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公開もしている・・・

[ 2つのオープンソース::L'eclat des jours(2005-05-26) ]

 忘れないうちに覚書として。

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「意図しないCC/BCC」への対応版メーラー

[ 窓の杜 - 【NEWS】意図しない宛先にメールを送ってしまう問題に対応したメールソフトが続々公開 ]

 サイト上の「mailto」リンクからメーラーを起動したさいに、CC/BCC の設定がされていても気づかずに送信し、意図しない相手にメールを送ってしまう可能性がある。という点に対応したバージョンが発表されているそうです。

 これまでのものでも、CC/BCC が設定されていればなんらかのサインを示すようになっているものなどもあったようですが、不測の事態を招かないために、それらを無視するような対策が主にとられたようです。

 「mailto」リンクからメール作成をするという方は、念のため使用ソフトの対応を確認のうえ、バージョンアップやパッチをあてておくほうがよいかもしれません。もちろん、「mailto」からはまず作成しない方でも対策しておくにこしたことはないでしょうけれど。

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ココログでのテーブルタグ

 以前テーブルタグの表を入れたら不思議なくらいの空白が表の前に出来てしまい、困りました。他でも同様の現象を見て、仕様なのねえ、と諦めていたのですが、ようやく原因と対策がわかりました。

 ヒントは パソコンに振り回される日々: テーブルタグのテスト でした。ココログスタッフからのお知らせルーム へのトラックバックで見つけたのですが、根本的には「 TypePad の仕様」ということなのでしょう。

 プラス・プロでは本文の行末に自動的に改行タグをいれない設定ができますが、通常はむしろ不便ですから設定していない人のほうが多いと思います。
 これが悪さをしています。

 上の文をタグ付きで示すと次のように生成されます。

<p>プラス・プロでは本文の行末に自動的に改行タグをいれない設定ができますが、通常はむしろ不便ですから設定していない人のほうが多いと思います。<br />
 これが悪さをしています。</p>

 空行があるまでは同じ段落とみなされるので、全体が「P」タグで囲まれます。さらに行末に改行のための「BR」タグが入ります。テーブルタグで表を作る時、たいていは出来上がったイメージのようにタグを書いていきますから、その行数分だけ通常の改行がはいります。

 つまり、

<table>
<tr><td>項目A</td><td>1000</td></tr>
<tr><td>項目B</td><td>2000</td></tr>
<tr><td>項目C</td><td>3000</td></tr>
</table>
 と本文に記入すると、各行末に<br />が入って、
<table><br />
<tr><td>項目A</td><td>1000</td></tr><br />
<tr><td>項目B</td><td>2000</td></tr><br />
<tr><td>項目C</td><td>3000</td></tr><br />
</table><br />
 になってしまうのです。このためブラウザが表の形を維持しながら改行タグを表現しようとするあまりに、表の行数分の空白ができてしまうということです。(ブラウザの挙動については推測ですが)

 したがって、解決策としては、「表は一行にする( TABLE タグの中には改行を含めない)」ということになります。作成の段階では表のイメージがつかみやすいように上のような書式でよいのですが、本文にいれて確定する段階で改行を取り一行にするのです。

<table><tr><td>項目A</td><td>1000</td></tr><tr><td>項目B</td><td>2000</td></tr><tr><td>項目C</td><td>3000</td></tr></table>

 のように。

 これにより、表の前に無駄な空白が表示されてしまうことを防ぐことができます。

 先に示した過去の記事の表部分もこのように修正したので、正しく表示されるようになりました。

#以上を考えるとニフティからの回答は充分ではないですね。

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もしかして

[ ボーダフォンの3Gサービスでまた通信障害::ケータイWatch ]

『腐ってやがる。早すぎたんだ』
風の谷のナウシカより

 というわけでないことを祈るばかりです。

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チョロQワークス


B0007XQ3XIチョロQワークス


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 チョロQゲームをお子様のものと思っているあなた、もったいないですよ。

 レースの醍醐味も、ゲームの楽しさも、もりだくさんのゲーム。それがチョロQ。

 みかけのかわいさで判断したら損しますよ。

 公式ページムービーもなかなかわくわくさせてくれます。

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安心できるのかなあ・・・

[ 「過失はない」としながらも不正アクセスの詳細の言及は避ける~カカクコム::INTERNET Watch ]

 ということですけれど、

[ 13Hz!: カカクコム、ついに「過失なかった」と主張 ]
[ 13Hz!: カカクコム改ざん事件は、SQLインジェクションによる攻撃だった ]

