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誰がそれをするのか

 [ Phinloda の裏の裏ページ: ユーザーがどう動くか知るということと包丁人味平の関係 ]

 使い勝手のよいものというのは、ほんのちょっとしたところに配慮がゆきとどいていたりするもので、それがあるがために快適に使えるということはあります。

 最近思うのは忍者ツールズのページ。先日リニューアルされてからログインが面倒になってしまった。まあ、最近はアクセスアナライザーをメインにしているから、さほど気にならないともいえるのだが。

 トップページの右上にログインのための入力欄がある。

Ninjya_login_1

 ここに入力して”ログイン”ボタンを押すというと、画面は下のように変わる。

Ninjya_login_2

 画面のほかの部分はトップ画面とまったく同じで、提供されているサービスを宣伝して登録して利用しませんか、という体裁のまま。”管理ページ”と書かれたボタンを押してようやく管理画面に入ることができる。

 通常ログインするのはすでに登録してなんらかのサービスを利用しているユーザーなわけであるから、ログインしたら管理画面になっているのがよりよい形かと思うのだが。なぜかもうワンアクションしなくてはならない。なんのためのログインなのだろうかと。

 ユーザーインターフェースではないけれど、あらゆる作業というものも、似たような状況はある。作業現場において実際に作業している人は、いろいろの経験から様々な場合においてどのような動きや作業がより効率がよいかを知っているもの。

 にも関わらず、作業など一度もしたことがない管理者が、これは大事な仕事だから間違いがあってはいけない。わたしが思うにこうやればいいはずだから、その通りにやるように、などと指示するのは「ちょっと待て」ということがほとんどだ。

 自分でやったことがないから、その作業場における動線といったものすらわからないので、動きひとつをとっても無駄になる。手順も合理化されていないので、無駄が多い。などなど。無論、必ずしもその限りでない例がないとはいわないが、往々にして却って作業効率を下げるだけ。にもかかわらず、違うやり方をすれば「なぜ言ったとおりにやらない」と怒り出すし、どんなに時間がかかっても比較するデータを自らは持っていないために「やはりこのやり方が一番だな」などとほくそえむ。

 顧客の要望を一切知ろうとしない、顧客ニーズ推進委員会というのもまたそれに似ているのではないかな。

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