。

 とりあえずは必要なときに買ってくるのが一番てっとり早いわけだけれど、いずれは手軽に焼けたらいいなあという気持ちはずっと持っていた。そこにこの長期レビュー。これまでもメーカーのサイトで簡単に作り方とかみることはできたわけだけれど、こうして丁寧に説明されるとよくわかる。そうそうそこが知りたかったのだ、というあたりまで写真を添えて見せてくれるのがうれしい。

 確かに形に関してはどうしようもないわけで、必ずあの四角い形になってしまうので、フランスパンといわれても見た目で損をするわけだけれど、味わいという点では遜色なさそうだ。そういう新しいものなのだと思えばよいのかもしれない。

 気になっているメロンパンについては次回その姿が明らかになるようで楽しみなのだが、まさかあの半球形に焼けるわけもなく、はたまたあのガワが別につくというわけでもないだろうとは想像するのだけれど、さて実際はどうなるのだろう。

 初期投資と毎回の材料費を思うと、買うのと焼くのとどうなのかと思わないではないものの、来月あたりからようやく小麦粉の価格が下がる見通しもでてきたわけなので、またまた欲しいなあという思いが強くなるのかもしれない。

 ひとまずはレビューを読んで勉強だ。というか満足しておこう。

 手作りの焼きたてパンと、淹れたてのコーヒーなんてよいではないですか。

B001QS67IEPanasonic 自動ホームベーカリー ベールグレー SD-BM102-H
パナソニック 2009-02-01

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 以前もそうだが、これなら手が出しやすいかなと思った。

B000LZH8Z4ZOJIRUSHI 自動ホームベーカリーパンくらぶ BB-HB10-CA ベージュ
象印 2007-01-21

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チョロQがWiiに移籍していたなんて

B000W03Y10チョロQ Wii
タカラトミー 2008-02-28

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 うかつにも PS2 や PS3 関係ばかりチェックしていたので、まったく知らずにいた。一年以上も前にでているじゃないか。

 レースだけでチョロQタウンがないから今ひとつおもしろくないという声がアマゾンにはあるようだけれど、PS のときも PS2 のときも最初はそうだった。だから今後続けてでるようであれば、チョロQタウンでの RPG 要素も含んだゲームになるのでは。

 基本は大きく変わっているわけではないようだけれど、新しいチョロQゲームが久々にでたというのはちょっとうれしい。

 もっとも Wii なので、まずは本体から用意しなくてはってあたりが辛いところだなあ。

チョロQ Wii|タカラトミーゲーム情報局

B000WN67L6Wii(「Wiiリモコンジャケット」同梱)
任天堂 2006-12-02

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万物を駆動する四つの法則


4152090073万物を駆動する四つの法則―科学の基本、熱力学を究める
Peter Atkins 斉藤 隆央
早川書房 2009-02

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 熱力学の4つの法則をコンパクトに解説する。けれども、ポピュラー・サイエンスや一般向けの入門書という姿勢で臨むと玉砕すること間違いない。とはいえ指向としてはそちらを向いているのもまた確かなことなのだけれど。

 第0法則の温度の本質あたりはまずまずよい。身近な摂氏や、わたしたちにはあまり身近ではないけれど知られている華氏などの意味。また絶対温度も持ち出して、それらで見るよりも温度の逆数βで見るほうがよりよくすっきりと表現できるのだと説明する。

 温度が低い時のエネルギー準位の占有数はより低い位置に集中的に現れるけれど、温度が高くなるとその分布としては高いものよりも低いもののほうが多いものの、その差は次第に少なくなって全体的に分布するようになる。温度が低く分布が集中してしまう状態のβは大きく、温度が高く分布が分散している状態のβは小さいことを意味する。逆数という名の通り、現在使われている温度単位の考え方とは反対で、温度があがるほど(ベータであらわす)数値は小さくなり、温度が下がるほど(βであらわす)数値は大きくなる。

 まだ理解が十分でないのでうまく説明できないけれど、読みつつ整理していくとなるほどと頷けるはずだ。

 第1法則の「熱とはプロセスだ」あたりもまずまず。

 問題は第2法則のエントロピーあたりからだ。

 「エントロピーとは何か」(堀 淳一、講談社ブルーバックス)なども読んでいたので、なんのことはないと思っていたのだけれど打ちのめされた。分かるのだが、わからないといった感じ。

 もっとも、それで悲観する必要はないのだと思う。本書にもこう書かれている。

第2法則は、深遠であるうえに、難解なものとしてよく知られ、科学の素養を測るリトマス試験紙と言われている。(P.67)