 とか読むだけでも、いやーな気分が漂ってしまいます。詳しくないのでよくはわかりませんが、少なくとも OS のセキュリティパッチを当てていたからセキュリティは万全だったみたいなこと云われても。個人がパソコン使っているレベルとは違うわけですから。

 これまでちょくちょく使ってきましたけれど、利用の仕方を考えなくてはならないのでしょうかねえ・・・

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虹の解体


4152083417虹の解体―いかにして科学は驚異への扉を開いたか
リチャード ドーキンス Richard Dawkins 福岡 伸一


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リチャード・ドーキンス:虹の解体虹の解体
リチャード・ドーキンス
福岡 伸一:訳
早川書房
2001年3月発行
本体2200円 @niftyBOOKS

 虹の七色の原理を、プリズムによる日光の分光で解明してしまったときに、せっかくの虹の神秘的な側面をだいなしにしてしまったといった声があったとか。さまざまな事柄をドーキンスが解体しているのが本書。それは遺伝子であったり、天文学であったり、音であったり、はたまた占星術だったり、法律や裁判であったり。読み方としては邪道なのかもしれないけれど、物事の裏側の真実を見極めるというのはどういうことなのか、またそれはどのようにして行われるべきかといった示唆を得たという意味で意義深いものだった。

 たとえば占星術。「木星が○○座に入りました」とか云っているその意味を考えると、確かに笑うしかない。地球から見えている星座はみかけのものでしかない。絶対的にまったく無関係な距離や位置(空間座標)にある星々がたまたまある地点からみたときに特定の配置に平面状見えているだけであるのに、その配置に意味があるとするのは科学的にはまったくナンセンス。遠く離れた天体から見たらまったく異なった配置になってしまうのだから。

 大切なのは科学的な判断と、その他のものとを切り分けて考え、きちんとした判断をくだすのは科学的な目で、そうではなく楽しみとかの部分はそれとして楽しむ、ということでは。星占いが悪いとまではいわないが、生活のすべてをそれに左右されるのは無意味だということは理解し認識する必要があると。その上でお遊びとして楽しむのはそれはまた別の話であろうと。

 わたしたちがさまざまなまがいものに騙されてしまう背景のひとつには、基礎的な科学知識の不足があるのでは、という声を聞きますが、それはあながち間違いではないのではないかと、本書を読んで強く感じます。理科や算数なんて大人になれば必要無い、と思われがちですが、簡単に騙されない人になるための大切な学習であるというものかもしれません。

#それにしても発行直後に購入したというのに、読んだのはようやくの今(^^;

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忙しいのかヒマなのか

兼業主夫田舎暮らし@北海道: 定時に帰りたい
パート社員な毎日: ノーモア・長時間勤務

 から感じたことなどを。

 仕事がなぜ忙しいのかという理由にはもちろんいろいろあるでしょうが、大きくふたつの理由に分けられるのではないでしょうか。ひとつは会社の実績や様々な競争などから、仕事ひとつひとつの単価を高くすることができず、さりとて最低線の売上を確保しなければ社員の給料はおろか会社の存続さえ危ぶまれるような場合(薄利多売的とでもいいましょうか)。もうひとつは業績その他にはさほどの問題もなくやみくもに働かなくても会社としてやっていける状態であるのだが、今の会社でどの程度の仕事量をこなすことができ、また収益をあげていくための仕事量などの適切な判断がつかずにとにかく受注している場合(さながらオーバーフローとでもいいましょうか)。

 前者の場合は死活問題ですし、忙しさを解消するために人手を増やせば人件費が増えるという自己矛盾をはらんでいるために、なかなか根本的な解決策を見つけられない場合が多いでしょう。

 後者の場合は、単純にいえばバカだから、ということになってしまうでしょうか(^^; (必ずしもこの限りではありません。お含みください)

 もちろん仕事量の判断はその内容によって一律に判断できるものではありませんし、適切な判断が難しいものであるのは確かなことです。そうしたことのひとつの判断基準としても いが さんの記事で言えば「人月」という概念があるともいえます。過去の経験や実績などからその仕事がどれほどの人数と時間をようするものか、ひいては価格としていくら必要であるといった目安となるものです。

 わたしは過去にどこかで見知った「時間人(じかんにん)」という言葉を使っていましたが、意味するところは同じです。月という単位で考えるのであれば語感としては「人月」というほうがなじみがよさそうです。(「じんげつ」と読むのか「にんげつ」と読むのか?)

