2014.09.15

宗教観の記憶

 NHK スペシャルで立花隆の臨死体験リポート。心停止したあとにもわずかの時間、弱いながらも脳の活動があることが確認された。利根川進博士の研究で偽の記憶を植えつけることができることを確認した(ちょうど新聞の科学面にもネイチャーだかに論文を発表したというものがでていた)。嘘の記憶でも繰り返すことで、あたかも実際にあったことのように認識することが実験で確認された。死の間際には脳が活動を弱めるとともに活動を強めようとする動きもあって、その中心が古い脳の部分であり、幸せを感じさせる脳内物質(エンドルフィンとは言わなかったけれど、ほかにもあるのでなければそれか)を大量に分泌しているという事実。

 などなど科学的に見えてきた脳と死との関係。心や意識といったものはどこにあるのか、それはなんなのかといったこと。

 で、ずっとこうした事例を見てきて思っていることは、臨死体験とは宗教観の記憶を夢としてみているものであるということ。理由としては海外でのキリスト教が多く信仰されている地域においての臨死体験は総じて光のトンネルを抜けると花畑などきれいな場所にでて、うんぬんというパターンに集約されるが、仏教的な世界(たとえば日本)ではそうしたものはなく三途の川や賽の河原といったものが登場する。

 すなわち多くの場合は信仰によって強い記憶となったあの世観といったものを、死の間際に脳が見せている夢であると。日本人の場合はさほど信仰心が強くないが、信仰の強さとは関係なく葬儀といったものとは無縁ではなく、当然ながら知識としての仏教観といったものは子供でもわりと持っている。しかもそうしたものはたびたび繰り返されることによって思いのほか強く記憶されている。

 たとえばアメリカ人で敬虔なクリスチャンであったとして三途の川や賽の河原を見たということはまず聞かない。誰もが光のトンネルを見る。これはもう宗教観でしかないのではないかと。

 そしてそうした偽の記憶的なもの、はたまた古い昔から延々と作り上げられてきた宗教のような感覚というものはとくに古い脳に影響しやすいとすれば(これはそうとわかってはおらず、仮にそうであるならばということだけれど)、さらに古い脳にはいわば太古の人類の記憶のようなものが断片的に残っていると考えると、そうしたものから生まれる偽の記憶というものとあいまって夢となるということはありうるのではないかなと。

 生まれたばかりの赤ん坊のときに体験したという 4 歳の男の子の例がでてきたが、少なくとも彼がいうそのときの記憶というのが本当にそのときに記憶されたものかどうかは疑問といわざるを得ない。そうとしか思えない内容だからとはいうけれど、さて本当にそれは鵜呑みにしてよいものかどうかと。少なくとも乳幼児の時期なのでその間に両親や教会で教えられたことといろいろなことが混同されて、あらたな記憶として定着してしまいやすいことは大人よりもあるのではないかと。

 いずれにしても臨死体験という体験の中身が極度にその人の宗教観に左右されているという事実はあると思うのだけれど、立花さんにしてそれにはまったく言及されていなかったのが、ある意味不思議だった。

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2014.09.14

FragmentPagerAdapter にしたら 1 ページ目から表示するようにはなった

 ViewPager でなぜか 1 ページ目が表示されずに(読み込んではいるのだけれど) 2 ページ目からになるとか、2 ページ目の次も 2 ページ目になるとかおかしな挙動だったのだけれど、FragmentPagerAdapter で実装しなおしたらうまくいった。あるいはと思っていたらうまくいった。よかった。

 とはいえ 2 ページ目まで表示するとヒープメモリが一杯でもう駄目とかいう感じで終了してしまう。確かに GC が頻繁に起こっているみたい。読み込むサイズを小さめにしてみてもあまり効果がないようで、もう少し根本的に見直しが必要なのか。

 Fragment を使わないほうでもきちんと動作すればよいのだけれど、あちらも結局のところ 3 ページ目にいくと落ちていたので画像によるメモリ不足の影響というのは大差ないということかもしれない。