 さらにはこの理解の難しさを高めているのは、ありふれたポピュラー・サイエンスの類書とは異なるという特徴によっているのかと。訳者のあとがきでも触れられているけれど、

本書は気軽に読めるポピュラー・サイエンスではない。読者に大いに思考を求めるのだ。(中略)、本書では、熱力学の本質を考察するうえで、論理と数式が駆使される。(中略)だが、よく読むと、ところどころわざと一部の導出過程を省いて記述している箇所があり、これが気になったら自分であいだを埋めていかなければならない。(P.167)

 実際、なんの迷いもなく専門用語がすらすらと並べられたりしてとまどうことも少なくない。あとになって解説されるものもあるが、ないものもある。解説も基本は文章によっているので、少ない図示と見比べながら、自分の頭のなかで考えて補っていかなくては、なかなかいわんとするところを理解することは難しい。

 そのため、何度もページを戻って読み直しつつ進めていくという感じで、ページ数の割りに読了までは時間を要する。けれども、それこそが著者アトキンスの目論見通りということなのかもしれない。

 第2法則については、さまざまな表現の仕方ができるようで、順を追って説明されていくのだが、「熱源から取り出された熱が、すべて仕事に変換されるような循環過程はあり得ない」などはわかりやすいか。先日も日本人のだれかが永久機関を発明したということで大々的な発表を行い、新聞でもまことしやかにとりあげたというのをやじうまWatch で見たけれど、それはとうてい無理なこと。

 たとえば冷蔵庫。庫内の物から熱を奪い、庫外の温度の高い環境に熱を捨てるには仕事をしなければならない。つまり電源につないで動かすということが必要なのだと説明する。電源により動かすことなく自発的に温度が高いほうへ熱が移動することはありえない。

 エアコンもしかりで、そうしたあたりまでの日常の例示はまあまあ理解もたやすい。けれど、その先に進んでいくとどうにもすっとは理解が進まない。このあたりがもどかしい。

 発展したところでは、人体の生命活動もまたエントロピーに切り離せないというあたり。食物から栄養を吸収し、物質を合成している過程はエントロピーを下げる非自発的な活動で、つまり系全体としたら無理のある活動とでもいうもの。ゆえに死亡するとそれらがなくなって自発的な活動として腐敗・分解などが起こり、エントロピーは増大する。

 熱力学についてコンパクトでありながら全体にわたって(多分)必要十分に解説されているという点で、非常に有意義な本なのだとは思うが、ちょっとした科学好き程度の読者がうかつに手を出すとなかなか手ごわいということは知っておくべきかも。

 けれども、そんな思考の過程も楽しめるという読者であれば、あるいは新しい知見の世界が待っているかもしれない。大学での副読本としてなら最適な一冊ではないかと。

 ということで、もう少し読み直しつつ思考を続けようと思います。

4061179969エントロピーとは何か―でたらめの効用
堀 淳一
講談社 1979-01

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#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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シェーバー新調

B001KN53BWPanasonic システムスムーサー ライト シルバー調 ES6015P-S
パナソニック

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 フィリップス製を9年くらい使っていたのだけれど、この頃では替え刃の入手がちょっと不便になってきたということと、さらにはどれでも同じではあるのだけれど替え刃など消耗品がとても高い。よほど高級なタイプを買ったというのでもなければ本体と同等の価格ということも多く、そうなるとそろそろ買い換えたほうがよかろうか。ということで、購入。

 近年主流の往復刃よりも回転刃のほうが好みではあったのだけれど、最近のものを試すということでも悪くはなかろうということで。

 ただ、サイトを見ていると肌のタイプとかでお薦めがあるということでそれらを参考にもしつつ(どこまで正しいのかはなんともいえないのだけれど)3枚刃タイプにしてみた。とはいえ名前にライトがつくことからもわかるように廉価版という位置づけなのだと思うけれど、そこそこにお手頃。

 もっともこれでも替え刃のセットはいい値段で、本体までとはいわないまでも二回交換すると本体を超えるという。

 しばらく使った印象としては思ったよりも悪くない。まだ新しいということも手伝ってかすっきりとした仕上がり。以前がすっかり衰えていた刃だったのもあってあっけなく剃れているので時間も早いような。充電池のもちも悪くない。それにしてもシェーバーは軒並み「一回3分の使用で」という条件で充電のもち日数などを記載しているのだけれど、一回3分で済ませられる人というのはどれほどいるのだろうかと、ちょっと疑問に思わないでもない。

