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教育的エコ指導

 昨日行われた NHK 教育テレビの放送時間短縮。たまたま NHK 会長にインタビューしているのを見たのだけれど、なんだかちょっとずれているのではとも思ったり。

 環境に配慮するエコな演出のために今後も教育テレビの放送時間短縮を考えていくと言っていた。昨日の放送は午前中はなしでお昼過ぎから夜 9 時ころまでで終了した。それによって普段の日と比べて 9.4 トンの CO2 を削減したことになり、これは 1700 世帯が一日に使用する電力を CO2 に換算した量と同じだという。

 その一方で、総合では一日の多くの時間をエコ番組にさいて深夜まで放送していた。そうでなくてもこのところの総合放送はほぼ 24 時間放送になっていて、そのほうがむしろ無駄ではないのか、とも思うのだがどんなものだろう。

 ことに教育テレビの午前中の番組というのは小さな子供を持つ親にとってありがたい存在であることが多い。しばしの間テレビに夢中になってくれるので、その間に用事を済ませることができたりということもあって重宝されている時間帯かと思うのだが。

 むしろ総合も含めて深夜 1 時過ぎからの再放送枠をこそ廃止して、ようやく始まったオンデマンドサービスで代替してもらうくらいのほうがよくはないのかなあと思うのだが。(もちろん年末年始とか特別の時に少し遅い時間まであるというのは理解しないではないです。とはいえ民放も含めて正月の昼間のくだらない番組を延々流すくらいならば、深夜に放送している映画とかを昼間やっていただきたいくらいと思うのは違っているだろうか)

 電力消費を削減しましょうという方向性はよいとして、では実際にわたしたちが納めている受信料はどうなるのだろうとか、まあいろいろ考えてしまうわけで。単に短縮すればよいというものではなくて、もう少し全体を考えるべきではないのかなあ。

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2008年現在の主な抗リウマチ薬

 2008年現在において主要な抗リウマチ薬は、次のようなもの。概ね段階的に効果を見極めて使われるという状況。

ブシラミン(リマチル)
日本生まれであるのが特徴。効果はやや弱い感もあるが、最初に処方されることも多い様子。

メトトレキサート MTX(リウマトレックス)
最大 8mg/週 を最大 3 回に分けて集中して処方するパルス療法がとられる。 1 回ごとに 12 時間の間隔を空ける。たとえば、月曜の朝、夜、火曜の朝といった具合。欧米並みに 15mg/週くらいまで最大量を増やすべきではないかという意見もある。基本としていきなり処方できないのでリマチル処方後というパターンが多いかも。
葉酸の働きを抑えるので健康食品などの摂取には要注意。

生物学的製剤
エタネルセプト(エンブレル)
TNF-α 阻害薬。炎症のもとのひとつであるサイトカイン TNF-α を阻害して、炎症を抑える。週 2 回の皮下注射。訓練を受けた後に家庭において自己注射が可能。

インフリキシマブ(レミケード)
TNF-α 阻害薬。原則 8 週間に一度の点滴。はじめの 3 回のみ変則で、 2 週間後に 2 回目、その 4 週間後に 3 回目、その後は 8 週間ごとに。点滴時間はおおむね 2 時間。

トシリズマブ(アクテムラ)
2008 年から使用できるようになった IL-6 阻害薬。サイトカインをターゲットとしている点は前二者と同じだが、インターロイキン6( IL-6 )という異なるサイトカインをターゲットとしている。このため、あまり効果がみられなかった患者に対しての有効性が期待される。 4 週間に一度の点滴。時間はおおむね 1 時間程度。

アダリムマブ(ヒュミラ)
2008 年から使用できるようになった TNF-α阻害薬。皮下注射。

 いずれにおいても炎症を抑え、異常に活発化した免疫を抑制する働きをするため、風邪をはじめとした感染症への罹患に通常以上に注意をする必要がある。少しでもそられの兆候があれば担当の医師に相談し適切な治療をすることが望ましい。

 また、治療にあたっては結核の罹患経験の有無など感染症への対策が十分になされるので、それらに注意すれば決して危険な薬ではない。どのような薬にも副作用はあるもので、それを十分に把握したうえで適切に使用されることがもっとも大切なこと。いたずらに風評に惑わされることはない。

 現在も治験が行われている薬も多数あり、新薬承認のプロセスも優先的に行われているゆえ、数年間隔程度に新薬が使用できる可能性も十分にある。現状の薬が十分な効果をあげなくても、さらなる希望があるということを忘れずに治療に取り組むことが肝要かと。

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この冬の黒豆1号

 さすがに歳の瀬ともなると増えてくる「黒豆 煮る」のキーワード。スーパーなどの御節コーナーには丹波黒の煮豆がとんでもない値段で売られていたりする。一回分だなあ。

 もっとも最近はおせちというのはあまり食べないという家庭(特に若い家庭か)も多いということで、子供にこういうものと見せるためだけにわずかの量を並べる家庭も多いのだとか。で、結局行く末はごみ箱でしょうか。なんともはや罰当たりな感じも。

 昔むかしのおせちの意味合いはきっと今とはだいぶ違っていたのだろうとは思う。大晦日はそうそうに床について新年を迎えるとかだったり。おせちは正月の間少し楽するというのともちょっと違うけれど、ひとまずそれを食べればすむようなところはあるか。

