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耐震強度偽装とアメリカ?

 田口さんの書店日記を読んでいて知った「拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる」を遅ればせながら読んでいて、ちょうど昨年のマンション耐震強度偽装事件にからみそうな部分にふと想像をめぐらしてしまった。

 昨年の一連の報道では、そもそも民間の検査機関が登場したいきさつというのは、先の阪神淡路大震災を受けて建築基準法の改訂が行われた結果といったことだったと思う。また、それによってさまざまな基準がより厳しくなったという印象を普通は持つし、たぶん誰もが今もそう思っているのだろうと思う。

 ところが、どうもそういう考えは違うのではないかという不安を感じてしまう内容がかかれている。あくまでも「拒否できない日本」の記述からという前提で想像してみたのは次のようなこと(事実でないというわけではなく、他のソースを辿っていないからということ)。

1995年1月17日
阪神・淡路大震災
1995年11月
日本政府は建築審議会に建築基準法の見直しを諮問
1998年6月
建築基準法を全面的に改正

 というのが大まかな流れ。

 この改正は、

それは「約半世紀ぶり」という鳴り物入りの大改正で、建物の安全性などを審査する基準が抜本的に見直された。ひとことで言うとそれは、建築の建て方(仕様)を細かく規制したこれまでのルールを、建築材料の「性能」を規定する新しいルールへと変更するというものだった。これを官庁用語では「仕様規定」から「性能規定」への転換と言うのだそうだ。

 著者は、見直しが諮問されたタイミングから阪神・淡路大震災が原動力になったのだと想像した、と書いている。上の年代順を見ればしごく自然な解釈だ。しかし、建築審議会の答申書を読んでいて困惑させられたとある。 それは、
その答申書には、新しい性能基準は「国民の生命、健康、財産の保護のため必要最低限のものとする必要がある」と書かれているのだ。これは「最大限」の間違いではないか、と私は目を疑った。
という部分。(下線は本書のまま)

 ついでこのオリジナルはどうやら WTO の協定第二条にあるようだと記している。

WTO 加盟国の国内における強制規格(建築基準や食品安全基準などのこと)は、「安全保障、詐欺的行為の防止、安全、気候、基本的な技術上の問題等、正当な目的のため必要最低限のものであること」、そして「国際規格を基礎として用いること」と規定されているのである。
(下線は本書のまま)

 そして、建築審議会の答申書には、建築基準法の改正が必要になった背景には、

阪神・淡路大震災の教訓とは別に、「海外の基準・規格との整合性を図ること」と「我が国の建築市場の国際化を踏まえ、国際調和に配慮した規制体系とすること」が必要である、と書かれていることに気づいた。

 という事情があったようだ。

 そもそもの発端は、実は阪神・淡路大震災の 6 年前に発動されたスーパー 301 条で標的にされた、スーパーコンピュータ、人工衛星、そして木材すなわち建築材料だったという。

 アメリカは日本の建築基準法や製品企画などが、アメリカ製木材の輸入を妨害していると非難。日本は、度重なる災害の教訓から日本の国土の状況に即して定められているので緩和する意思はないと抵抗したが、アメリカは一方的に圧力をかけつづけ、ついには在米日本大使名でアメリカ通商代表部カーラ・ヒルズ代表(当時)宛に「木材製品に関連して日本政府が講じる措置」というタイトルの書簡を提出。

日米両国政府間の合意内容として、「建築基準は原則として性能規定とすることが好ましい」
と書かれていたという。

 こうしたことはアメリカ通商代表部が作成した『外国貿易障壁報告書2000年版に、日本の建築基準法の改正がアメリカ政府の要求に応じてなされたものであると明記されているという。それ以外にも、「定期借家権制度」「住宅性能表示制度」なども同様であると記されているそうだ。

 これらを追加してみるとこうなる。

1989年5月
スーパー301条発動(木材など三品目)
1990年6月15日
在米日本大使名でカーラ・ヒルズ代表に書簡を提出
1995年1月17日
阪神・淡路大震災
1995年11月
日本政府は建築審議会に建築基準法の見直しを諮問
1998年6月
建築基準法を全面的に改正

 震災の反省を受けて建築基準法を改正したというよりは、それを絶好の機会として利用したというのが正直なところというのは決してうがった見方とはいえないのだろうと思う。(ただ、そこへいたる 5 年という年月がはたして妥当な長さであったのかという疑問はなくもない。改正のための充分な準備作業にそれだけの時間を要していたということとも想像はできそうであるが)

 やや飛躍するかもしれないが、そうして考えてみると、そもそも安全面などはあまり重視されていない改正だったのだと考えれば、耐震強度の偽装事件も起こるべくして起きたということなのかもしれない、と。つまり、規制が強化されたのではなく、むしろ弱められていたという状況があったのではないかと。

また、地震が多い日本の建築基準は、海外の基準や国際規格より厳しくなっている。日本の基準を海外に合わせるということは、日本の基準を「必要最低限」まで緩和する、というに等しいのである。

 だからといってアメリカがそれを目論んでいたなどというつもりはないのだが、結果としてあるいは、もっと根の深いところではもっといろいろのことが潜んでいるのではないかと勘ぐりたくなる。

 現行の建築基準法と以前のものとの差異の詳細を知らないので、なんともいえないところではあるけれど、果たしてそれが本当の意味で国民の利益にかなうものであったのかどうかをまず問うべきなのかもしれない。そして、もしもより甘くなっていたというのであれば、耐震強度偽装事件における国の責任はより重く問われるべきではないのかと。


書店日記における「拒否できない日本」をめぐる話題については、 33、34、36、38、のそれぞれの回をお読みください。

#在日米国大使館のホームページから「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書 」(日本語訳も含めて)を閲覧することができます。

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