 恐らくなにかの統計とかからもってきた数値での規格なのかと思うのだけれど(どのメーカーも同じなので)、本当にそうなの? と思ってしまうなあ。

 手にしっくりとくるデザインも使いやすい感じで、充電も一時間タイプなので使い勝手はよし。AC での使用ももちろんできるので急のときでも問題なし。

 同様の仕様で8時間充電タイプもあるのだけれど、充電時の消費電力が3Wなので完了までで24Wh。一方こちらの1時間充電タイプだと8Whですむ。価格差で吸収できてしまうレベルかもしれないけれど、もしも安く買えるなら使い勝手のよさからも1時間充電タイプがおすすめではないかな、と。

 替え刃(セットのほうがお徳)もアマゾンが案外安い。

B0007PYU72Panasonic 外刃と内刃のセット ES9012
パナソニック 2005-03-01

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 値段重視なら8時間充電タイプという選択も。

B001KN53CGPanasonic システムスムーサー ライト ブルー調 ES6013P-A
パナソニック

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グリーン革命 温暖化、フラット化、人口過密化する世界


4532314410グリーン革命(上)
伏見 威蕃
日本経済新聞出版社 2009-03-20

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4532314429グリーン革命(下)
伏見 威蕃
日本経済新聞出版社 2009-03-20

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 一見したところでは、地球環境問題を考える本という受け止め方をしてしまうが、その実はビジネスの本である。というのがおおざっぱな本書の立ち位置。


だからこそ私はこの本の随所で、エネルギー気候紀元の難問に相対するのは、いくつものあらたな危険に直面することではなく、いくつものあらたなビジネスチャンスを出迎えることなのだと、何度も力説してきた。(下・P.284)


 とはいえ、それは綿密に調べあげ、分析された現状から導きだした、地球の未来への展望を実現するための方便にすぎない、というのもまた真実。

 誰しも昨今のさまざまな状況(気候がなんだかおかしいのではないのかとか、自動車を走らせるための燃料を作るために食料を不足させている状況であるとか)から、なにかを変えるべきなのではないかという感想は持ちやすいけれども、いざそうしたエコロジーな方向への転換はビジネス的なうまみが感じられないとか、面倒だとか、さまざまな理由をつけて後回しにされたり、結局ないがしろにされているのが現状であるという現実。

 それを打破して堅実に実行に移す可能性を秘めたキーワードが、この本の中には詰まっている。

 原題であり、副題にも掲げられている「温暖化、フラット化、人口過密化」のうち、フラット化については前著「フラット化する世界」を知らないのでどういう意味かつかみかねたけれど、つまりは世界の多くの人の生活がそこそこにあがってきて、テレビを見たり車に乗ったり、携帯電話を持ったり、インターネットを使ったりといったことが普通にできるような人々が増えてきたことで、世界が平準化されてきたことを示しているらしい。

 もちろん、いまだに貧困に苦しむ人々が多く存在するのもまた事実ではあるものの、一方で著者の言う「アメリカ的な生活をする人々」もしくは「アメリカ的な生活を望み、それが実現可能な人々」の増大は確かにあるのだろうなと感じられる。


ドーハと大連は、フラット化と人口過密化が出会うとどうなるかを、如実に示している。世界の総人口は、1955年の30億人から2050年には90億人に増加すると推定されているが、それよりもはるかに重大なのは、10億人がアメリカの生活様式で暮らしている世界から、20億ないし30億人がアメリカの生活様式で暮らしているか、あるいはそういう生活をしたいと望んでいる世界へと移り変わっていることだ。(上・P.84)

 そして、そうした人々の増加によって巨大なエネルギーが消費されているということ。そのエネルギーは残念ながらクリーンなものではないということ。

 現在の世界のなにが問題なのか、についてまずは考えていく。そのキーワードが「エネルギーの供給と需要」「石油独裁主義」「気候変動」「エネルギー貧困」「生物多用性の喪失」。

 近年の原油価格の高騰、それに伴って穀物市場が食料からエネルギーへと目的を移す場面が増えた結果を受けての穀物価格の高騰。あとは芋づる式にあらゆるモノの価格上昇。果ては金融危機を経ての世界的な不況。