 季節のものを食べるとか、とかく野菜が不足する時期によいものをというような意味合いとか、もちろん縁起をかついで新年を祝う意味合いとか。まあいろいろ。

 今年はじめの冷凍餃子事件ではないが、小さな頃からあまりに既成の味(もしくは濃い味)になれすぎているためにますますおせち料理というものと縁遠くなっていくようなのはちょっと残念な気もする。すべてを手作りというのはもはや難しい世の中なのは仕方ないとして、いろいろの意味で大切にしておくことはあるのだろうなと思ったり。

 今年の黒豆第1号。白の皿はちょっと失敗か。
20081225_

 黒豆の煮方はこちらをご参照のほど。

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神の家の災い


4488219047神の家の災い (創元推理文庫 M ト 7-3)
古賀 弥生
東京創元社 2008-11

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 中世の修道院での殺人事件ということで、なんとなく「薔薇の名前」のようなものを連想してしまったがまったくそれとは違った。まあ、エーコのそれと比べることがそもそも無理なわけではあろうけれど。

 全体としては新鮮な感覚で楽しめた。なによりも主人公ふたりのキャラクター造形が面白い。わけてもクランストン検死官の飲みっぷりはそこまで飲むかという感じで、よくそれで職務が勤まるなあと心配になるくらいだ。

 クランストンと修道士アセルスタンが解決するのは(といっても実質的にはアセルスタンが解くわけだが)、クランストンが巻き込まれた権力絡みの密室事件。かつてアセルスタンが在籍していた修道院で起きた連続殺人。アセルスタンみずからが守っている教会で発見された白骨遺体をめぐる事件の三つ。

 ただ、どの事件もふいに解決してしまうような展開がちょっと残念にも思う。ミステリの面白さとしては基本的に読者が推理できるだけの材料を提示したうえで、謎解きにいたるというのが理想であったり、面白みだと思うのだが、確かにそのヒントとなる気づきは書かれるのだが、そのあたりがやや秘密にされてしまっていきなり謎解きになってしまう。どこでそれがわかったのだろうと思ってしまうくらいに。そのあたりがやや唐突さに思えて残念。

 修道院での殺人事件についても、どこかに送った使者が持ってくるものに期待しようといっているが、いつどうだったのかがよくわからないままだった。おそらくここであろうと思う箇所はあるのだが。で、結局それが解決の決定的な材料になるのだが、そこにいたる過程もやや不思議があったりして。

 謎解きを楽しもうとするとやや難があるミステリだとは思うが、珍しいシチュエーションでの物語の展開を楽しむという点においては十分に魅力的で、すいすい読ませてくれる。シリーズ3作目ということで、前作がどんな展開だったのかわからないが、このあたりが改善されたらよりミステリとして充実するのではないかなと。


#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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星のまたたかないマシン

 数年前からふと話していてゲームアイデアを形にしてみようかと思い立ち、Ruby/SDL は試してみていたのだけれど、そういえばということで ASR にも取り込まれた StarRuby はどうなのということで試してみた。

 が、動かない。エラーがでたので Ruby.exe の実行を終了します。とか言われてしまう。

 それならとデスクトップのほうでやってみると動作したので、どうやらノートの環境では実行できないってことかな。もっともデスクトップでの実行でもやたらと Warning でまくりだったのだけれど、あれはいったいなんだったのか。

 冬場のお遊びとしてはやはり貧弱とはいえこたつトップ環境の貧弱バイオノートで使えると便利なのだが、こればかりは仕方ないか。StarRuby のサイトでは特に実行環境のアナウンスは細かくなかったのだけれど、マシンスペックに依存するところってあるのだろうか。

 ま、Ruby/SDL で作ればいいってことではあるのだけれど。

 そういえば、infoseek においてある ASR1.8.7.7 ?だったかは StarRuby が含まれていないファイルだったような気がする。いずれにしても最新の 1.8.7.8 はまだコピーされてないような?

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現代語訳 日本書紀


4309407641現代語訳 日本書紀 (河出文庫)
福永 武彦
河出書房新社 2005-10-05

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 基本的には先に読んだ「現代語訳 古事記」と同じ内容といってよいものながら、話すときの音を再現しようとした古事記と違い、漢文調で書かれたというので微妙に翻訳の雰囲気が異なっているあたりが面白い。

 さらにさまざまな異書の記載も収載しているので、同じ事柄であってもまったく違う話になっていたりするものもあり、そのあたりの違いも面白み。

 とはいえ、正直こんなものを公に残してしまってよいのかというくらいに神代の天皇のあからさまな姿を書いてあってよいのかという内容は、本当のところどうなのだと。いってみれば身内の恥みたいな部分が多分にあるわけなのだが。

 妻もいるというのに「ねえねえ、あの娘がかわいいからお后にしようと思うんだよね。いい?」と妻に言うのだが、「駄目です!」といわれると、執拗にいいより、「わたしはもう出て行きます!」というと、じゃああの娘を后にしちゃおうってことでさっさと呼び寄せ、その一方で妻に対して「ねえねえ、帰ってきてよ。君がいないと寂しいよ」てなことを言うのだが、頑として帰ってこない。やがて、妻がそのまま亡くなってしまうと、じゃあ君が皇后ねとさっさと位を与えてしまう。

