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会社というもの

 『兼業主夫田舎暮らし@北海道: 働く目的』にトラックバック

 常々「会社」というものは「お化け」だと考えてきました。つまり実態のないものだという意味でです。

 「会社のためだ」とか「会社の決定だ」などという言葉を聞くことがありますが、その「会社」って誰?という感覚というのは普通にあるはずです。もちろん「誰」というのはあたらない、というのも正しいでしょう。しかし、たとえば後者の決定を下した会社というのは何か?と考えると会社という存在が何かを考えたり決断したりということは出来るわけがないわけで、つまりは会社とされている誰かが決めている。一般的なところで云えば役員とか大雑把にトップなどといわれる人々が決めていることです。「我々が経営しているのだからそれでよいのだ」ということでしょうが、「会社の決定」ではなく我々もしくはわたしの決定にしか過ぎないのですよね。

 ところが現実にはそれが実態のない、誰でもない「会社」というものの決定にすりかえられてしまっている。お化けの所以です。

 本来、利益を追求することと、形や種類は違うにしろ社会に貢献したりサービスを提供することを目的にさまざまな仕事が行われ、それを運営していくための形態として会社というものが存在しているのでしょうが(非常に極端な定義づけかもしれませんが)、どこかで何かが入れ替わってしまい、「会社」という誰でもない誰かの存在が出来てしまったときその会社は「お化け」となるのではないかと。

 さながら「座敷わらし」のような存在といえばよいでしょうか。むろん、「座敷わらし」はいたずらはするが悪事はしませんから、正しいたとえではありませんが。

 そうしてなんだか分からない「会社」のために働いていたり、「会社」を大きくすることに熱心で個人を省みないといったことに発展し、本来の目的などどこかへいってしまった、そんな会社が多いのではないでしょうか。顧客の要望をもっと満たしていこうと掛け声は掛けながら、実際にやっているのは毎朝元気に挨拶しましょうやら、整理整頓をしましょう、などというモットーを繰り返すばかりでは何にもならない。まず顧客の声を聞くことであり、自分がその立場にたって物事を考えることであり、そのためには何をしなければならないかを考えるのが基本だなどということは、子供にでも分かるようなことです。

 お化けとなった会社はそんな判断も出来なくなってしまいます。

 会社の大小に関わらずそれは起きることではあるけれども、大きい会社ほどそのきらいは高い。大企業病というもののひとつなのでしょう。

 あなたの会社はお化けですか?


*なんだかあまり内容がないばかりか、ちょっと的がはずれているようなので、コメント的な意見をこちらに
 特にこれといった不満があるわけではないが、もやもやとしたものを感じてしまうとのことですが、それはきっと多くの人が持つことがある感覚だろうと思います。わたしなどはそんな感覚ばかりだったために、ろくな人生にならずにおります。
 ただ、その感覚そのものが悪いことだとか間違いだとかではないのは確かです。とりたてて不満のない会社は大切にして良いと思いますし、そのもやもやを昇華させることが出来たとき何かがつかめるということもあるかもしれません。
 いたずらに退職したところでその後がよいとは決して云えず、割り切れる部分であるのであれば、いっそ割り切って会社を利用する(誤解をまねく表現ではありますが)くらいの気持ちで仕事に臨んでもよいかと思います。仕事はきちんとこなすがそれは対価としての給与や社会保障を得るためであってそれ以上のものではない、ということでも。仕事はしないが対価は欲しい、というのでは士郎正宗の「攻殻機動隊」の中の言葉を借りれば『種(ギム)をまかずに実(フクシ)を食べる事か?』といったところで、人間失格と云われても仕方のない行動ですけれど。
 もやもやしたものはとにかく書き出してみるとその実態が見えてくることもあります。その意味では先の記事は有効だったと云えるのではないでしょうか。
 私信のようなものになりました。失礼しました。

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コメント

むむりくさん、こんにちは。
トラックバックありがとうございました。

会社はお化け、納得です。たしかに「会社」といっても人の集合体ですよね。
会社で働いているときには会社の目的があまり明確に定義されず、結果として目的やそこに到達する方法があいまいになって、個々の動きに落とし込んだときにへんなことになっている…というのは実感としてよくあるような気がします。

また後半の部分、多いに納得しました。
不満というほどではないけど、なんとなくモヤモヤという感じをうまく捉えていただきありがとうございました。会社に使われず、むしろ使うつもりで…という論点には多いに納得です。結局、個人の生き方のなかで「仕事」をどのようなポジションに置くか、それは生き甲斐なのか、生きる手段なのか、はたまた他のなにかなのか…という価値観のところに結局は集約していくのだと思います。
>もやもやを昇華させることが出来たとき何かがつかめる
たしかにそんな気もします。実際、そういう感じなのかなあ?という方も居ます。
私の場合はフリーで働く妻のほうが収入が遙かに多く、例えば子どもが生まれたとしても子は自分の扶養ではなく、妻の扶養になります。だからというわけではないのですが、自分が働く目的意識が低く、家族のために働いて稼がなきゃ!という気持ちも薄いため、余計にいらんことを考えてしまうのかもしれません。
なにはともあれどうもありがとうございました。

投稿: いが | 2005.02.10 14:02

いがさん、ありがとうございます。

わたし自身があまりたいそうなことは云えないのでなんとも未熟な文章で申し訳ありません。わたしには出来なかったことという感覚もあり、やや保身的なものになったかもしれませんが、それもまたひとつの手段ではあるでしょう。もちろん若いうちなら様々な場所で経験を積む事は有意義ですから数年のうちならじっくり考えて行動されるのも大丈夫でしょう。

当初、ご一緒に SOHO で働かれているのだとばかり思っていました。はじめた頃はどれほどの収入があるか不安定ですから安定した収入を確保しておくためにもそれでよかったのだと思いますよ。今後いろいろと検討してもしも一緒にその道で仕事をしていこうと考えられようでしたら、それもまた幸せなことではないでしょうか。

ま、堅いことはこのくらいでまたよろしくお願いします(^^;

投稿: ムムリク | 2005.02.10 14:55

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