久々に Android Studio

 絶賛放置中の Android アプリ。Google からメールがきて target SDK バージョンをあげろという。

 もはやそのままで勝手に削除されるとかならそれでもかまわないともいえるのだけれど、まあそれでもということで久々に Android Studio を起動する。もしかすると Android Studio で APK を更新するのははじめてかもしれない。というくらいに放置している。

 たまにアップデートのための起動はしていたのだが、さてどこをどうやって APK を更新するのだったか。そもそもサイン付きのやつを作るにはなにやらキーファイルが必要だったりしたが、あれはいったいどうしたのだったかとかいろいろ忘れている。

 そのあたりはなんとかクリアしたものの、さすがに古いのでAPI 26 以上をターゲットにすると、今度は最低までも少しあげろといわれてしまったり、それらの影響で多少コードに変更を求められたり。

 自動的に補完されるところもあればダメなところもあり、なかでも FloatMath が。すでに廃止になっているのでこの部分をすべて修正。それでもなんとか動作しているようなのでホッとはしている。

 ということでなんとかすべてのアプリの更新を終えた。

 アプリの削除機能も実現するらしいというニュースなのだが、どうも実現しても面倒そうなのでこのまま非公開のままかなとも。

 しかし、この程度とはいえ、将来ずっと管理していくとなると、それはそれで面倒な話ではあるなあと。

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2017年の振り返り(いまごろ)

 昨年 2017 年の振り返りをようやくちょっとだけ記録しておく。

 とある事情による引っ越しに伴い、いろいろな変化が生じてしまい、予定していたものとはまったく違った生活がはじまってしまい、PC を触る時間もほとんどなくなった。また、引っ越ししてからノート PC の調子が悪くなり、起動するのにも延々時間がかかるようになってきた。動作も非常にもっさりとしたものとなってきて、さすがにそろそろかという感じで買い替えることにした。

 思うにメーカーであるソニーがアップグレードサポート対象外であった Windows 7 機で、自己責任的に Windows 10 にアップグレードしたのはよかったのだが、当初は問題なかったのに引っ越しを境くらいにおかしくなってきたのだった。Windows 10 のほうのアップデートとかによって、旧来の VAIO オリジナル常駐プログラムなどとの相性が悪くなってきたのかもと。まあ、本当のところはわからない。

 お古になってしまった VAIO は、初期化して Windows 7 に戻しつつ、Ubuntu もインストールしてみた。バーチャルではなくリアルに。といってなかなか起動する機会がないわけではある。

 読書する時間もほとんどとれず、本が好きの献本に応募するのも控えるようになった。早朝に起きて昼の休憩も満足にとれたためしがなく、残業して帰宅して食事の支度や片づけなどして早々に就寝しないと翌朝がまたつらいという繰り返し。読書も PC も本当にご無沙汰状態だった。今もそう時間があるわけではないが。

 加えて休みの日といっても生活環境のあれやこれやをしなくてはならず、これがなかなか多岐にわたって時間をとられ、休みといえども休めないというところが続いていた。今もまだまだ予定はあるのだが、冬ということもあって、またある程度余裕はできたというのもあって(一定のレベルにはきた)春に先延ばしというところでもある。

 ということでようやくにして昨年の振り返りとなった。

 正直なところ今年もまだまだ家の関係でやるべきこと、やっておきたいことが山積みで、春になればなったでまた忙しくなりそうなのではある。加えて先が見えない大きな要素があり、これがあらゆることのネックにこの先もなってくるのだろう。なんとかそれも一年になろうというところで折り合いをつけつついけるかと思ってはいるのだが、何分予測がつかない。

 悪くなりこそすれ改善される見通しはないので、あきらめるしかない。

 ということで今年も混とんとしていて多分こうして書くことも極端に減ったままになると思うのだが、まあ、世の RSS 方面もすでに死んでしまったし、チェックするような人もあるとは思えないことを思うと、さほど気にせず、たまに時間がとれたら記録していこうかというくらいの気持ちで。

 構えてしまったらそこで試合終了ですよ的な。

 ということで今年もゆるゆると。

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快適 nasne 生活はじめてました

 テレビのアンテナ線が確保できないのでさてどうしようかと思っていたところで nasne にたどりついた。ネットワークを通じてテレビを視聴したり、nasne に録画もできるということで、それならば家の中のどこにいてもテレビを見ることができるわけだなと。しかも、録画したものも。

 レコーダーで録画しておいても見るとなるとそこにいなくてはならないし、さらにはテレビがモニターになるわけで考えてみると面倒な手順を踏んでいるわけだなと。

 それがスマホや PC でできる。これはありがたい。

 ということで購入。

 ただ、nasne そのものはアンテナ線とつながなくてはならない。そして、ネットワークにつなぐには中継器なりが必要になりそうだ。モデムとつないでいるルーターは自室にあるが、このルーターをアンテナ線がある場所にもっていくには遠い。