 ちょっとだけは進展したので、もう少しがんばってみよう。それにしてもアプリの一覧ページではずらっと並んだアイコンをページビューしているのだから、どうしてこういう機能が標準でサポートされないのだろう。というか面倒だからあったらよかったのにという。

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2014.09.13

星星の揺籃

9 月の雲


 たくましく わき。

 ゆるやかに うねり。

 かろやかに たなびく。

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2014.09.12

乱丁・落丁ブラックホール

 昨日のビューが表示されない問題は見落としていたところを見つけたので案外あっさりと修正できた。無事にページ分が表示されたのでよしよしと思っていたのだけれど、なにかがおかしい。よくよく見ると本来 2 ページ目であるはずのデータが表示されている。

 スワイプして戻ってみようとしても、これよりも前にはページはないとイヤイヤをする。それではと次のページへと送ってみると、あらわれたのは同じ 2 ページ目。そうか、1 ページ目とどこかでおかしくなっているのかなあ、などと思いつつさらに次のページへと送ってみると、またまた 2 ページ目の内容が。

 そんな莫迦な。ということで前に戻ってみようとすると、あろうことか前のページはないとばかりにイヤイヤをする。いや、今きたばかりではないか。どうなっているのだ。しかも、先ほどはひとつ前にも戻ることができるのを確認してから次にきたのに。

 ひとまず次のページへ行ってみようと送ると今度は 3 ページ目に該当するページ。そしてアウトオブメモリーしたらしくアクティビティは終了して移動する前の最初のアクティビティに戻ったのだった。

 アウトオブメモリー自体は画像の数が多くなるのでこのままでは駄目なのだというのは分かっているのだけれど、このページ情報はなにがなにやら。

 デバッグで様子を見ていると PagerAdapter でページにあったデータを GridView で作ってから ViewPager に渡しているはずなのだが、はじめに Adapter の処理にはいかずに ViewPager.setAdapter(adapter) に行ってしまう。その後もう一度やってきて今度はようやく Adapter での処理にはいるというなんだか奇妙な動きをしているように見えるのだった。

 もっとも奇妙とはいってもこちらが勝手にそう思うだけで、プログラムとしたらそれが当然と思って動いているわけであろうから、なぜそうなるのかを解明しないとどうにもまともに動作しないということになってしまった。

 調べているとふたつの変数だかにアサインしなおされていてはじめのページが失われているのではないか、などというのは見つかったのだけれど、いまひとつよくわからない。困った。

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2014.09.11

ビュー、ビューと秋風の吹く吾がPC

 半年あまりのブランクののちに Android のプログラムをしているのだけれど、いかに基礎的なところをすっとばしていたのか、理解してないのか、というあたりを思い知っているのだった。えっとアクティビティ? インテント? ビュー? フラグメント? コンテキスト? ??? という感じ。まったくもって情けない。

 これまでは簡易なものとはいえ(ゲーム A to Z 本)フレームワークを使っていたので、その上でだけ踊っていればよかったのであまり細かいこと、床の下のことなど考えなくてよかったのだけれど、今度はちょっと別に作っているのでいちいちわからない。

 それでもどうにかこうにかさまになりつつあるものの、ViewPager を使うにあたって View の入れ子にしているあたりがどうもうまくいかない。とはいえこれまでは Null Pointer Exception がでたりしていたところが、ようやくそうしたエラーはないので一応画面は出るのだが、中身がないという状況で、さて? というところ。

 中身のコレクションができていないからなのか、はたまたそれらを配置したビューの配置? というのかアダプタの扱いのどこかが間違っているのか。

 なんどかあれこれした中ではシンプルにまとまってきたので、このあたりで原因を特定してちゃんとさせたいところなのだけれど。なかなか道は険しい。

 アプリそのものとしてはシンプルなものなのだけれど、この UI 部分がきちんとしないと不便であるというところ。もう少しジタバタしてみる。

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