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臨機応変というのは必要だよね

 久しぶりに日帰り温泉施設に行った。たいていのところは畳敷きの休憩所がよういされている。平日であるとか、あまり知られていないとか人気がないとか、まあ理由はいろいろだけれど、たいていは週末ともなれば混雑している。とうぜん休憩所もすでにいっぱいで場所はなかなかあかない。年配の人などは特にそうだろうが、お菓子やら果物やらなにやらかにやら持ち込んでひがな一日過ごしているのだから無理も無い。それでも席をたつひともあるからたまたま見つけた次の人がそこへ陣取る、という繰り返しが行われているわけだ。

 その日もまさにそうだった。いつもはお湯にはいるだけで食事をとったりすることはなかったのだが、その日はたまたま食事時をはさんでいたのではじめて休憩所を使うことになった。そうしてそこで食事をとったりしながら回りの様子をみているとある光景が繰り返されていることに気づくのです。席を立つときにかならず座布団を所定の座布団置き場に返していき、あらたにきた人はそこから座布団を持っていく。まあ日本人的なマナーからすればごく自然でもあるのですが、そこはなにしろ狭い。たまたま置き場の近くに座ってしまったのでひっきりなしに人がやってきて置いては別の人がやってきて持っていくことの繰り返しなのだ。落ち着いて食事もできゃしない。こんな場所ではむしろ座布団はそのままのほうがよほどよいのではないかと思ったのだが、どんなものだろう。いや、それでは場所が空いたのかどうかが判然としないというのであれば、むしろ他人が休んでいるところをあえて動きまわらずにすむように、机の下にでも座布団をいれたらよほどスマートに思うのだが。

 使ったものは片付けなさいと、古くは(いやむろん今だって)教えられて育つのはそのとおりだけれど、時と状況によって他人様に迷惑をかけるようなときには、柔軟な方法をとるということも大切なのではないかと。きっと若年者であれば、「それもそうだね」となりそうだが、年配者であるときには頑なに拒まれそうではある。

 ついでにいえばもう少し机の間隔をあけてほしいものだ。あみだくじのように通路を探しながら歩かねばならないなんてのは、せっかく湯ったりしにきているというのにだいなしではないか・・・

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tDiary を試す

 ウェブログツールにもいろいろあるようで、各社でサービスを提供しているものもさまざまなようです。ココログもそれなりに便利ではあるのですが、どうしようかなあという漠然とした気持ちもつねにあります。

 rNote はウェブサイト全体を構築することも可能なつくりになっていて、なかなか便利そうなのですがいかんせん PHP (出版社ではない)でかかれているため、どこでもつかえるというわけではない。もちろんローカルで試しているのでかまわないといえばそうなのだけれどね。ただ、難点は一日ひとつのファイルを作らなければならないようで小さなファイルが増えてしまうのが、どうも気になる。まだあまりテストしてないから違うのかもしれないけれど。

 そんなわけで tDiary を試しているのです。こちらもローカルで。といってもサーバのこととか CGI のこととかほとんどわからないので、説明をみながら準備をしたのだけれど、エラーが出て動作しない。どうやらパーミッションが違うというらしいのだが、どこをどうすればいいのだろうか?と手持ちの本などみてようやく解決。

 ところがアンカーの四角が表示されない。環境による影響なのかもしれないが、ひとまず使いながら検討してみましょうか。

 Cygwin + Apache + Ruby 1.8.1 + tDiary 2.0

 アンカーについては tdiary.conf ファイルで設定もしくは画面の設定から変更できることが判明(^^; なんのことはない。いずれにしても nifty では使えないのでローカルで日記をつけておくのにしばらく使用することにする。はてなダイアリーもどうやら tDiary をカスタマイズして使っている様子?

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大切なものを守ることはできるのか

 本来「酒」のたぐいは好きではなかった。今だって別になくても困るということはない。終わってしまったら一週間くらい飲まずにいることは普通にできる。もちろん、旨いものを知ってからは、そうしたものを少しづつあれこれ飲んでみたいものだと常々思っている。どのみち人間が一生に処理できるアルコール量には限界があるのだし、無理をして体をこわしたところでつまらない(つまりいわゆる酒飲みではないということですな)。だから、どうせならいろいろと試してみたいとも思うし、気に入ったものは末永く楽しみたい、と思っている。

 ところがだ。昨今の情報あふれる時代には、金と力にまかせてそうした人気の「モノ」を集めたりしてしまう困った人々が多いのですね。「富乃宝山」の販路拡大がまねいてしまった悲劇は、原料の芋が蔵元に回ってこないという現象まで引き起こしてしまった。確かに販路は拡大したし、あらたな顧客もできた。それはそれでよかったのだが、あまりにも需要ばかりが先行してしまい、蔵元におおきなしわよせをもたらしたのもまた事実。

 さらにはそうした都市部への出荷集中がまねいたのが、地元に「モノ」がないという悲劇。これまでずっと楽しんできた味が手に入らない。などということが起きてしまったりする。

 あらゆるところで、あらゆる方法で情報がながれ、ひたすら商売重視で動いていくと、自分にとって大切だったものがどんどん消えていく。流行という名のもとに。

 だからこうした場で、固有名詞をだしてあれがよかったこれがよかったと書くことは、そうした情報を拡大することにつながらないだろうか?そうしてプレミアムがついたりしていく一助になってはいないのだろうか?

 そう思うと、やはり本当に大切なものは内緒にしておくのがよいのではないか。すくなくとも公の場では。

 保守的だけれど、そんなことから好きなものを書くのはややためらうのです。もっともそうした影響をあまり受けないものについては、その限りではないのですが。

 というわけで、「酒」「景勝地」「温泉」「食」などで気に入っているものは、やはりあまり書かないと思われます。具体的には。ずるいですかねえ(^^;

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実録オレオレ詐欺

 あるブログから見つけたこちらの体験記事は、なかなか見事。ここまで巧妙になっているのか、とそら恐ろしくなる手口にかかった顛末が記されています。純水さんの実体験オレオレ詐欺の手口

 長文ですので時間のあるときにご一読を。

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