 さらには新しい皇后の妹が今度は気に入り、「ねえねえ、君の妹を后にしちゃだめ?」などという話に。

 もう手当たり次第。源氏物語もかくやという有様。これがまあほとんど延々と繰り返されるわけだ。いやまあ、この現代語訳には面白そうなところだけを抜き出しているので、これがすべてというわけでないのは理解するけれど、それにしても登場する天皇が軒並みといっていいほどに同じようにやたらと娘に手を出す。こんな自由奔放な性でいいのかってくらいに。

 この面白さを知らずにいるのはもったいない。

追記:
 古事記とあわせて読むのが絶対お薦め。

4309406998現代語訳 古事記 (河出文庫)
福永 武彦
河出書房 2003-08-05

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読書は1冊のノートにまとめなさい


4901491849読書は1冊のノートにまとめなさい 100円ノートで確実に頭に落とすインストール・リーディング
奥野宣之
ナナ・コーポレート・コミュニケーション 2008-12-05

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 多くの本好きな人にとっては読む必要なしというのが率直な感想。著者は読んでも内容を覚えていないのが普通と思っていたり、ただただ読み流しているだけと断定しているが自分にとってはそうでもないし、不特定多数の本好きの友人知人はみなそれなりに覚えてもいるし、いろいろ感想をきちんともっているものだ。ノートに書いたほうがより深まるとか、書かないからどうも覚えていられないという人はいない。

 だから、

読書ノートをつけると、より理解が進む。記憶にも残るし、もっと身につく。そんなことは誰でも知っています。(あとがき)

 誰でも知っているというのも妙だし、それによってよりよいと断定してしまうのも妙だ。

 たとえば「窓際のトットちゃん」を書いた黒柳徹子さんは子どものころのことを一切なにかに書き留めるということはしなかったと書いていて、もしも書いていたらそれに安心してここまで詳しく記憶していて書くことはできなかったと思うと書いている。書くことは、忘れてもそれを見れば思い出せるという安心を生み、その時点で忘れることを前提にする。そして後になって見たときに思い出すのは結局そこに記された断片でしかないということになる。

 もちろん、本であればふたたびその本を読むこと(あるいは見ること)で補足することも可能ではあるからそれでもよいということはいえるかもしれないが、それこそがよりよいのだというこの手の本の手法に乗せられすぎないことが肝要だ。

本は読んだほうがいいと思っているのだが、なかなか読む本を見つけられなくてベストセラーばかりだったり、なかなか続かないという、本が苦手な人になら、ある程度薦められる内容かもしれない。

 というのが正直なところ。

 もちろん、細かいことは抜きにしてもしも知らずにいたのなら本探しに役立つという話もわずかにはある。末尾にある役立つかもしれない文房具などの紹介も面白いかもしれない。ただ、買ってまで読む本ではなかろう。前著の「情報は・・・」の内容も推して知るべしというところ。


 以下は気になってしまったところを列挙。(ノートを作ろうとして読んだのでもなければ、ぐっとくるところを探そうと思って読んだのでもなく、流せばよいと思いつつもどうにも見過ごせないところ満載なので、かえって疲れる読書だった) アマゾンでも珍しく低い評価が前面にでているところを見るとあながちこの感想が間違っているわけでもなさそうだ。

#かなり長文ですのでご注意ください。

財布を三つも四つも使っていれば、いくら几帳面に整理していても、どこに歯医者の診察券が入っているか、わからなくなります。

では反対に、まったく整理をしなくても、レシートや会員カードの類などを何でも突っ込んである財布ならばどうでしょう。机の上でひっくり返してひとつずつ見ていくことで、必ず診察券は見つかりますよね。
・・・
つまり、
「この中に必ずある」
「この中にないなら、もうない」
というわけです。
要は、いっぱいになり次第、次々に代替わりしていくことで、ノートをこのダンボール箱のような「何でも突っ込んでおける入れ物」として使っていくのです。(P.37)

 仮に複数の財布を使い分けているとしましょう。几帳面に整理しているのだから通院はこの財布というように使い分けができているはずです。月々の医療費としてその財布を使っているという使い方もできる。診察券がわからなくなるということはない。

 ひとつの財布でも結局全部をぶちまけてよりわけなくてはわからないわけで、4つの財布を順に調べていくことと違いはない。むしろ期待値としては複数のほうが高いのではないか。もちろん 100 個もあれば別かもしれないが、仮に同等の量がひとつに入っているのであれば同じことだ。

 さらに(これはあとでパソコンに頼ることになるのでそれはそれとしてなのだが)次々と代替わりするノートが存在するのだから、結局複数の財布を調べることと変わりはない。


僕は、これをA4用紙にプリントした上で四つ折にしてノートに挟んでいます。(P.54)

 わざわざパソコンに打ち込みなおして印刷するよりノートを使うのであるし手書きにすればよいのでは。これは検索のためにノートに書き散らした内容を、あとからパソコンに入力しなおして検索機能を使うということにも通じる。理解はできるが、そのための労力は万人に薦められるものでもなかろう。しかもエクセルデータにして携帯電話で閲覧するのが IT だみたいに書かれているのだが、それはどうだろう。いっそ携帯でメモしてメールで送って登録しておく、みたいなサービスのほうがよくはないかなどとも。あればの話だけれど。