 私はつぎのような仮説をともなう石油政治の第一法則を提案する。石油資源が豊富な産油国では、原油価格と自由化の度合いが、逆の動きを示している。すなわち、世界の原油価格が上昇すると、言論の自由、報道の自由、自由で公正な選挙、集会の自由、政府の透明性、司法の独立、法の支配、独立した政党やNGOの結成が蝕まれる。こうしたマイナスの傾向は、原油価格が上昇すると、石油主義者の指導者が国際社会の評判を意に介さなくなることによって強まる。国内治安部隊を増強し、政敵を買収し、票や国民の支援を金で買い、国際的な規範に抵抗するのに使える余分な金が増えるからだ。

 石油政治の第一法則によれば、逆に原油価格が下降したときには、自由化の度合いが速まる。石油主義国は、より透明な政治と社会を志向せざるをえなくなる。政敵の意見に敏感になり、幅広い外国との交流にも開放的になり、国民が競争するための能力を最大限に発揮できるように、法律・教育体系の構築に本腰を入れる。新規の起業をうながし、海外からの投資を引き込む。さらに、原油価格が下降すると、石油主義の指導者たちは、当然ながら外部の意見に敏感になる。(上・P.149)

 確かにドバイなどの様子を見る限りにおいて(あくまでもテレビでではあるけれど)、それは間違いなく存在するのだろうなと思わざるを得ない。中東で実際に働いているのは外国からやってきた労働者で、地元の若者は金と時間をもてあまし、毎日ひたすら遊びほうけているだけ。それでも彼らには巨万の富があふれている。

 そんななかで暮らしていたら、それはおかしくもなるだろうに。


ロスは、169カ国のデータをもとにしたその後の研究で、中東の女性が依然として教育をきちんと受けられず、労働力として実力以下の評価を受け、政治力を持たない理由を提示している。原因は石油だ。(上・P.156)

ウィルソンはいう。「私たちが自然界を破壊すればするほど、それを維持する負担は大きくなり、どんどん自分たちで工夫を凝らさなければならなくなる・・・だから、自分たちの手で操縦装置を操って、人間の生活に必要な物事をすべて動かせる--たとえば大気をこまかく管理できる--ような宇宙船に、地球を変えてしまう計画がないかぎり、生物圏の維持は、数百万の種が私たちをよろこんで何事もなく支えてくれていた、当初のあるべき姿に戻すのが賢明だ」(上・P.231)
たしかに、火力発電所中心のシステムは、当面、アフリカや南アジアではある程度必要だろう。グリーンな発電手段は、まだ大々的な規模では実現できない。しかし、いま電力を使えない16億人が、石炭、天然ガス、石油を燃料とする火力発電の送電システムに移行した場合、気候にあたえる影響や汚染はすさまじいものになる。世界の4分の3が化石燃料による火力発電の電気を使っているだけでも、これだけの気候変動を引き起こしているのだ。残る4分の1がそこに加わったらどうなるか? だから、クリーンで信頼できる安くて豊富な電気を、早急に用意しなければならない。太陽光発電や原子力発電のコストを下げ、そういったテクノロジーを世界の貧しい国が安心して使えるようにすれば、一つの問題(エネルギー貧困)を緩和し、もう一つの問題(気候変動と大気汚染)を阻止できる。(上・P.246)
バイオ燃料についてはどうか(中略) 私たちのエネルギー問題の大々的な解決策にはなりえないし、解決策にしようとしてはいけない。私たちの必要とする規模のパワーを提供できるのは、電気だけだ。ただ、ガソリンを燃料とする自動車から電気自動車に移行するあいだは、バイオ燃料がつなぎの解決策になりうる--ただし条件が4つある。(上・P.287)

 昨年のガソリンの暫定税率をめぐる問題の時にも、与党のどなたかが言っていたが、確かにクリーンでない石油燃料の使用を減らすというのであれば、国内での税金を高く載せるという手法はあるともいえる。しかし、それは代替するものへの移行をも含めたものであるべきか。

 その意味でいえば、テレビのデジタル化が進まないのもむべなるかなというところ。そもそもデジタル化で電波の有効利用とかいっているものの、どうしてもそうしなくてはならない理由が明確に見えてこないのはおそらくテレビ局などにしても同じなのではないだろうか。

 もしもそれでも変更をというのであれば、既存のアナログテレビの購入費用は高くして、デジタルテレビの価格をぐっと安くするような相対的な選択基準を業界全体に課すような政策が行われるべきなのだろうけれど、それがないので進まない。本当に切り替えなくてはならないのであれば、助成程度でなくて総合的な施策が必要であろうに。