 ということで、モデムとつないだルーター(親機)と nasne につないだ子機を無線でつないで中継するという運用に。

 ところがあらたに購入したルーター(中継機能はある)と親機とをつなぐための方法・手順については同梱されていない。やむなくネット検索してメーカーサイトの動画を見つける。それに従てようやくつなぐことができた。結構面倒。バッファローなので AOSS ボタンとかでさくっとできたら楽なのに。

 もともと数台を中継することは可能であっても、そういう運用はあまり期待されていないってことなのだろうか。

 さて、いよいよと思うと今度は nasne 利用のアプリで壁が。壁というほどでもないけれど、スマホ用アプリは視聴のためには追加料金が必要という。アプリそのものは無料だが。で、録画予約とかはそのままでもできるが、いずれにしてもリアルタイムのテレビであれビデオであれ見るためには追加料金が必要。

 PC 用のソフトも有料。こちらはもっと金額があがる。ということで今はまだスマホだけ。とはいえスマホ用もいくつも種類があって(同じソニー系で出しているのに)少しずつ機能が違うようでもある。このあたりは統一できるものは統一してもらったほうがよいのでは。

 光メディアへの書き込みなどは PC 用を使うのが一番のようで、このあたりは少し様子見。とはいえ使えないと不便ではあるが。キャンペーンとかで少し安くならないかなあ。

 というか、nasne 買った時点でスマホアプリなり PC ソフトなりの割引とか無料とかあってもよいのではないのか。でないと使いようがないわけで。

 とはいえ、なかなか快適な生活ではある。

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J・G・バラード短編全集 3

 本が好き! 経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 バラードに出会ったのは高校生のとき友人から渡された「時の声」だった。バラードのいうインナースペースを十分理解したとはいえないものの、描かれるひとつひとつの物語に鮮烈なインパクトを受けたことは今も強烈に覚えている。なにしろ時の声だ。

 とはいえ当時も今もバラードという名前を知る人はあまり多くないのではないか。スピルバーグ監督作品の「太陽の帝国」の原作者としてすら知られていないかもしれない。しかしながら、バラードが描き出すさまざまな世界・物語の不思議さや魅力が知られないままというのは実に惜しい。そこへもってきてのこの短編全集。まとまった形でその作品群に触れらることの価値ははかりしれない。

 この 3 集には本邦初訳となる「光り輝く男」が収録されていて、それがまさか長編「結晶世界」の元となる作品であったとは。ただ、「世界」シリーズとなる長編群もそうだが、どちらかというとバラードは短編こそ似合うという印象がある。長々とつづるよりもコンパクトに描き出す世界観の印象が実に見事だ。

 のちにヴァーミリオンサンズシリーズとしてまとめられる仲間としては「スクリーンゲーム」しかないのはいささか残念にも思うが、発表順にまとめている関係上こればかりは仕方ない。が、「エンドゲーム」の駆け引きであったり、「マイナス 1 」の不条理であったり、「うつろいの時」の発想の転換の妙であったりと多彩な短編が収められていて実に楽しい。

 「消えたダ・ヴィンチ」などは解説にもあったが、フィクションと現実が混同されて、さながらハリウッド映画にされそうな(「ダ・ヴィンチ コード」とかの)趣さえ感じる展開と作風が楽しめる。

 かつての創元推理文庫のいちタイトルともなっている「溺れた巨人」などは、ごくごく短い作品だが、そのシュールな世界(ある日浜辺に巨人の死体が漂着していた)の顛末は実に現実的でもありうそ寒さを感じたりするのだった。

 また、表題作の「終着の浜辺」は「太陽の帝国」とも関連するような物語。ただ、いささかわかりにくいというのが正直なところで、これは夢か現か。なにが現実でなにが幻想なのか。解説などとあわせて少しずつ読み解きたい一作。

 バラードの短編といえば、どうしてもヴァーミリオンサンズの不可思議な世界ばかりが注目されがちではあるけれど、それはバラードの魅力のごく一部でしかないのだとあらためて実感させてくれた。

 とはいえヴァーミリオンサンズものも捨てがたく、さながらイーグルスの「ホテルカリフォルニア」を連想させるかのような世界観は映像になったらどうだろうと今も思う。現役かどうかは未確認であるけれど、かつて「ヴァーミリオンサンズ」だけをまとめたものもでているので、そちらでまとめ読みというのも有意義だ。あわせてそろえて読みたいというところ。

 既刊の 1、2 も入手せねばと思わせてくれる一冊に完敗するしかない。

 最後に本冊の解説を書かれていた山野浩一さんがこのごろお亡くなりになったとか。あらためて読み直してかみしめてご冥福をお祈りしたい。

4488010601J・G・バラード短編全集3 (終着の浜辺)
J・G・バラード 柳下 毅一郎
東京創元社 2017-05-29

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彗星パンスペルミア 生命の源を宇宙に探す

 本が好き! 経由で献本していただきました。ありがとうございます。

 一言でいえば、みんな信じようとしないけれど、この地球の生命の素は全部彗星から運ばれた微生物由来なんだよ。俺たちの考えが絶対正しいんだよ。ということを延々 200 ページあまりかけて書いている本。おしまい。