 以前の仕事でも作業量を時間人として常に把握していましたから、その日の作業はもちろんその週なり、先の仕事に関しても大雑把な見通しを即座に立てることができます。結果として定められた期日には到底間に合わない仕事量であるのであれば、人手を増やすように手配をしたり、あるいは先延ばしが可能な仕事があるのであれば、それを後回しにする。といったことが可能になります。

 仕事の内容が毎月なり同じ事(あるいは似たような事)をしているのであれば、そのような段取りも取りやすいでしょうが、いつも新しいことをやっているのだとか、そうした枠では扱えない部類の仕事なのだ。ということももちろんあるでしょう。ただ、それでもおおよそのところでそうした判断はつくものですし、またそもそもそうでなければ仕事にならないというのも事実でしょう。

 仕事量のバランスということもあります。
 月のはじめは暇なのに月末の一週間程度にひと月ぶんもの仕事がギュッと詰め込まれる。などというのは問題でしょう。それが止むを得ない場合で、そのときだけならまだしも、改善することが可能であるにも関わらず、一向に改善しようとしないのであればそれは仕事の管理が出来ていないと云わざるを得ないのではないでしょうか。とかくしわ寄せは末端に押し付けられるのです。

 「元から絶たなきゃダメ」なんてコマーシャルもありましたが(昔だな)、発端をなおざりにしたまま末端を直そうとトリッキーなことをしたところで、ますます深みにはまるばかりです。小手先のことで済むのは非常時だけです。

 最近紹介をしている千葉敦子は「ニューヨークの24時間」の冒頭で、

人間は「忙しい人」と「ひまな人」とに分けられる
 と書いています。さらに忙しい人について、
この中には「忙しがっている人」も随分います。仕事の整理やつき合いの整理が下手なために忙しがってばかりいるけれど、よくみると、むだが多いというタイプです。
 と。

 個人や会社、はたまた社会というものを考えても「忙しい」のか、それとも「忙しがっている」のか、ということを見極める必要はあるのでしょう。

 もちろん いが さんが指摘していた地域における特性といったものもあるのは確かでしょう。

 どこであっても多様性があることは望ましいとは思いますが、考え様によっては自分の希望にあう場所へ移るという選択があるのだとしたら、それもまたひとつの解なのだと思います。とかく収入が多ければ多いなりにまた多くを使ってしまうものですし、程度はありますが、少なくてもそれなりきに生活できるというのもまた事実です。要は今の自分が何に重きをおくかということがもっとも考えられるべきなのでしょうね。そうはいっても、というのも世の中ではありますが(^^;

 うーむ、なんだか論旨がまとまらないままのような気も・・・

 きゃらめるさんの「うつ」に関する話題についてはまた改めて。

[ 兼業主夫田舎暮らし@北海道: 定時に帰りたい ]へひとまずトラックバックします。

#時間をおいて読み返すとなんとも冷や汗ものですね(^^; 反省

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デジタルラジオ

 新聞を見ていたら、来年(2006年)から簡易動画も放送できるデジタルラジオを始めることを総務省が正式決定したそうな。テレビのデジタル化はよく知られているところでしょうけれど、ラジオもなのですか。

 利点であるとか欠点であるとかいろいろあるとは思うけれど、FMの見えるラジオを有名無実にしてしまったことから考えても、ラジオに関して云えば成功するとも思えません。今現在、見えるラジオの受信できる機器はカーオーディオくらいです。携帯型ラジオもまず見つけることはできません。数年前にFMラジオを内蔵した携帯電話を出した au にしてもその後はさっぱりですし(見えるラジオではない)、テレビ・ラジオチューナー内蔵を出している Vodafone にしても見えるラジオに対応しているものはありません。

 見えるラジオはFM限定とはいえ、ラジカセとかすべてのラジオ機器に導入していたらとても便利なものだったと思うのですが、実際にはほとんど使われていない。だから災害時にもまったく使われなかった。普及してないんだからそりゃ無理です。活用する気もないのでしょうね。

 にもかかわらずデジタルラジオ。見えるラジオを駄目にしたのがメーカーなのか、業界全体なのか、はたまたラジオ離れが原因なのかは分かりませんが、普及に力をいれ、きちんとしたサービスを提供できるとは到底思えません。

 そもそもラジオで動画が見られたって、それってテレビのほうがよほどましですから。デジタルにすればいいってものじゃないはずなんですけれどね・・・本当の思惑は別にあるのですよね、きっと。

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ウィザードリィ・外伝 戦闘の監獄

B0007L45BWウィザードリィ・外伝 ~戦闘の監獄~ Prisoners of the Battles


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 発売になってしばらくたつけれど、昔 5 インチディスクでかちかちとやっていた頃、紙にマッピングしていたあの頃、そんな懐かしい雰囲気で作られたという噂なのでちょっと興味津々。パッケージもあの頃を思い出させます(^^;