「経済を生かし、成長させるには、消費する必要があります。しかし、私たちは消費を増やすとともに、保護も増やすことができます。自然の状態を護っていかなければならない場所や資源を見分ける必要があります--それを中心に成長します」無駄の多い営み--必要性も計画性もなく、無知もしくは習慣でやっているようなこと--も見きわめて、やめていかなければならない。(上・P.293)

「環境問題に関しては、無関心よりも偽善的なほうがずっといい」--自分のやっていることがわかっていれば、正しい方向に向かっていれば、早まった勝利宣言をしなければ、そのほうがましだ。てっきり勝利を収めたと思い込んで、旗竿を地面に突き刺してしまうのが、いちばんまずい。最近の私たちはそんなふうなことをしている--グリーン・ブランド、グリーン・ブーム、グリーン・コンサートで問題を解決していると思ったら大間違いだ。それでは勝算はない。(上・P.323)

 多くの人々にとってなにができるかといえば、正直たいしたことなどできないというのが本音で、だからこそ「小さなことでも、出来ることから」ということになるのだろうが、昨今のレジ袋を悪者にする風潮はどうかとも思う。もちろん無駄に使うことは避けるべきではあるし、削減そのものが悪いことではない。そしてそれはレジ袋に限らない(そこが大事なはずなのに、レジ袋をいけにえにすることで他を除外しているきらいがある)。

 本当に悪だというのであれば、すっぱりと国が禁止を打ち立ててしまえばよい。それが環境のための必須条件なのだというのであれば、否応なく従うしかない。けれどももっと本質的なところがうやむやにされていて、単にいけにえにされている現状ではそこまで踏み切る度胸まではない。現実問題として、すべての人が常に買い物袋を持ち歩くということは期待できないわけで、それであれば有料にするだのなんだのとマイナスイメージを作るよりも、まさしくリユースを促すのが手っ取り早い方策。

 仮にレジ袋を二度使えば、総使用量は半減する(ごくおおざっぱな数字として)。実際にはよほど使用状況が悪くない限り、十回程度は使えることは経験済みだ。ブランド物の、高価で所有することに意義があるようなエコバックと名前のついた袋をこぞって買うよりも、よほど現実的な解だと思う。

 小さなことの積み重ねももちろん必要なことではあるが、悲しいかなその程度のことでどうこうできる問題ではもはやないという認識をこそ、本書などを通じて知るべき。(もっとも本書でもレジ袋はなくすべきだという主張をとっているようではあるが)


だが、いまや私たちはエネルギー・インターネット--頭のいい高圧送電線網--に移行しているから、電力会社は風が吹くときや太陽が照っているときに合わせて、家庭の冷蔵庫を動かし、サーモスタットを調整できる。需要と供給を一致させることができる。そのため、再生可能エネルギー源を、より低いコストで使えるようになった。雲が太陽をさえぎり、風がやんだときには、頭のいい高圧送電線網が、価格を上げることで需要を減らす(家庭のSBBが、いまは選択は控えようと判断する)か、あるいは家の温度設定を変える。太陽が明るく輝いていて、風がうなりをあげているときには、電力会社は家庭の乾燥機を最低価格で作動させる。つまり、高圧送電線網の知能と、エネルギー効率の向上と、再生可能エネルギーの利用のあいだには、直接の相関関係がある。(下・P.30)

ここまで述べてきたエネルギー・インターネットを構築することができるとすれば、エネルギー需要の曲線の頂上(ピーク)と谷間をならすことで、エネルギー効率を高め、風力や太陽光などの再生可能エネルギーの利用を増やして、いまよりも少ない発電所で、もっと成長できる。(下・P.44)

 実はこのあたりについてはどうにも著者の意図が見えない。電気代の高い時には冷蔵庫の電源を落としてしまうのか? 落とさないまでも庫内の温度が上がってきても、電気代が今は高いからとそのまま放置するというのだろうか? 電気代の安いときだけ冷やして、そのほかはなにもしないという使い方ができる製品であるとは思えない。

 乾燥機もまたしかり。晴天で風もあってよく乾きそうな天気というのに、乾燥機を作動させるのはむしろ無駄であろうに。単純に表に干せば済む話だ。洗濯機が一日のなかの電気代の安い時間にというのはわからないではない。もっともそうしてすべての家庭の洗濯機が同じ時間に一気に動きだしたら、それはそれで電気使用量が集中して、結果的に電気代が高くならないかなどとも思ったり。