 で、十分なくらいの内容。

 というのでは身もふたもない。といって基本それ以外にはないというのも事実。特定の条件において生命のスープから生まれてきたという考え方が主流ではあるものの、確かに実験でもそれ以上に納得のいく結果がまだでていないのも確かで、そんな自然発生説には不十分なところが多かった。

 では、地球から発生したのではなく、宇宙からそれらがやってきてそこから進化がはじまったのだとすればどうかという考えかたそのものは実におもしろいし、十分検討に値できる論ではあるのだろうと。実際監修の松井さんもそうした考えかたを面白いともいい、自らも調査研究をして検証しているという。ただ、本書で著者が書いている内容には非常に宗教的なにおいが強くしてしまう。自分たちの説が絶対的に正しく、それを否定する輩は科学者とはいえない。我々は科学に負けたのではなく科学界という社会や政治に負けているのであるといったことをことあるごとに説いているあたりが目につきすぎるのだ。

 監修の松井さんもそれについて触れていて本書の主張を全面的に肯定する考えはないとも。また、否定的な科学者に対する攻撃的な態度にも賛成しないということを書かれている。有用な説でありながらこうした記述によって全体がトンデモ科学系の胡散臭いものに感じられてしまうのは損なことで、著者の妄信的な愚かさが表れているといってもよいのではないか。

 読了しての感想はおおむね監修の松井さんと同様で、興味深いのに自らそれを胡散臭いものに変えてしまっているのは著者自身であって、なんとももったいないことであるなと。

 ただ、この日本語訳においては監修者や訳者が非常に冷静に仕事をしていて好感が持てる。欄外の注釈に「そのような事実はない」であるとか、「一般的には全く知られていない。著者ウィックラマシンゲの周辺でのみ語られている」などと書かれている。否定するというわけではなく、冷静に現状として分析した注釈を随所にいれているあたりに本書(翻訳)への良心を感じる。それだけでも本書の価値はあるのではないかと。

 詳しい証拠についてはさほどというものはないのでおよそ冒頭のことだけ理解しておけば事足りるという意味ではやや長すぎたという著作ではありそうだ。また、いずれという課題ではあろうけれど、ではいったいなぜどのようにして彗星にそうした微生物が含まれるようになり、さらにはそれら微生物はどのようにしてこの宇宙に生まれたのかという疑問か。

 さて、本論ではないけれど、著者の主張で一番納得できるのは序章で書かれている次のような部分だ。

注意を喚起しなくてはならない最近の状況として、「インターネット上で展開される科学」というものがある。これは、ある意味、最も問題があり、信頼性がないといえる。知識不足のブロガーが、科学に貢献しているという確信のもと、ブログ上に科学議論を展開して事実の混乱や意見や偏見を形成する。これは科学の進歩にとって無用のものである。(P.2)


 最後に監修者あとがきの最後から引用を。

著者のチャンドラは監修者の親しい友人であるが、科学的見解について共有しているわけではない。特に第12章の最後に展開される隕石に関わる話は、同意しかねる部分があり、その点については注釈を入れた。隕石学者の大部分も同意しないだろう。なお、著者の、主流の科学者の態度を批判する主張についても、監修者は意見を共有するものではない。監修者としては、読者がどう判断するかを待ちたい。(P.217)


 ちなみに本書の句読点が「,.」になっていてこれが判別しにくいために本来の「、。」の区別がつきにくく読みにくいところがあったのは編集上の残念。


追記:

 先住民と都会の人間に同時にウィルス感染が認められるからといって、それが宇宙からのものだというのはやや我田引水にすぎるようには思う。そもそも空気感染ということでいえば大気にのって感染したのではないという明確な結論は出してはいけないのではないかと。

 「放射点の位置が星座のなかにあるときには、その星座の名前が流星群の名前になる。」とあるのだが、放射点が星座の中にない流星群というのをぜひ教えてほしい。

余談:
 ベルクソンの「創造的進化」がでてきたりしたので、再挑戦してみるかと思ったりは。新訳でないかなあ。岩波さん。(いまのは読みにくい)

4769916000彗星パンスペルミア
チャンドラ・ウィックラマシンゲ 松井 孝典
恒星社厚生閣 2017-05-02

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 SETI については、カール・セーガンによる良書があるけれど、残念ながら絶版らしい。

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 天文学全般へのいざないとしては、「100 億年を翔ける宇宙」が、おなじ恒星社厚生閣からかつて出版されていておすすめ。

4769908679100億年を翔ける宇宙―ビッグバンから生命の誕生まで
加藤 万里子
恒星社厚生閣 1998-04-20

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