 久しぶりに Rogue なんかもやってみようかしら。

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乳ガンなんかに敗けられない


4-16-336701-2乳ガンなんかに敗けられない
千葉 敦子(ちば あつこ)
文芸春秋社
1981年6月発行 絶版
本体1200円

 1980年に乳がんを発見し切除手術をするまでの記録だが、恐らくそれは多くのこうした体験記録・手記といったものとは違っているだろうと思う。恥ずかしながら他のものを読んでいないのであくまでも「思う」でしかないのだが。けれどもその行動の経過はわたしたちにとっても多くの示唆に富んでいるし、もしもこのような事態に遭遇した時には非常に参考にすべき内容であるのは間違いない。

 彼女は自らしこりを発見し、それまでに様々な予備知識を得ていたので迷うことなく診察を受けることにするが、信頼のおける第三者にアドバイスも受けた上でどこの医師に診察を受けるかを決める。とかく彼女ほどの知識と探究心を持ち合わせていると誰かのアドバイスなど受けるものか、自分のことは自分で決めるといった風になりがちだが、「必要なときに必要なアドバイスを求めることができるというのは大切なことだ」と、別の本で書いている。

 最近でこそ患者がもっと病気のことや病院・医師のことを勉強し、自分で充分に納得して医療を受けることが求められ、また認められるようになったけれども、当時の日本においては嫌な患者という受け止め方をされたかもしれない。

 そんな積極的にみずからの病と闘うという部分とは別に、乳房を失うということに対する不安といったものも素直に書いていたり。けれどもそこにこだわって留まらないという姿勢は学ぶべきものが多い。同時にジャーナリストとして、入院や病院というものをみつめ、よりよい関係や環境とはどうあるべきかも考えさせる。

 千葉敦子の本を読むようになって実行したことがある。それは赤鉛筆を用意して本を読むこと。気になったり、気に入った部分にはどんどん線を引く。サインペンなどでは裏映りしたりするし線が主張しすぎる。赤鉛筆は優しく、けれどもきちんと主張する。過去になって読み返したりぱらぱらとめくると、かつて自分が何に感じたのかなどが分かるのもまた楽しい。本書では次のようなところに線が引かれている。

あるていどの期間服用する薬について、患者に何であるかの説明をしないのは医学的にみても問題である。

砂田にしても、ほかの友人にしても、立派なのは、いったん私が断ったら、もう一切私のすることに口出しをしないという態度である。

何もガンに限らず、医学的処置について患者は知る必要がないと考えている医師、看護婦が、日本では圧倒的に多い。

 本書の結びの一文などはいつまでも印象に残るが、あまり引用するわけにもいかないのでぜひ古書店などで入手してください。

 なお、文庫版の表紙はあたりさわりのないイラストになっていたかと思うのですが、彼女自身が好きだった乳房を、記録のためにも、そして記憶のためにもとプロの写真家に撮影してもらった写真を表紙に使っているハードカバーが、わたしは好きです。

≫千葉敦子の著作一覧

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マニュアル

 以前の仕事で作業のマニュアル(というほど大仰なものではないけれど)を作りました。現業でしたのでイレギュラーな作業をしなければならない場合の注意であるとか、現状行っている効率のよいと思われる作業方法、ものによっては特殊な事務処理の手順などについてをまとめてみたのでした。(なんだか大仰な雰囲気はするなあ)

 もともとは自分で一応形を残しておこうかと始めたのですが、そのうちに全員に対して作成するようにというお達しがでました。となると一応漠然とながらも締め切りなどというものが設定され、それまで自分のペースで休み時間や休日を使ってデータの作成など準備してきたというのにまたぞろ時間がなくなるのかあ、と嫌な予感を覚えたものでした。

 個別の作業に関わるその時点での作業時間や人数などを調べ上げ一覧表にすることは、その後担当者が変わったときに仕事の目安をつけるという点で有効でしたから、過去のデータを整理して現状としてのおよその数値をだします。

 さらに現業であるということは、機械的な作業などもあるわけでそうした作業の仕方であるとか、機械類の操作・日常的なメンテナンスなども知っていなければならないし、知っていれば役立つことも多いです。しかしこうしたことは文字で書かれていてもなかなか理解は難しい。伝えることも同様です。なんとか動画にしたい。と思ってはいましたが、さすがにデジタルビデオカメラなどは高価です。デジタルカメラの動画機能もありますが当時は時間の長さであるとか、いずれにしても購入しなければならない。

