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女の由来


4886223001女の由来―もう1つの人類進化論
エレイン モーガン Elaine Morgan 望月 弘子
どうぶつ社 1997-12

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 先日の NHK でダーウィンを扱った番組があって、見ていたのでふと思い出した。思い出したときに書いておくとしよう。

 この本「女の由来」を知ったのはかつての本の雑誌。オールタイムベストだったかなんだったかの企画の際に目黒さんが紹介されていたのだと思うのだが、それはかつて二見書房から出版されたもので当時はすでに絶版になっていた。面白そうなので読みたいと思っていたのだが、ふと書店で新刊としておかれているどうぶつ社から刊行された新しい版を見つけたのでさっそくに買ったのだった。

 とにかくなるほどと思うことの連続。定説とされる人類の進化に関しての疑問を呈し、アクア説を唱えたのはアリスター・ハーディーで 1960 年のこと。それまでの多くの疑問を考えると別の視点がどうしても必要ではないのかというのが大雑把なところで、概して定説は男の視点であり神話であったと。

男を意味する「マン」と人類を意味する「マン」とのあいだにある語義上の混乱は、人類の起源、発達、そしてその特性についての考察を、これまで大幅にゆがめてきたのだ。
たいていの本は、そのほとんどの部分で女のことをきれいさっぱり忘れてしまっている。そして、<性と生殖>といった、省くわけにもいかないのでしかたなく設けた章でだけ唐突に女を登場させ、すぐにまた、「オーケー、きみの出番はもう終わりだ」と言い渡すのだ。

・・・・
女の形態的な変化はすべて、狩人の進化の模倣として起こったか、あるいはまた、男を喜ばすためにだけ生じた、というわけだ。

 なぜ体毛がなくなったのか。あるいは、産毛程度のものにすぎなくなったのか、という疑問にたいして定説では行動によって生じる体の熱を逃がすためになくなったのだ、といった説明をしているようなのだが、ではなぜ皮下脂肪などという体温を保つためとしか考えられないものが生じているのかと、疑問を投げる。それは寒かったからだと定説が答えれば、ではなぜ体毛を失う必要があったのか、とさらに問いかける。

 水の中で生活することになったと仮定すれば、着衣のまま泳ごうとするときの困難さからも長く厚い体毛の存在がいかに邪魔であろうかという想像はたやすい。しかし体温を調節するために皮下脂肪は必要になっただろう、と。

 そんなこんなで展開していく「女」の視点からのあらたな人類進化論は実に新鮮(いや、発表からはすでに半世紀あまりがたっているので新鮮というにはやや古いかもしれないけれど)。

「私はこの属性をセクシーだと感じる。したがってこの属性は、私にセクシーだと感じさせるために進化したに違いない」。こうした論法はまさに、女がお尻を振って歩くのはそれが男にとって魅力的だからだ、というのとまったく同じである。じつは女性がお尻を振って歩くのは、人間の子どもの知能がたいへん発達しているからにすぎない。頭蓋骨の大きな赤ん坊が骨盤を通り抜けられるようにする必要から女性の骨格は、男兄弟たちのようにはなめらかな二足歩行ができないような構造になっている。その欠点を男たちは、いかにも女らしいと感じて、魅力的だと思うだけなのだ。

 などなど。

 いずれにせよ、なにが正しいとか正しくないとかの前に、偏った視点で考えても答えが偏ってしまうだけという素直な認識を持つことが重要なのでは。その意味でまったく相対する視点での発想を与えてくれるという点で非常に貴重な一冊であることは間違いない。

 なにやらいろいろ出版されているようだが、目次を見る限りにおいては割りと類似の書物のようにも見えるので、次に読むとしたらこのあたりがよさそうかもしれないか。

4886223117人類の起源論争―アクア説はなぜ異端なのか?
エレイン モーガン Elaine Morgan 望月 弘子
どうぶつ社 1999-12

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