大きい書店では買い物かごがあるので、それを借りて、次から次へと品定めしていきます。まるで書店員の人のようです。(P.59)

 書店員の人、って・・・。

英語学習法の本など、正攻法からトンデモ本まで、掃いて捨てるほどあるわけで、下調べもせずへたに棚の前に立ってしまうと迷うだけです。(P.60)

 と言ったかと思うと、

北朝鮮の体制に興味を持ったら、本屋で「国際政治」の棚を見てみる。(P.76)

 と言ってみたり。

家で冷蔵庫の中を見て、買い物メモを作ってから行けば、スーパーで買い物の時間を短くできる。これと同じ理屈なのに、書店に「探書リスト」を持っていく人はあまりいません。(P.61)

 スーパーの場合、時間短縮のためにメモを持ってというわけではむしろなく、余分な食材を買ってしまわないようにということであったり、必要なものを買い忘れないためであって、結果的に短時間かもしれないが、それが主目的ではない。仮に買い忘れた本(チェックし忘れた本)があったからといって、メニューの変更を余儀なくされたりすることでもないし、やむなくそれだけ買いにもう一度行くということもない。同列に扱うには無理がある。

 略記というのは自分にだけわかるルールでやると必ずいつか破綻するのであまりやらないほうがいい。世間一般的に言われている表記ならまだしも、いずれ重複するものが出てきたりして迷ったり分からなくなったりする。行うにしても最小限にとどめるほうが無難だ。

それに、購入前に読んだ書評をもう一度読むことで、「この人のすすめる本はこれからもチェックしておこう」と決めたり、「この書評家はぜんぜん自分と合わない」とわかったりする。(P.69)

 その本を読もうと思ったのはその書評を読んだからだったのではないのか? 漠然と面白そうだと思ったという記憶しか残っていないとしたら、よほど記憶力に障害がある人なのだろうか。むしろ読んでいる間にそうした評者との意見の違いや、同意といったものを感じつつ読んでいるというのが普通ではないのか。

仮に買いまくって「探書リスト」が空になったとしても、すぐに補充できるのです。(P.70)
このようにすると、読みたい本がなくなるということがありません。(P.159)
それに百科事典の入った電子辞書を持っているので、よほどのことがないと「読むものがない!」ということにはなりません。(P.170)

 どうもこうした「読む本がなくなったらどうしよう」という中毒的な強迫観念を感じさせる記述が著者には多いようです。そんなに困ることなのだろうか。読みたいと思えば読むものなどはいくらでもあるではないですか。さらにいえば読書だけが楽しみでもないし、時間つぶしでもない。テレビでも映画でも観劇でもゲームでもスポーツでも楽しいことはいくらでもあり、それによって得られることも実にさまざま。もちろん読書に関する本なのでということはわかりますが、ちょっと異常な感じすら覚えます。

書店に行く前にネットで検索することもあります。

こうしておくと、書店に置いてあるかそうでないか、だいたいわかるので、無駄に探しまわることを避けられます。
・・・
逆に、書店に行く前にアマゾンに在庫があるか確認しておけば、もし書店になくても安心です。すぐアマゾンで注文すればいいので、「せっかく探し回ったのになかった」と不機嫌になることもありません。(P.71-P.72)

 書店の在庫というのは言ってみれば相対的なものと絶対的なものとがあります。絶対的なものとはつまりどこの書店においてもほぼ同じような状況にあるもので、流通や版元在庫などとも関係しています。これにたいして他には置いていないが、ここならあるという特定のものも書店によってはあります。

 そうした特長がわからずにいたずらに書店めぐりをするだけならば、無駄足を踏むということも多いでしょう。書店で見つからなければアマゾンで注文すればいいのだからというのは、つまりもはや買うという行為は決まっているのですから、それならば端からアマゾンで買えばよろしい。それこそ無駄を省くことにつながるのでは。

 探書リストをつくるというところでも盛んにかかれていますが、リストの本だけを探して品定めするので早い。余計な本に目が行かないといったことを書いているのだが、多くの人は漫然と書店にいくばかりではない。紙のリストなどなくともそれを探している。当然リストがあろうとなかろうと探す過程で他の本に目が行く。気になる本が見つかるということは往々にしてあることで、リストだけを重視するのであれば書店員にこの本を見せてくださいとでもいうほうがまだましではなかろうか。いい迷惑ではあるが。

大学生が日経新聞の書評欄を読んでも、あまり感じ入るところはないでしょう。(P.77)

 いくらなんでも大学生に失礼では。そういう大学生もいるだろうが、それがすべてではあるまい。たぶんに予断を含んでいてよろしくない。

しかも意味のわからないことはさすがに書き写せないので、理解できるまで読み込む。知らないうちに、三回くらいは読んでいることになります。(P.85)

 理解したからこそ、そこが重要だと思ったのでは? 意味もわからず雰囲気で「なんかイイ感じ」と思ったということなのでしょうか。仮に意味がわからなくても、言葉の響きが気に入ったというのでも悪くはないでしょうし、「書き写せない」という理由がよく理解できません。三回読めばわかるでしょうか。