 幸いにしておもちゃのようなウェブカメラもどきを入手して試してみると、困らない程度の映りではあるのでこれを使うことにしました。(他にあまり活用の場もないので)決して安いとは云えないにしても、きちんとしたものを購入するのに比べたらはるかに安いのでまあよしとしようというところです。

 動画以外にも様々な写真を用意し、動画を撮り難いものについては静止画で順を追って解説するなどした HTML にしあげました。商品はもちろんのこと資材や作業内容の全般について必要な事柄を PC で確認できるように。残念ながら現場には PC がありませんでしたが、担当者があらかじめ学習したり、新人さんの全般的な研修的にも使えるように心がけたものでした。

 しかしこうした作業は時間がかかります。それまでにも簡単なものは作ったことがありましたが、今回は少々大きなものなのでそれらのリンクや画像の切り出し・補正、画面の確認・修正などをしているだけでも休日はもちろん、平日の深夜にまで作業したものです。

 一方で上からは「いつ出来るの?」ということで、見通しを話したり、作成途中の画面を見せてこういうものなので少し時間はかかるけれどと説明はするものの、それにどのような時間が必要なのかということが彼らには理解できていないのだから、結局「で、いつ出来るの?」に終始してしまう。

 出来上がった HTML を納品(提出という感じではなかったな(^^;)するには CD にする必要があったので、CD 作成のための PC を新調。それまでは 486DX2 で Win95 マシンだったのだから。とはいえ、それは CD を焼ける環境が揃ったというだけで、作成するのは初めてのこと。添付のソフトは使い方が分かるような分からないような代物。結局なんだかんだと失敗を重ね、ようやくいいかなと思うとリンクがおかしい。ありがちな失敗だがリンク先が C ドライブになっている。何度となくテストはしているが同じマシン内であるから問題なく見えてしまう。時間は深夜になって回転も鈍くなる。当然昼は昼で忙しくお仕事である。

 そんなこんなでなんとか約束の期日に少し遅れたくらいで完成し、手渡すとヒョイと棚の上に置かれた。そして再びそれに手が伸ばされたのはひと月後のことだった。わたしはいったい何のために深夜まで無給で作業をしていたのだろう。忙しい時期であったのは理解できる。とはいえ全体をザッと見るくらいのことはするべきだったろうなあ、とわたしがその立場であったら。

 そうしてその後半年くらい更に期間を待ってほぼ全員のマニュアルが提出された。当初の目的は「誰がその仕事をすることになっても困らないように。」というものだった。しかし、その後そのマニュアルが使われることはおろか、目に触れることすらない。目的は作成することにあったのだ。使うことにではない。

 虚しさを覚えるのはもちろんだ。とはいえ、どうせこの会社は使えないだろうなあ、という諦めも感じていた。その CD には多くの有用な情報が詰まっている(自信過剰かもしれないが)。今、段取りが取れなくてあたふたしている。ちょっとそれを見れば、答えは示されている。マニュアル通りにしか動けない人材は大局的には使えないかもしれないが、マニュアルが必要ないわけではない。逆にマニュアル通りに動く人材はある人々には非常に使いやすいかもしれない。そのような場合にはむしろマニュアルは邪魔なだけかもしれない(ある人々こそがマニュアルであるから)。

 どのように自明のことであっても自らが体験するよりないこと、というのは間違いなく存在する。過去の経験や例から結果がわかりきっていることでも。そこで大切なのは既に例示されている事柄と自分が未経験なりに考えていることの双方を経験してみて、自らが結論を出すことかもしれない。

 でも、せっかくあるんだから、やっぱり使って欲しいですね・・・

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価格.com一時閉鎖中

 [ 価格.comが一時閉鎖、不正アクセスでトロイの木馬を仕込まれる::INTERNET Watch ]

 ニュースなどあちこちで報じられているようですが、個別の批判や感想はともかくとして、5月11日に不正アクセスによる改ざんが発覚し、サイト閲覧者にもウィルス感染の恐れがあるという事実にまずは利用者も対処しなければならないでしょう。

 わたし自身は最近あまり用事がなかったのですが、今月にはいって数回は見ていたと思われます。用心はしているとはいえ、続報を見守りながら異常がないのかどうかを確認する必要はあるでしょう。

 観測気球さんの記事を見ると、確かに危機管理に対する認識の甘さは否定できないでしょう。先日友人から聞いた話で、昨年の新潟中越地震の際に契約しているサーバーサービスの会社にも被害があり、そちらでもサービスは停まったそうなのですが、四国のほうだったかにバックアップが用意されており、サービスが完全に停止してしまうことはなかったそうです。個人で運営しているというのに。こういうところは信頼もより高くなるというものでしょう。

