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邪魅の雫


邪魅の雫邪魅の雫
京極 夏彦

講談社 2006-09-27
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 「やっと終わった」

 それが正直な感想。とにかく長い。ひたすら長い。まあ、長いのが売りではあるから、今に始まったことではないしそういうものでもあった。が、それでもやはり長い。

 謎、アイデア、展開そのものは決してつまらないものだとは思わない。なかなかに読ませる面白いものがぎっしりと詰まっている。そこは面白い。ただ長い。無駄に長いといっていいと思う。

 で、あれもこれもと謎が絡まってしまってどうにもならないような状況になったと思った残り 100 ページで、いきなり「事件はこうだったのです」と解説が始まってしまうのはなんとも卑怯な感じ。まして相当に早い時点で読者には個々の事件のつながりはわからないにしても(実際分かり様のないつながりだと思う)、誰が一番の悪であるのかは察しがついてしまうにも関わらず、その人物の背景は最後の最後にドドーンと語られてお終いというのではなあ。そこまでは一体なんだったのだ? と虚しくすら思えてしまう。

 面白いがゆえに惜しい、そんな印象。

 で、いろいろそのあたりの理由は言われているようだけれども、そのひとつとしてあげたいのが、印刷ページに異様なまでにこだわりすぎるという問題はあるだろうなと。会話文も地の文も決してページをまたぐことを許さない。章の終わりは必ず一行だけ短くする。などということにこだわる必要がどこにあるのか、と。ゆえに無用に長々とひとつのことを表現を繰り返しながら書くものだからクドくなる。暗いという表現のために数ページを割く、といったように。いい加減うんざりもしようというもの。

 一方で筆が進んで余談が多くなる。そのページ補正のために余分に長くなる。そんな繰り返し作業が見えるようで。

 以前の作品がそうでなかったのか、比較してないのでそればかりをいうのは違うのだろうけれど、今回ほどそれを強く感じたことはないのもまた事実。半分の長さ、せめて3分の2程度であったらここまでの印象は残らなかったのかもしれない。

 いい加減妖怪の呪縛を解いて、自由に書いてもよいのではないかな、などとも思う。

 ひとつ気に入ったのは、中盤にでてくる家族にまつわる会話だ。

「家族にしろ友人にしろ、自分に関わりを持つ人間と云うのはね、鞄のようなものなんだよ」
「好きなんだが、繋がっていることが辛くなる。憎んでもいないし嫌ってもいない、繋がっていたい気持ちに変わりはないのに、繋がりを断ち切りたくなる瞬間(とき)と云うのは--あるよ」

 この感覚というのはよく分かるなと。

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