つまり、目的を「読了する」から「読書ノートを作る」に変えることで、自然と読書のアプローチが変化してくる。「読んだから読書ノートを作る」のではなく、「読書ノートを作るから読む」のです。(P.87)
このように読書を流れ作業化してしまうと、通勤電車の読書はかなり忙しい。(P.172)

 本書を読む限りにおいては、これはむしろ反対だと思う。読書ノートを作るために必死に読んでいるという作業に成り下がってしまっているような印象が強い。だからこそ「読む本がないと困る」という脅迫観念に囚われるようになる。あくまでも主体は読書であってノートを作ることではない。本末転倒というべきでは。

まず、読むときに読書ノートに引用することを前提としておくことで、読み方が「ぐっとくる箇所」を探す作業になってくるからです。(P.91)

 一つ前でいったように「作業」になってしまっている。たとえばビジネスのための読書であるとか、アイデアをなんとかひねりだすための読書というのであればそれは作業そのものなのでよいとして、通常の読書にそれを求めたのではそれはもはや読書といえない「さもしい読書」でしかない。

多くは、本棚の前に立ち尽くすうちに、読みたいと思ったこと自体を忘れてしまうでしょう。これでは再読につながりません。(P.139)

 本当に著者は記憶力が乏しいというか、「博士が愛した数式」の博士のように記憶が 80 分、いや 5 分ともたないのではなかろうか。仮に探している過程で他の本に目が止まり、懐かしさから再読したとしてそれが無意味なことだと誰が断定できるのでしょう。まして読みたいと思ったことを忘れるなんて失礼なものいいはどうかと思うのだが。

堅い木を削るとき、いきなり削りたい箇所に刃が入らなければ削れるところから削ります。すると、その断面や発生した角に刃が食い込むようになる。(P.165)

 堅い部分はどうあっても固いのです。やったことがありますか?

一括で入金しているわけですが、それを忘れたころにポストに雑誌が投げ込まれているのは、タダでもらったようでなかなか幸せな気分になります。(P.165)

 そんなおめでたい人がいるとは。

そうなると、考えが凝り固まることを未然に防ぐための本や雑誌は、投入を自動化しておくのがいい。歩けなくなってから、歩いてすぐの病院に行こうとしても遅いのです。(P.167)

 仮に歩けなくなったのなら、歩いていけない遠くの病院であっても歩いていくのは当然無理であるし、タクシーなどでどのみち行くでしょうから歩いていけないから病院にも行けないといった比喩は成り立たないでしょう。

 さらには、

僕はグラビアや広告のページ、読まない連載小説などはこの要領ですぐ取ってしまいます。(P.182)

 と、一つ前に意外な発見を与えてくれる出会いを期待して読んでいるはずの雑誌から不要と判断している部分を取り除いてしまうと書いている。グラビアだって話題のアイドルを知るきっかけであるかもしれないし、広告に意外な逸品を見つけることもあるかもしれない。なんとも一貫性がないのだ。

鹿児島空港の売店には、案の定、西郷隆盛や桐野利秋など、薩摩藩士の評伝や歴史小説が一ヵ所に揃っていました。こういうのをいちいち普通の書店で探して、全部立ち読みしてチェックするのはなかなか大変です。(P.169)

 本当に地方の書店に入ってみたことがあるのだろうか。郷土に関係する本はたいていの書店が入り口近くなどにコーナーを設けているものだ。これはとりもなおさず観光客などに向けたアピールでもある。それとも普通の書店とは東京の書店と同義なのだろうか。

健康やダイエットの本がよくヒットするのも、体を持っていない人はいないからだと思います。(P.169)

 そんな無茶な。

僕の場合は、カバーをまとめて、クリアファイルや大き目の箱に保管しておくことにしました。

・・・
これを繰っていけば、「こんな本を持っていたのか」と驚くことすらあるからです。(P.181)

 忘れるほど長い間膨大な数の本を併行して読んでいるというのだろうか。ちょっと信じがたい。いや、やはり著者は記憶力が・・・


#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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ワンマンアカペラ

 今年の大晦日、NHK の紅白歌合戦にはエンヤさんが特別に出場するのだそうだが、コンサートなどはしないらしいが今回は特別なのだそうな。ということで打ち合わせで来日されたのかインタビューを放送していたのは先日のこと。

 その中で知ったのだがすべての歌は一人で多重に録音して作られているそうだ。山下達郎の「 ON THE STREET CORNER 」と同じようなことか。そのために一種独特の雰囲気の音楽になっているのかと。

 これまであまり気にしていなかったがちょっときちんと聴いてみたいのでメモしておこう。

B001G5RAG0雪と氷の旋律
エンヤ
Warner Music Japan =music= 2008-11-12

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B000JLSVISアマランタイン~プレミアム・ウィンター・エディション~
エンヤ
ワーナーミュージック・ジャパン 2006-11-22