 また、需要曲線をならすというのだが、使い方を見直すことでピークをいくらか減らすことはできるだろうが、だからといって発電能力がピークよりも低い平均値で済むという話ではない。ピーク需要をまかなうために必要な発電所の数に対して、ピークはたいしてかわらないが、いくらか全体をならして使う利口なシステムなので発電所の数を減らせるという話にはならないはず。ならそうがならすまいが、そこはかわらない。それとも、なにか読み違いをしているのだろうか。

 もちろん、この話は将来を予想した物語として書かれた部分なので、そこまで言うこともないのかもしれないけれど。


ヤマニがOPECで仲間に語ったのは、つぎのような言葉だったと伝えられている。「きみたち、忘れてはいかんよ。石器時代が終わったのは、石がなくなったからではない」最初は青銅、つぎは鉄というぐあいに、代わりになるツールを人間が発見したから、石器時代は終わった。石油消費国が本腰を入れて再生可能エネルギーの大規模生産に取り組むか、エネルギー効率が幾何級数的に改善されれば、数百万バレルの石油が埋蔵されたままでも石器時代が終わるはずだということを、ヤマニは見抜いていた。(下・P.60)

2006年、私たちの家族がペルーの雨林を旅したとき、ギルバートという原地のすばらしいガイドを得た。ギルバートはつねに先頭に立った。電話も双眼鏡も持っていない。iPodはおろか、ラジオも持たない。一度に10の作業をやろうとする”いつでも注意を分散”という現代の疾病に冒されていない。まったくその逆だ。ギルバートは、つねに周囲で起きていることだけに注意を払っていた。雨林のなかで、虫の音、鳥のさえずり、うなり声、枝の折れる音をすべて聞き取り、私たちの足をとめさせて、どんな虫か、鳥か、動物かをすぐに教えてくれた。クモの巣すら見落とさないような視力の持ち主で、蝶、オオハシ、シロアリの列を見つけた。ワールド・ワイド・ウェブとはまったく無縁だが、周囲の生命の驚異的な自然の織物(ウェブ)とは完全につながっていた。(下・P.158)
#一般に「原地」は「現地」だろうかと思うのだが?

 生物の多様性と同時に、環境の多様性もまた星にとって社会にとって重要なこと。


かつて欧米がやってきたように、いま成長し、あとで汚染をなくすという順序でやる余裕は、中国にはない。中国人の多くは、不公平だと思うはずだ。だから、地球温暖化は、欧米が中国の成長を鈍化させるための”陰謀”だと思っている中国人は少なくない。中国の工業の竜が炎や煙を吐きはじめるよりもずっと前に、欧米の工業国家は大量のCO2を無頓着に大気に吐きだしていたのだから、不公平にはちがいない。ましていま、欧米はもっとも汚い工業を中国に移している。だが、母なる自然は、そもそも公平ではないのだ。母なる自然は、自然科学とごまかしようのない数学しか知らない。中国が、いま成長し、あとできれいにしようとしたら、予想を絶する規模と速さの成長によって、環境が取り返しのつかない破壊をこうむるだろう。(下・P.198)

第一の最大の原因は、汚い燃料システムの旧来の産業だ。この産業は、自分たちの縄張りを護り、アメリカのエネルギー・インフラ支配を維持しようとしている。経営幹部や従業員やその企業を支援する政治家が、雇用や地域社会を護ろうとするのは、まだましなほうだ。最悪の場合には、貪欲な企業が、利益の母体を護ろうとして、タバコのように社会や地球に害があるとわかっている製品でも製造しつづける。いずれにせよ、エネルギー政策決定にかかわりがあるとき、この連中はイカサマを仕掛ける。事実をゆがめ、数多くの新聞やテレビに消費者を惑わす広告を載せ、政治家を買収する--すべては汚い燃料システムを維持するためだ。自動車産業、石炭産業、まだ目が覚めていない特定の電力会社、石油・天然ガス会社などの”エネルギー産業複合体”から出た金は、これまでずっと、私たちが現況についてのエコロジカルな真実をひろめる能力を弱め、エネルギー・インターネットを設置するのに必要な頭のいい政策を私たちが(大規模に)企画する能力を損ねてきた。(下・P.242)

 いわゆる発展途上国はこぞって「先進国がまずやるべきで、我々はもう少し放っておいてくれ」という論調が強いけれど、もはやそういう段階ではないということをもっともっと共通の理解に変えていく必要がある。

