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後巷説百物語


4043620047後巷説百物語 (角川文庫)
京極 夏彦
角川書店 2007-04

by G-Tools

 それほどたくさん読んでいるわけではないけれど、京極夏彦の作品でどれが好きかというと、一連の京極堂のシリーズよりもこちらの巷説百物語のシリーズのほうが好きだ。

 なにやら不可思議な事件がおきて、どうみてもこの世のものではない妖怪の仕業ではないかと解釈せざるを得ないような展開をみせる。結果そういうものであったのだろうと巷間では理解されるのだが、実は妖怪のすがたを借りてうまく事態を収めた、すべては仕込みであったと語られる。その仕込みが見事でなるほどとガテンのいくものであったり、そうであったかと地団太を踏みたくなるようなものだったり。

 その妖怪の特徴をうまく作品世界に生かしているあたりはさすがは京極夏彦の本領発揮というところ。

 語られるそのリズムも昔がたりを聞くようで、ときにワクワク、ときにしんみりと読ませる。

 その巷説百物語の時代としての終尾をかざるのが「後巷説百物語(のちのこうせつひゃくものがたり)」。かつて大いなる仕掛けをおこなってさまざまな事件を収束させていった又市、おぎんももういない。生きているものやら死んでしまっているやら。それもわからない。いくつもの仕掛けを目の当たりにしてきた一白翁(いっぱくおう)こと百介が、若い者がもちこんでくる不思議な事件と類似のかつての話を聞かせるという形で物語りは進む。

 ことに冒頭の「赤えいの魚」はテーマといい結末といい人の世の重い命題をつきつけられるようでつらい。続く「天火」「手負い蛇」「山男」あたりまではまずまずだが、正直だんだんとあっさりとしたものになっていくような気もした。始めに力を注ぎすぎて後半は少し疲れてしまったのではないかというくらいに。

 それでも最後の「風の神」で物語全体の締めくくりを見事にしてのけているのは確かで、これで終わりなのかという虚無感にも似たような放心状態を味わう。

 昔、山はある意味よくわからない神聖で謎に満ちた空間だったように思うのだけれど、今では基本としてそうしたことはまずなく、ひたすらに高い土地であるという以外は神秘性はなくなっているのかもしれないといったことを語っている。妖怪についても、昔からいると信じていた人など実際はいなかったのであろうが、いるということにすることで片付くこと、救われることというのもあったのであろうと。

 今の社会に照らし合わせてそんなことを思うと、便利ではあるがなんとも不便な世の中なのかもしれないなどとも思う。

 さいわいにして物語りの始まりをになう「前巷説百物語」がすでにでており、こちらは未読。文庫を待つのでいましばらく先になるが、もう少しこの不思議な語り(騙り)の世界を堪能できそうだ。

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