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B000055QHOア・デイ・ウィズアウト・レイン
エンヤ ローマ・ライアン
ワーナーミュージック・ジャパン 2000-11-11

by G-Tools
B000006YIFウォーターマーク
エンヤ
ワーナーミュージック・ジャパン 1989-02-23

by G-Tools
B000006YICシェパード・ムーン
エンヤ
WEAミュージック 1991-11-10

by G-Tools
B00005HF4Gケルツ
エンヤ
WEAミュージック 1992-12-10

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 これは達郎さん。

B00004TKA5ON THE STREET CORNER 3
フランキー・ライモン エドナ・マクグリフ アラン・オデイ
ダブリューイーエー・ジャパン 1999-11-25

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いっぽんづり

 そういえばと思い出したことがあったのでちょっと見てみた。

 「まぐろのすべて」(まぐろBBS編・著、ソフトバンク)に圧縮関連の話がでている。”危険な LZW ”と題したコラムで、

LZW アルゴリズムに関しては、その発案者である Tree Welch が特許を申請し、現在UNISYSがそれを保持しています。

・・・
LZW アルゴリズムを使用したプログラムを使用することは、問題が生じる可能性があるのです。
・・・
LZWアルゴリズムを使用したプログラムには、ARC、compress などがあり、画像圧縮の世界では、XLD4 フォーマットが LZW アルゴリズムを使用しているそうです。

 ”一般的な圧縮技法”というコラムのなかでは、吉崎栄泰さんの LHarc は LZ77 のバリエーションが実用化されたものだと説明されていた。

 具体的にどうかは知らないのではっきりいえないけれど、「LZW を応用」というにはちょっと当たらないのような印象ではあるなあ。(ていうかそもそもの年代から追うと LZW のもとになった LZ78 のほうが遅いわけではあるのか)

4890527990まぐろのすべて―MAGフォーマット開発秘話 (SOFTBANK BOOKS)
まぐろBBS
ソフトバンククリエイティブ 1995-10

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地球温暖化の予測は「正しい」か?


4759813209地球温暖化の予測は「正しい」か?―不確かな未来に科学が挑む(DOJIN選書20)
江守 正多
化学同人 2008-11-20

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 闇雲に不安をあおるばかりの怪しい本や、ひたすら批判することだけが目的の本を読むよりも、まずこの本を読め。というのが率直な感想。

 著者は地球温暖化の気候モデルによる予測研究に携わっており、実際の予測作業がどのように行われているのか、その予測が意味することはどんなものなのかについて実に謙虚にけれども誠実に、そしてなによりも一般のわたしたちにも可能なかぎり理解しやすい言葉で説明してくれる。

 何よりもこの本の肝は、地球シミュレータを使った気候モデルがどのように作られているのかというその仕組みや考え方を、大胆に概説しているところ。

  • フォートラン(Fortran)で書かれている。
  • 予測は物理法則による方程式を計算して行う。
  • 現在の大気と海洋の状態からスタートし、10分先、そして10分先、さらに10分先くらいの間隔で計算をしていき100年先までを計算して求める。
  • 気候モデルに与えられている現実のデータはごくわずかで、物理の方程式を解くことで結果を求めている。
  • 予測する解像度は100キロメートル程度のグリッド。
  • グリッド内の細かなミクロの現象は半分の理論と半分の経験則などから導き出すパラメタ化という作業で算出している。

 などなど。

 さらにそこから導きだされた結果や IPCC の報告が意味しているのはどのようなことなのかを丁寧に解説している。予測の幅があるのはなぜなのか、そしてそれはどういう意味を持っているのか。


気候モデルが半経験的な部分を含むとはいえども、物理の法則に則っている以上は、そうそう好きなようには結果が変えられないということを意味しています。同時に、気候モデル研究者たちは、そうそう無理やりに過去のデータにモデルを合わせようとしているわけではなく、けっこう正直にやっている、ということも意味しているように思えます。


もっとも、解釈にかかわる部分については、僕がいうことだけすべて信じろというつもりはありません。温暖化予測の専門家である僕はその意義や問題点をほかの人より正確に理解しているつもりですが、逆に「温暖化予測業界の論理でしか考えられなくなった」ゆえに見えにくくなっていることもあるかもしれません。できればほかの人の意見と読み比べて、僕の書いていることが「正しそうか」、ご自身で判断してみてください。


 とかく無知な一般人であるわたしたちは、不確かな権威の発表する不確かな主張に踊らされてしまいがち(レジ袋ばかりが悪者にされているような現状であるとか)。無駄を省いたりつつましい生活を目指すことも大切ではありながら、もっと本質的な地球の現状を知るということは意識のもち方により確かな影響をもたらすのではないかなと。


#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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スワヒリ語

 アボガドなのかアボカドなのかといった話題とかまあいろいろあるわけだけれど、そもそもがいろんなメディアで(折込チラシなども含めて)さまざまだったからどれが本当なのかよく分からなくなって時代がまああったわけです。

 そういうものとは違うように思うのだけれど、なぜか「ワヒスリ」とか「ヒスワリ」とかいろいろな語順で語られているというのをこの頃知って、かえって驚いた。自分にとってはスワヒリ語以外のなにものでもなく覚えていたので。

 まあ、一度混乱すると迷うかもしれない語順ではあるかもしれないけれどね。

スワヒリ語 - Wikipedia

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あかいのはサンタ

 [ @nifty:デイリーポータルZ:サンタコレクション’08 ]