 同時に、政治や企業にとってももっと本質的な危機感を認識する必要がある。

 そのためにも著者が訴えるのは、「これがビジネスチャンスなのだ」ということかと。本来、そんなふうに考えて行動するのはこの問題に関しては不謹慎なようにも思えるが、そうでもしなければ行動が起こせない状況にあるという現実への答えが「グリーンはビジネスチャンス」ということかと。


この演説を聞いたり読んだりするたびに、私はちょっとひやっとする--ことに、「なにをいうかではなく、なにをやるかがおまえを決める」というところに。スズキの演説の魅力、力、美徳は、真のグリーン革命がなんであるかを手厳しく思い出させることにある。(下・P.274)

 むしろその後段の、「みなさんのやっていることが、私を悲しませています。大人は子供に愛しているよといいますが、ほんとうですか。言葉どおりのことをやっていただきたいと思います。」のほうが、ずしりと重みをもっているように思う。


だから、指導者を見つけて鍛えることが、きわめて重要なのだ。人種差別を終わらせるとか、世界戦争を戦うといったような、大きな難題に直面するときはいつでも、リーダーシップの質が趨勢を決する重要な要素になる場合が多い。エネルギー気候紀元の場合には、問題点をはっきりと示し、それを無視すれば恐ろしい脅威がもたらされ、それに取り組めば大きなビジネスチャンスがもたらされることを、人々に納得させられるような指導者が必要とされる。また、指導者たちは、この問題への対処が重要であるというのを理解しているだけではなく、システムをまとめられる大きな展望と権威をみなぎらせていなければならない。(下・P.288)

 アメリカはオバマ大統領がその方向に向かおうとしているかに見える。しかして日本はどうなのか? なんともお寒い状況が連綿と続けられていると思っているのは、国民よりもむしろ政治家なのではないかな。

 ソーラーパネルの設置補助などにしても、著者はそんな日本を評価しているようだけれども、現実のところとしては行政まかせのことが多いためにバラバラの対応で、十分に機能しているとはいいがたい面もある。どうせならすべての家屋に国が設置する、くらいの気概が欲しいのではないかとも思ってしまうが、それは望むべくもない。


私がいう”バナナ共和国”は、1960年代の中南米の独裁主義国のことではない。公益事業関係の専門家が使う言葉に似せてこしらえた造語だ。NIMBY(うちの裏庭だけはだめだ ノット・イン・マイ・バックヤード)という言葉を聞いたことがあるだろう。「風力発電機はおおいに結構だが、うちの裏庭にはあってほしくない」といったようなときに使う。BANANAはその変種だ。”なにかの近くのどこかにはなにも建てるな ビルド・アブソルートリー・ナッシング・エニウェア・ニア・エニシング”を意味している。(下・P.289)

 なにも国民レベルのことではなく、政治家にしても自分のお膝元にはそうしたものは作るなということで、結果遠く離れた田舎の山奥に作って満足しているということも同じことなのだと思う。

 ニューモなどもよい例では。地方の小さな村などでは財政が厳しい。調査をやらせてくれれば大金をあげますよといって地層処分候補地を募集している。安全に処分するのである。国会議事堂の地下にでも埋めたらどうだろう。議員宿舎を新築せずに地下に埋めたらどうだろう。

 一度でもなにかをやむなく受け入れたら、次からつぎへとそうしたものを送り込まれる。生活している以上避けられない問題なのは誰にでもわかる。であれば、等しく負担するということも必要なのではないかなあ。

 本書で書かれていることの多くは、まず地球の現状がどうなっているのかという分析。これにはきっと多くの解釈があるであろうから、取材した数だけ異なる見解というものがあるかもしれない。だからこそ同様な多数の意見をきちんと見聞きして判断できるようになりたい。

 ではどうするのかという手法についても同様で。著者が提案することが唯一無二の方策であるかどうかはわからない。少なくともアメリカは類似の方向へ走り出しそうだ。アメリカ人がアメリカでアメリカ人に向けて書かれた本なので、「アメリカがやらずに誰がやる」というメッセージが非常に強い。けれども、ことこの環境をとりまく問題だけは、もはやアメリカ人がなどという枠を忘れて地球的な視点で考える必要があって、国や人種の枠を超えた取り組みや発想が求められるのではないかなという思いもする。

 計画されているスマートグリッドに致命的な脆弱性があると、このごろニュースにもなっていたけれど、これほどまでに大掛かりなシステムを構築し、それを将来的な資産にしようと考えているわけであるから、この方式だけにとらわれずに遠い将来をきちんと見据えた(世界的な)取り組みこそが求められるのではないかと。著者の提案するエネルギー・インターネットはそのひとつのアイデアにすぎないという考えもまた必要なのではないかなと。