 また、発覚してから一時閉鎖にするまでの期間について、その甘さを指摘する声もあります。

 現時点でもウィルス対策ソフトで検知・駆除が可能であるとして、同サイト(価格.com)で案内が出ていますので、特に対策ソフトなどを利用せずにアクセスした恐れのある人はすぐにでも確認をされるのが賢明でしょう。また、他の対策ソフトを利用している場合には対応の確認を待つか、いったんアンインストールした上で確認済みのソフトを入れるなどしたほうがよいかもしれません。(異なる対策ソフトを複数いれると動作がおかしくなることも考えられるので)不安な場合はメーカーにご相談を。

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ヴィーナス・プラスX

4336045682ヴィーナス・プラスX
シオドア・スタージョン


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大久保 譲: ヴィーナス・プラスXヴィーナス・プラスXシオドア・スタージョン
大久保 譲 訳
国書刊行会
2005年4月発行
税込み2310円 @niftyBOOKS

 面白そうだけれど、高い(^^;

 最近あれこれと翻訳が続いていて、注目されているようですね。やっぱり「人間以上」かなあ。吾妻さんも泣いてしまったと言ってるし。

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Firefox 1.0.4 日本語版公開

されていました。アクセスが集中してつながり難くなっているようです(^^; (16:20現在)

http://www.mozilla-japan.org/

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メーラーの何故

 ニフティのパソコン通信以来ずっと NifTerm を愛用している。とはいえこの三月でフォーラムが終了し(一部はウェブフォーラムとして存続してはいるが)パティオも今月五月で終了する。唯一メールサービスだけが来年の三月まで提供される。ということもあって今メーラーをあれこれ試している。実を言えば以前にも試してみたことがある。友人が自宅にサーバーを置き、そこでメールを試したりしたときに使ったのが EdMax のフリー版。使い勝手もまずまずだしテキストをベースに使うことが出来ると言う点でも良かった。動作の軽さも良い。

 最近になって使ってみているのが Thunderbird 。やや重さはあるけれど独自に学習してくれるあたりとかはなかなか便利でもある。

 不思議なのはこれらのメーラーが一様に送信トレイ・受信トレイというように、送信メールと受信メールを分けていること。NifTerm では一律に扱ってきた。フォルダ分けするにしても相手先によってわけるので送受信が時系列に沿って並んでいるほうがメールのやりとりが見えて絶対に便利なはずなのだ。だが、なぜかインターネットメーラーと言われるメーラーは送受信は別フォルダというのが標準になっている。

 もちろん、メールの振り分け機能を利用することで実現できるのは分かった。けれども友人とやりとりするにしても仕事上で相手企業とやり取りするにしてもその相手ごとにフォルダを分けるのに送信は送信だけ、受信は受信だけという標準の仕様というのはなんだか実際に即していないように思える。振り分け機能を使えば実現できるとはいったが送受信それぞれのフォルダに対して設定をしなければならない。まあそれほど仕分ける相手は多くないので構わないともいえるけれど。

 個人的な理想はこうだ。
 アドレスに登録したら自動的にその名前のフォルダが作成され、送受信メールの該当するものがそこへ振り分けられる。新たな設定は必要ない。ただし、例外などが発生する場合があるのでそれに対応するために独自の振り分け定義もできる。また、アドレスによっては個別のフォルダを作る必要がないものもあるかもしれないので、自動処理をするかどうかのチェックができるとよい。標準では自動的にフォルダを作って振り分けるようになっている。

 そうすることで共通の送受信フォルダにはそれ以外のイレギュラーなものだけが入ることになり、たとえばダイレクトメールなどのいらないものはゴミ箱に振り分けるような設定をいくつか行っておくことで、ある程度の処理をし、なおかつ残っていたものについては手作業で処理をする、といった感じだ。

 メーラーを探してみてもなかなかそうしたものは見当たらない。これは自分で作るしかないのだろうか、とも思っていたのだが、NifTerm ライクなメーラーの開発が NifTerm の作者によってなされており、これは基本としてはこれまで通り一律に扱ってくれるようだ。もしも期待する動作が盛り込まれるのなら、きっと使うことになるだろう。まだ形はまったく現れてはいないのでβ版なりの発表を心待ちにしている。