 デイリーポータルZというとなんといってもべつやくれいさんのファンである。なんともいえないヌルイ感じが好き。

 で、サンタさんばかり探して歩いているうちに「赤ければ9割方サンタ」という帰結にいたるというのはよくわかります。でもって当然のごとく「きいろいのはちょうちょ」です。

4033380108きいろいのは ちょうちょ (五味太郎・しかけ絵本 (1))
五味 太郎
偕成社 1983-01

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タイミング

 Sleipnir の自動アップデートのたびに思う。自身を起動完了するまえにアップデートの案内ができないのだろうかと。起動が完了して開いていたタブなども再現したところでアップデートのお知らせ画面が出る。Sleipnir 自身を起動させるまえにアップデートを確認し、もしもあれば最初にそれを通知してくれたら無駄に起動する時間がなくなると思うのだが。少なくとも Firefox はそういう仕様になっている。

 ずっと変わらないってことは特にそういう要望はないということなのか、技術的に難しいってことなのか。まあ、しばらく待てばよいわけなんだけれどね。

B00005EIHQLIFE
BLACK BISCUITS 森浩美 黄大軍
RCAアリオラジャパン 1999-05-26

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メモ:Rubyで作る奇妙なプログラミング言語

 [ ■ [esobook] Brainf*ckとWhitespaceの本を書きましたwwww ]

 なんだか面白そうなのでメモ。すぐにポチッとできないところが悲しい。

4839927847Rubyで作る奇妙なプログラミング言語 ~Esoteric Language~
原 悠
毎日コミュニケーションズ 2008-12-20

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クセジュ

 見事に白水Uブックスの装丁と符合するなあ。で、ちゃんとそれを連想するってあたりがいいなあ。

 クセジュー、となればやっぱり文庫クセジュでしょうか? 数少ない手持ちにはこんなものもあったりするけど。

4560055548服飾の歴史 (古代・中世篇) (文庫クセジュ (554))
ミシェル・ボーリュウ
白水社 1974-01

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#あー、画像がない。

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Ruby1.9.1preview2を入れてみた、だけ

 arton さんが Win32 用の Ruby 1.9.1 preview2 を用意してくださったので、久々に入れてみた。メモリ 64MB がきいているのか 1.9.0 のアンインストールに 30 分あまりかかる。いやはや。反してインストールは 5 分くらいとまだましか。(バイオノートにいれた)

 特にテストとかないので先日の vmgsplit.rb を試してみる。特別問題もなく終了。$KCODE で注意されるのは仕方ない。

 うーん、あれからもう一年ですか。

#そうそう、わたなべさんの Ruby Grep がいい感じ。参考にさせていただこう。

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リアルアクア

 日本テレビで放送の「笑ってコラえて」で赤ちゃんの旅をたまたま見ていたら、歌う水中出産だという。文字通り専用のプール(子供の水遊び用をもう少し大きくしたような感じ)にはいって温水のなかで出産するのだとか。水中で大丈夫なのかとふと思ったが、産まれた赤ちゃんはまったく元気でかえって笑っているように見えたくらいだった。へその緒で呼吸しているので問題ないといわれ、なるほどと合点。まさにリアルアクア説。

 どのような状態で産もうとも大変なことは間違いないし、日々報道される現実の厳しさを思うと、無事に出産できることのありがたさをしみじみと感じざるを得ないというものかな。

4886223001女の由来―もう1つの人類進化論
Elaine Morgan 望月 弘子
どうぶつ社 1997-12

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4886223028人は海辺で進化した―人類進化の新理論
Elaine Morgan 望月 弘子
どうぶつ社 1998-03

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スマートタイム

 近頃の食事というのはどうしても柔らかいものが多くて、またそれこそが美味いということの代名詞だという風潮も大きく、そんなことも影響してかなんだか歯周環境はますます悪くなっているような気がする。多少は固めのものをよく噛んで食べるという習慣をもちたいと思っても、いざ 100 回は噛めとか言われてもちょっと難しい(まあ 30 回くらいでもよいだろうとは思うけれど)。

 となればせめてという意味においてもガム、ことに健康を意識したガムを噛むのがその一助になるということかもしれない。などとも思って近年はよく噛むようになった。食事も柔らかすぎないように気をつけたりはしているけれど、なかなかそうとばかりもいかないわけで。

 その手のガムとしてやや歴史のあるのは、キシリッシュとかリカルデントとかポスカムとか。それぞれに特徴があるのでどれがいいというわけでもなく、最終的には好みの問題。で、比べた結果、わたしとしてはリカルデントがお気に入り。

 さて、ここからが本題。そのリカルデントからでたスマートタイムというガムの CM がどうも気になってしまう。白雪姫のせりふが「はんしょく(繁殖)しすぎじゃない?」に聴こえて仕方ない。実際は「かんしょく(間食)しすぎじゃない?」といっているはずなのだけれど。なんだかいろいろ想像してしまっておかしい。

 とはいえ、空腹感を覚えたときに、甘さをしっかり感じつつ、カロリーはきわめて低く、さらに噛むことによって満腹感を得る効果を期待できるとしたら、なかなかうまいアプローチかもしれないなとは思う。


