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現代語訳 古事記


4309406998現代語訳 古事記 (河出文庫)
福永 武彦
河出書房 2003-08-05

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 ふと読んでみようかと思ったのは今年のはじめくらいだったろうか。ようやくにして読んだ。
 はっきり言ってこれは神話。こうも荒唐無稽な古代神話がつづられていたのかと改めて思った。いやまあ、だからこそ面白い物語(フィクション)になっている部分もあるにはあるのだ。

 全般にかかれているのは、誰が誰を生んで(まさに産んでいる。あるいは人知を超えた化学変化によって生成されている。などというと信心深い方面のかたには怒りを買うかもしれないけれど)どこを治めていくつまで生きて墓がどこにある。といった系譜。それにしても手当たり次第にいい娘を見れば子供を産ませたり、気に入らないやつがどこそこにいるといっては殺してしまったり、したたかな部下の悪巧みにだまされてあっさりと無辜のものを殺してしまったり。しかしここに登場するのは天皇の系譜の人物ばかりなのだ。うーむ。

 そんな意味においては、単なる神話というよりも、いったいそれで何を伝えたかったのかと思うところがあって、それゆえに信憑性に対する疑問をも持ちえるゆえんなのかもしれないが、それでもこれはフィクションとしての神話なのだろう。

 細かなところでホホーッと思ったのを列挙すれば、

  • 愛媛は古事記の時代からエヒメ(愛比売)であった(P.33)
  • イザナギ、イザナミははじめふたりで寝て(と書かれている)数々の神や土地を産むのだが、最後に産んだ火の神で、その出産をきっかけにしてイザナミが死んでしまうと、イザナギひとりで目を洗っては産み、衣服を脱いでは産み、と結局ひとりでできるもん状態で何人も産んでいく。いったいぜんたいふたりの共同作業で生み出す必要性があったのかと謎に思う。たとえば天照大神はイザナギひとりから生み出されている。
  • 天岩屋戸の話。岩戸を投げてできたのが戸隠で、そこに岩戸が隠されたといった伝説があるのだが、古事記にはそうした記載はいっさいない。案外各地に残されているその手の伝説・説話はのちのちに出来上がったものなのかもしれない。
  • 現在と同じ地名が当時からというのでは、焼津とか三重とかいろいろ
  • 有名な「大和(やまと)は 国(くに)の真秀(まほ)ろば、畳(たた)なづく 青垣(あおかき)、山籠(やまごも)れる 大和(やまと)しうるはし」は、ヤマトタケルノミコトが今の鈴鹿市あたりの山麓で故郷をしのんで歌った歌だとか。その後死んでしまう。そして死後は白鳥になったとか。
  • 海に落ちておぼれそうというのに歌を読む天皇とか、戦のさなかに歌を読むとか、とにかく歌なんか読んでいるときじゃなかろうという時の歌が残っているというのがなんとも素敵。
  • 映画「殯(もがり)の森」だったかがあったが、殯宮(あらきのみや)という葬祭に関連する言葉がでてきてなるほどと思ったり

などなど。

 身長が数メートルもあるような天皇とか、200年近く生きた人もざらにいるとか(そうしないと帳尻があわないのだろうけれど)、実に不思議なところ満載。とはいえ、これがひとりの人間による口伝で残されたものをなんとか統一的な表記で文字に残そうとしたという、そのプロジェクトに関しては、なかなか立派なことをしたものだなと感心せざるをえないか。

 もう少しくだけた現代語訳のほうが、さらに読みやすいかとも思わないでもないが、十分に読める内容なので、信心とかはともかく物語として一読してみる価値は十分ありそうだと思った。ということで、この現代語訳のシリーズを少し読んでみようかな。なによりも福永武彦というだけでも、間違いなさそうだと思わせるし。

 やはり、次はこれかな。

4309407641現代語訳 日本書紀 (河出文庫)
福永 武彦
河出書房新社 2005-10-05

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B001393BRG殯の森
ますだかなこ, 斎藤陽一郎, 尾野真千子, 渡辺真起子, 河瀬直美
NHKエンタープライズ 2008-04-25

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