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千葉敦子のななめ読み日記

4837901964千葉敦子のななめ読み日記―365日の読書ノート
千葉 敦子

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千葉 敦子著: 千葉敦子のななめ読み日記千葉 敦子著: 千葉敦子のななめ読み日記
- 365日の読書ノート -
三笠書房 知的生きかた文庫
1987年9月発行 絶版
本体420円 @niftyBOOKS

 どちらにも画像がないため自前の画像。

 千葉敦子が亡くなってから18年が経とうとしている。今では名前も知らないという人も若い人のなかには多いかもしれない。もちろん、縁の無かった人にはいくつであろうとも知りえないというのは確かなこと。けれども、千葉敦子はその生きかたといい働きぶりといい、よきにつけ悪しきにつけいろいろのことを考えさせてくれる。
 残念ながら絶版が多いけれど、これから少しづつ紹介を。

 文字通り一年間にわたって千葉敦子が買った本、読んだ本の記録。「はじめに」のなかでこう書いている。

『よい書物ほど人生を豊かにしてくれるものは滅多にないと思うが、一方、下らぬ書物ほど貴重な時間を浪費するものもない。しかしその区別を見きわめていくのは、個々の読書人の仕事だ。各人はそれぞれのライフスタイルに合わせた読書の方法を身につけていくしかないのだろう。』
 歯に衣着せぬ感想は時に畏怖すら覚えそうだが、けれども非常に素直な意見を踏まえた上で自分も読んでみようかと思わせるなにかがそこにある。自分ではとうてい出会うことのなかったであろう本と出会えるきっかけとしても興味深いだけに絶版は惜しいです。

 「夜と霧」も「生体解剖」もこの本がなければ読んでなかったかもしれません。

 余談ではあるけれど、時折思い出すのは、"The Official Rules" の中で傑作だったと紹介していた「新しい勤務規定」だ。一部だけ引用します。

<病気>どのような口実も受けつけない。病院に行かれるくらいなら出勤できるはずだから、医師の病気証明は受けつけないことにする。

<(本人の)死亡>これは口実として受けつける。しかし代わりの人に仕事を教える義務があるので、二週間以上前の事前通知が必要。
 これって翻訳がでているんだろうか。読んでみたい本です。

≫千葉敦子の著作一覧

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まさーるのページ

 [ 復活::L'eclat des jours(2005-05-09) ] から復活されたページをみて、ようやく思い出しました。昨年 Excel ファイルを grep する Ruby スクリプトを作っていたときに参考にさせていただいたページでした。今しがたブックマークを開いてみると確かに削除されていて「Not found!」になってしまいます。
 先の列車事故で亡くなられたのが まさーる さんであるというつながりがわたしにはありませんでした。改めてご冥福をお祈りいたします。

#奇しくもRubyist Magazine - 0006号の巻頭言でまったく同様のことに触れられていました。自らを省みる思いです。

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もしあなたが・・・

[ [アラン・ケイ] UCLAの授業::Squeaker大島芳樹のカリフォルニア日記 ]  L'eclat des jours(2005-05-06) 経由。
 

『もしあなたが部屋の中で一番賢い人だとしたら、あなたは間違った部屋にいる』

 この言葉を見て、ふとワインバーグの次の言葉を連想した、
 
『もしあるプログラマがかけがえのない人物だというなら、彼をできるだけ早く追い出せ。』(「プログラミングの心理学・25周年記念版169ページ)

 決して同じことを言っているわけではないし、よく考えるとまったく関係のないことなのだが、浮かんでしまったものはしかたがない。けれどもどちらもとてつもない真理を含んでいるのは間違いないと思うのです。

 もちろん後者の意味するところは「目の上のたんこぶは早いところ無くしてしまえ」「うるさい奴は排除しろ」という意味ではない。とかく陥りがちな、

プロジェクトは、一人の「キーマン」がいなくなったとたんに崩れ落ちる、トランプで組み立てた空中楼閣のようなものではない。少なくとも、そうあるべきではない。(「プログラミングの心理学・25周年記念版169ページ)

 という点に関して示しているものだ。

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bk1 と nifty

 bk1 のリニューアルに関してのごたごた(柔らかくいえば不具合ですか)はなんだか傷口を広げるばかりで、本当の意味での解決への糸口を見出せなくなっているのではないだろうか。それは先般も大事故を起こし、それに関連して数々の問題を指摘されてきた JR 西日本にも顕著に見られるように日本のあちこちの”怪社”で今も存在しつづけている問題のひとつなのかもしれない。

 [ bk1は「商売上手」::Alisato's 本買い日誌 ]
 [ bk1クッキーの罠::Alisato's 本買い日誌 ]

