丑の誘い
丑年ということで年頭にあたり。(といっても三が日も経過したあとだけれど)
牛というとつい思い出すことがいくつか。
「牛は非道をしない牛はただ為(し)たいこと事をする
自然に為(し)たくなる事をする
牛は判断をしない
けれども牛は正直だ
牛は為(し)たくなって為(し)た事に後悔しない
牛の為(し)た事は牛の自信を強くする」
(「牛」、高村光太郎詩集から)彼がここに牛という存在に籍(か)りてうたったものこそ、仕事に専念する者の姿であり、高村光太郎の理想とするところであったろう。
「人生を励ます言葉」(中野 孝次、講談社現代新書)
ほかにも猫とかも自由奔放で、とことんしたいことだけやっているような印象はあるけれど、ふらふらと悠然としていて牛のようなどっしりとした感じがないぶん、反感を買う部分もあるかもしれない。
いつまでも伏して午睡を楽しんでいてはいけないと思うのだが、世情はますます悪化の様相を見せているわけで、さてというのは否めないのか。
人生を励ます言葉 (講談社現代新書) 中野 孝次 講談社 1988-09 by G-Tools |
そんな牛に牽かれてなのだから、それはなにかのお導きと言わざるを得ないというのもわかる。奇しくも丑年に開催となる御開帳。導かれてみるのも悪くない。
善光寺御開帳公式ガイドブック 信濃毎日新聞広告局 信濃毎日新聞社 2008-12 by G-Tools |
牛伏寺で牛をなでる。
金峯山 牛伏寺
牛になぞらえる歴史は古い。
十牛図入門―「新しい自分」への道 (幻冬舎新書) 横山 紘一 幻冬舎 2008-03 by G-Tools |
作品そのものは好みが分かれるところだろうけれど、建物と庭園は万人にとって見る価値のあるものだとお薦めできる。
ネットの常(というよりも世間のというべきか)ではあるのだが、名前を間違えて記しているところが個人サイトなどには多いようだ。「おくむら とぎゅう」と読むのが正しい。
きゃー、きゃー。
共同印刷・奥村土牛「醍醐」複製画 by G-Tools |
このあたりなら読んでみたい。
評伝 奥村土牛 田中 穣 芸術新聞社 1988-12-01 by G-Tools |
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