スマートタイム® シトラス&ベリー│Recaldent®
CM情報│Recaldent®

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TSNETスクリプト通信第3号でました

 [ TSNETスクリプト通信第3号 - TSNETWiki on TextWorld ]

 TSNETスクリプト通信第3号が発刊されました。今回の肝はなんといっても機械伯爵さんの Python 入門。いやあこの分量もさることながら、「萌える Python 入門」という風情で素敵です。MYCOM さんあたりから出版されそうな予感も。まだ第1回ですからしばらく楽しめます。

 Yささんの AWK ゲームはまだ試していないものの、AWK をこんなに楽しんでいるってのが偉いなあと感心。ながらく AWK ばかり使ってはきたものの、このごろはすっかり Ruby に鞍替えしてしまったのでだんだん忘れつつあります。ただ、AWK の独特な不便さとでもいうものや、当然のごとく便利さというのもあったからこそ Perl に走ることもなく Ruby に飛んだということも。まあ Perl も準備はしていたのだけれど、なんとなくそのままにしているうちに Ruby に出会ってしまったもので。

 エディタに関してはあまり関心がなくて、秀丸一本できている。なんとなく統合環境としてのエディタという位置づけが Zed なのかなとは思ってますが、どうもそういう要望が自分のなかにないのですよね。まさに食わず嫌いってやつかもしれませんが。

 海鳥さんのマンガはもう言うことありません。新聞だって連載マンガで選ぶことがあるくらいですから。

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タイタス・クロウの帰還


4488589030タイタス・クロウの帰還―タイタス・クロウ・サーガ (創元推理文庫)
Brian Lumley 夏来 健次
東京創元社 2008-11

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 本が好き!経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 はじめて手にしたクトゥルーものだったのだが、正直に言うと失敗だった。あまりにも独特の世界ゆえにいきなり入ろうとするのはわたしにとってはちょっと無理があったようだ。四次元に逃れ、行方不明になっていたアンリやクロウが順に帰還を果たして語られる物語なのだが、なにやら設定や登場するアイデア、ガジェットはもはや SF の世界で、いろいろと面白そうなものがあふれているのも事実。これならいけるか? とも思ったのだがやはりやや玉砕気味。

 ひとつにはその独特の世界観が見えていないので話についていくのがきびしいという面。いやまあそういうものとして読み流そうとはするのだが、あまりにも強烈な世界ゆえか気圧された。また翻訳そのものは新しいと思うのだが、もともとがやや古いものであるのと作品世界がそうした雰囲気を持つために、やや古めかしい文体をとっていることもあって、さらに壁が高まった印象も。

 おそらくすでにクトゥルーファンであればなんの迷いもなく、作品を楽しめるのだろうとは思うのだが、いきなりここからというのはちょっと難しいかもしれない。やはりここは順を追ってラブクラフトの一連の作品からはいるのが正解かもしれない。

 逆にいえば、一度ファンになるとどっぷりとはまりこむ可能性を大きく秘めている作品群なのだろうなと。

 あらためてラブクラフトから始めるか、あるいは coco さんのあたりから始めるか。いずれにしても出直して参ります。



#旧本が好き!サイトのドメイン処理の不備により、意図しないリンク先となってしまうということで旧アドレスへのリンクを消去しています。(2012/02/12)

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きりん本

4873113679初めてのRuby
Yugui
オライリージャパン 2008-06-26

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 しばらく前のことではあるけれど、ようやくにして Yugui さんのきりん本を買った。なによりも多くの Rubyist のみなさんの評判も高いことから、それは読んでみるべきだろうと思いつつ今頃になってしまったわけではある。

 執筆前のころから(とブログで書かれてあったころを思い出すとそうかと思うのだけれど)言われていたように、また冒頭でも断っておられるけれど「初めての Ruby 」とはいっても、プログラミングがはじめてという人向けではなく、なんらかのプログラム経験が多少なりともあって Ruby を初めて手にする人向けの本であるというのがよく分かった。

 まだ読み始めでしかないのだけれど、それでも入門書などで Ruby を使い始めたけれどどうにもよくわからないところがあるんだよね、という人に向けているというのがよく伝わってくる。そういった疑問に思うはず、思っていたはずのポイントをついて端的に解説されているので、ある意味リファレンスとして傍らにおいて使うのに重宝しそうな内容だ。

 ページ数と価格を思うとちょっと手控えてしまいそうな感もあるけれど、中をみればそうでもないと思うはず。なによりも活字が小さいので実際に含まれている分量はそのページ数をしのいでいるはず。もっともそのおかげで老齢の身にはちょっと辛い感もなくはないわけだが。できればもう少しポイント数を上げて欲しかったような気持ちもあるかな。

 とにもかくにも、Ruby を使い始めてみたけれど便利じゃないか、と気づいてしまった人には必携の一冊(少なくとも現状において)といえるのではないかなと、道半ばのひとりとして思った次第。

 繰り返しておくけれど、プログラムそのものが初めてという人は買ってはいけない。そんな人は「たのしい Ruby 」あたりからはじめましょう。

4797336617たのしいRuby 第2版 Rubyではじめる気軽なプログラミング
高橋 征義
ソフトバンククリエイティブ 2006-08-05

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