 究極をいえば、やはり「人間が多すぎる」につきるのだろうとは思う。諸悪の根源は、わたしたち人間だ。

 著者の描く未来は、やや絵空事に思えないこともないが、近年の地球の姿を理解するうえで十分に価値ある一冊であり、思索に寄与する一冊であるのは間違いない。

4150106525人間がいっぱい (ハヤカワ文庫SF)
浅倉 久志
早川書房 1986-02

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スタンリー・グリーンバーグ
ワーナー・ホーム・ビデオ 2008-10-08

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#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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携帯するBSD

 [ FreeBSD 7.1へようこそ:第5回 いつもおそばにFreeBSD~携帯デバイスにインストールしよう~|gihyo.jp … 技術評論社 ]

 大容量のメモリーカードが値崩れともいえる低価格になった今だからこそできる、お手軽なそして案外便利かもしれないという方法の紹介。

 さらには USB 接続のストレージから起動できる BIOS だからということのようで、残念ながら手持ちのマシンでは使えない様子。いずれ新しくなったときにはぜひとも試してみたいなあ。

 一連の記事もなかなか興味深くて、ついふらふらと FreeBSD を使ってみようかなどと思ってしまいそう。もちろん FreeBSD(98) とのつきあい以来 Linux ではなくて FreeBSD なのではあるけれど。とはいえ今はどちらかというとお手軽な PC-BSD のほうがよいけれど。

 なんだかんだ言っても Windows という面もあるのだけれど、毎度まいどの費用を思うと、「いったいいくつライセンスを買わせれば気が済むんだ」という思いもつのるというものだよね。

 もう少し BSD がお手軽になってくれたらいよいよ移行も考えるのだけれどなあ。

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Ruby1.9をよりよく知るためのリンク

 るびま25号も含め、いろいろポイントを紹介してくれる記事がでてきたので、将来のためにそれらをメモしておく。実際、まだきちんと 1.9.1 を使っていないし(というか 1.8.x だって使っているというにはあまりに恥ずかしいわけだけれど)。

 これ基本。
Rubyist Magazine - Rubyist Magazine 0025 号

 5回にわたっての連載。
Ruby Freaks Lounge:第1回 Ruby1.9の新機能ひとめぐり(前編):YARV,Fiber,配列処理の強化|gihyo.jp … 技術評論社
Ruby Freaks Lounge:第2回 Ruby M17N 事始め:入門編|gihyo.jp … 技術評論社
Ruby Freaks Lounge:第3回 Ruby1.9の新機能ひとめぐり(中編):洗練された文法と意味論|gihyo.jp … 技術評論社
Ruby Freaks Lounge:第4回 Ruby M17N 事始め:文字コード編|gihyo.jp … 技術評論社
Ruby Freaks Lounge:第5回 Ruby 1.9 の新機能ひとめぐり(後編): 知っておくとお得な機能|gihyo.jp … 技術評論社

 遠藤さん(ku-ma-meさん?)のほうはさらに補足がブログにも掲載されているので必見。
Ruby 1.9 の新機能もうひとめぐり (前編) - まめめも
Ruby 1.9 の新機能もうひとめぐり (中編) - まめめも
Ruby 1.9 の新機能もうひとめぐり (後編) - まめめも

 読んでいると、「へー」と思うこともあって、なんとなく良さそうと思ってしまう。本当はよくわかっていない。

 エンコード方面ではひとつ疑問というか、公式な方向を示して欲しいなというのがあって、「日本語 Windows 方面ではいったいどうマジックコメントを指定することを期待しているのか?」ということ。

 これまでだと「SJIS」とかだったりしたのだけれど、内部的には「Windows31J」だからそちらを指定するべきなのでは、といった話も見聞きするわけで。

 別にどうでも構わないということなのかもしれないし、実はまだしっかり考えてないということなのかもしれないし、それ以外かもしれない。

 ただ、方向が変わってきたこともあるので、エンコードそれぞれについて一応の指針というか期待する文字列・表記方法といったものが示されるとよいのではないかなとは思う。もちろん、それ以外のこうしたパターンでも対応はしていますということも含めて。

 例示されるパターンも Linux 方面での話が多いため、utf-8 くらいしか見られないので、ぜひ公式なところを出してもらえるとありがたいかなあと思うこの頃。

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