 そしてとうとう責任者の河野氏が bk1 を退職するにまでいたってしまったようだ。

 [ smashmedia: お世話になりました ]

 辞めたから bk1 のシステムが正常になるとか、良くなるとかでないのはもちろん当然のことだけれど、もはやどうにもならなくなってしまった会社というシステムに留まることすらできなくなってしまった、ということは理解できるし、少なくともあれこれと積極的に対応にあたっていたことを思えば(必ずしも良い対応・対処ばかりではなかったようではあるが)、同情を禁じえない気持ちもなくはない。

 御身大事の御老中ばかりでは閉塞感を強めるばかりだ。

 先日「スマトラ島募金のその後」と題した記事を書いたが、虚しくなったので一旦削除した。トラックバックを送ってしまったのでそこから来る人にはまるっきり削除したのでは、分けが分からないのでその旨を記載したものに変更してある。とはいえ、そのままでいいのだろうかという気持ちもある。上記の bk1 関連の記事を読んで改めてそんなことを感じてしまっている。

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クラカチット


4-931266-11-8
クラカチット
カレル・チャペック 著
田才 益夫 訳
楡出版
1992年6月発行 絶版
本体2427円

 13年も前に購入したというのにようやく読んだ。当時は「絶対子工場」だとかチャペックの未訳作品の出版があいついでいた。その後「ダーシェンカ」とかで別の意味でのブームがきたりもしたが、結局大きなブームにならずに終わったような印象。

 本作は、原子爆薬”クラカチット”の製造方法をめぐっておこる発明者プロコプの恋と冒険を描いた、といううたい文句なのだが、正直なんだか一貫性にかけて少々面白みに欠けた印象を拭えない。

 なんだか意味不明の記述がえんえんと続いたと思ったら、それらはすべて熱病によるものだったというくだりが二度もでてきたり、ある国の王女とのややゆがんだ恋愛話が後半の大半をしめたり。せっかく現代における核兵器にまつわる物語として期待させておきながら(いや、期待したのは勝手にかもしれないけれど・・・)、そのへんは中途半端になってしまった感を否めない。

 終わりにしても「それで?」という終わり方だし。まあチャペックらしいともいえるかもしれないのですが(^^;


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本棚、散歩プロジェクト

 更新日記 で藤岡さんが面白い試みを始められた。WEB上の仮想書棚を作成する Vookshelf Project と散歩の位置を記録する Walking World Project のふたつ。

 Vookshelf は背表紙画像にマウスを合わせると表紙画像に切り替わるというのも面白い。ただ、希望する本にあわせるためには画面右からマウスを移動しないとだめ。もしくは上下からか。表紙画像が開いたところで右側に全体がずれてしまうために左側から移動していくと飛び飛びになってしまうのがちょっと残念。とはいえ、ご本人もとりあえず自分のためにというようなことを書かれていたので、それはそれで承知していればよいのだと思う。

 Walking World は携帯電話の GPS 機能を利用して散歩中に撮った写真を緯度経度にそってプロットしてみようというもの。空白地帯ができたり集中するところができたりというのはちょっと面白そう。

 どちらも Java Script を有効にしてご覧ください。

#写真に GPS データを入れられるという記事をどこかで見たと思っていたのに、なかなか思い出せなかった。ここだった。

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今さらながらの和食修業

今さらながらの和食修業
阿川 佐和子


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阿川 佐和子: 今さらながらの和食修業阿川 佐和子: 今さらながらの和食修業
集英社
1999年10月発行
税込み1680円 @niftyBOOKSで

 料理本は本当にたくさんあってどれを買おうかと見ているうちに目移りするほど。

 そんななかでこの本はエッセイとしても充分に楽しめ、かつ作り方もきちんとしている、とわたしは思います。これ重要です。本にしても、その内容にしても、はたまたその著者にしても、読者の好みというのは千差万別。料理の作り方にしたって本によって違いが大きかったりもしますし。

 実際にいくつか作りましたが、これまでの作り方よりもよいなと実感したこともあり、わたしはこの本が今お気に入りです。切干大根とかひじきとか(なんだか安上がりなものばかりですが(^^;)実においしく仕上がったので、以来ちょくちょく作っています。昨日も切干大根を煮たところだったり。

 実際に習っている最中のことを読めば、「そうそう」とうなずく人もあるかもしれないし、「そんなことも知らなかったのアガワさんorz」てなこともあるかもしれない。

 でもきっとそうしてその過程を読んでいたり、写真を見たりしているうちに必ずや食べたくなるというもの。作りたくなるというもの。

 文庫も出ていますが、ぜひとも料理本は大きな本でどうぞ。

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